何をぶつぶつ言っているんだい。夫が彼女の顔色を見て心の内を言い当てる様に口にした。
「ならぬ堪忍も堪忍袋の緒が切れるという事があるよ。」
「お前さんもいい加減に見限ったら如何だい。あれの事は。」
私はあれと違って無学だが、あれ程性根は悪く無いつもりだ。幾らお前さんにとって馬鹿に映ろうとね。
おや、と、妻は思った。
「何故お父さんが馬鹿なんです?。」
私がそんな事言いましたかしら?。言って無いと思いますがなぁ。妻は合点がいか無いと言うと首を捻って考え込んだ。すると彼女のその仕草を見ていた夫は、あら、と、思わず嬉しい笑みを零した。
「してみると、」
夫は言った、私の誤解だね。
この夫の声に、あれこれと考え込んでいた妻が我に返った。えっ?と、夫の言葉に聞き返すと、すっかり機嫌の治ってしまた夫はあっさりと笑顔で彼女に言ったものだ。「私の全くの誤解だった様だ。すまんね。」と。
妻は唖然として言葉が無かった。我知らずの内に彼女の夫の斜めになった機嫌が真っ直ぐに戻っていたのだ。この時の彼女には未だ事の成り行きが理解出来てい無かった。
「それでお父さん、如何しなさったんで。」
彼女は何かしらの手掛かりを得ようと考えると、彼女の夫に言葉を掛けた。
いや、何。彼は頬を染めて言葉を濁した。照れ臭そうに彼は彼の妻の顔を見つめた。何時も以上に子供っぽい、悪戯っ子の様に輝きを含んだ夫の瞳だ。妻は思った。『目付きだけ見ていると四郎にそっくりだこと。』やはり父子だと彼女は思う。「中身も似ていてくれれば…、」、彼女の脳裏に幾許かの過去の光景が過ぎった。
「世の中これ程に苦労はして来無かったのに。」
彼女はつい口にした。