暫くして、私はあまりスッキリしない状態を不思議に感じていた。が、しゃがんでいた足が疲れて来た。それに何時迄もこの場所にはいられないなと、この場所に見切りをつけた。
体調の不調を不可解に思いながら、個室から開けた廊下に顔を出すと、父の姿が遥か台所の先に見えた。その場所は居間から続く廊下の終わりだった。台所への段差の降り口に当る。父はその場所にどっしりと腰を掛けていた。
未だいたのか、私は思った。きっと私を待ち受けていて、また何か言いだすのだろうと私は嫌な物を感じた。
手洗いを済ませた私が、渋々という感じで父に歩み寄る。もう彼の間近に来たが父は未だ無言の儘でいた。このまま私を見過ごして居間に行かせてくれるだろうか?、私は淡い期待を掛けた。
私が台所の廊下から居間へ続く廊下に上ろうとした途端、もう私の真横となった父が、腰を掛けた儘で私に一言おいと声を掛けて来た。やはり来たな、私は思った。さて、どんな文句が彼の口から飛び出して来るのだろうか。私は覚悟した。すると、父はその後何かを語るでもなく、ふうっと溜息を吐いて、父さんもなぁ、ああは言っていたけれど、と言うと、彼は視線を床に落とした。
「あの人のいう事も当てにならないからなぁ。」
と父は嘆息気味に呟いた。
父さん?、父が父さんというからには、それは祖父の事だと私は思った。『お祖父ちゃんが、何だろう?。』と私は考えたが、多分、私の事について彼が何か取り成してくれたのだろうと、直ぐに明るい希望を感じた。私はほっとすると同時に、父の言いたい事は小言ではなさそうだと判断した。すると父は、お前今ホッとしただろうと言う。確かにそうだ。
「父さんが、お前のお祖父ちゃんだが、何かしたとして、如何してお前のことをよく言ったとお前は思うんだ。」
父はそんな事を言いだす。これは難問だ。私は眉間に皺を寄せた。そんな質問、私には無理難題という物だ。また父の、私へのねちねち構いが始まったな、と私は内心溜息をついた。この頃、私は父からあれやこれやと長々質問されるという雰囲気になると、内心うんざりしながら彼から構われていると思う様になっていた。
すると、おいおいと遠く祖父の声が聞こえた。
「イビリは止めなさい。」
その声に、
「イビリだなんて…。父さんにするとこれはそうなんだろうさ。」
そう、父は顔だけはこちらに向けて、さも聞こえよがしに祖父の声のした方向に声を出すと、彼は不承不承の態で、徐にお前もう寝るといいぞと言い出した。
「疲れているんだろう。顔色が悪いぞ。」
そう言って、彼は私の腰へ自分の両手を伸ばし、私の体をその両の手で上に持ち上げると、自身の腰かけている方の廊下の方へとよいと下ろした。そうして彼は自分の大きな片方の手を広げると、居間へ向かって労わるように私の背を軽く押してくれるのだ。
私にはこの父の優しさが意外な気がしたが、彼に抗う事無く、また、この時自身の胸の内に感じた、『あれ?、お昼ご飯は?…』のやや大きな疑問も特に口に出すという事も無く、父からゆるりと送り出された儘、その時の穏やかな勢いの儘で、ぽてぽてと静かに廊下を進み出した。この時、私は自身の体にどっかりと降り掛かって来る様な疲労を、一足毎ににひしひしと感じていた。