「折角私が慰めてあげたのに。あの子、誰かのせいで怪我したって言うから、可哀そうにと思ったのに。
何も言わないで行っちゃうなんて、何だか本とに変な子ね、あんな態度だから誰かに叩かれるなんて言う不幸な目に遭うんだわ。」
そう言って、蛍さん自身、内心むかむかしていると、彼女の背後からお医者様の声が掛かりました。
「じゃあ椅子に座って、今度は君の番だからね。」
振り返るとお医者様もムッとした感じで彼女を眺めていました。
「どっちもどっちだったんだね。」
椅子に座った彼女にお医者様がそんな事を呟いています。蛍さんは何の事だろうと考えてみました。
私は誰かに叩かれるというような、自分の不注意で怪我した訳じゃない、他人のせいで怪我をするような不幸な子に、
優しくにこやかにしてあげたわ。しかも見ず知らずの子でも親切に慰めてあげたのに。
何方かと言うと、ありがとうのお礼の言葉もなしに、不機嫌な態度で、しかも私にわざわざぶつかって駆け去って行ったあの子の行儀の悪さ、乱暴さ、
それを思うと、向こうの方に落ち度があっても、自分の方に落ち度はないと、蛍さんは憮然とするのでした。
「君も悪いんだよ。折角彼は謝ろうとしていたのに。」
思いも掛けないお医者様の言葉に、訳の分からない蛍さんは思わず先生に尋ねるのでした。
「謝る?彼って?あの男の子の事?」
そう聞いた蛍さんに、先生はにやにやして、
「いや、まだ彼と言うには早かったのかな?」
等とにやけて三日月を横にしたような目つきをしました。彼女は何だか嫌な気がしました。
そのお医者様の言葉に、急に部屋にいた看護婦さんの態度がムッとした感じにかわり、ガシャガシャ、バシンバタンと、
騒音を立ててその不機嫌さを表し始めました。
お医者様の方でもその看護婦さんの不機嫌な態度に気付き、すっと席を立つと彼女に話を聞きに行きました。
君如何したんだね?、いえ別に何でもありません、けれど…。と、暫く小声で2人でやり取りしていましたが、別の看護婦さんがやって来たので、
君、本当の話なのかい?と、お医者様は何やら確認する様に尋ねてみます。
ああその件なら、そうですよ、でも、まだ子供同士の事ですからね…。と、後から入ってきた看護婦さんも訳知り顔で、
その後3人でひそひそと相談めいた話し合いが行われ始めました。
程無くして、お医者様は呆然とした暗い面持ちで蛍さんの目の前に帰って来ました。