それにしても…。私も従兄弟を見習い思案してみた。目の前の従兄弟は私が何時も敬愛している従兄弟なのだ。それなのに、何故今日はその考えや教えに対して、私は闇雲に盲信出来無いのだろう?。
この時の私は、『裏表』、この言葉に引っ掛かっていた。何故裏と表の顔があるのだろう、1つの顔で良いのではないか、なぜ2つも顔が要るのだろうか?。私は思いついた儘に従兄弟に問い掛けてみた。
何故2つの顔が有るの?、表だけじゃ駄目なの?。すると従兄弟はハッとした顔付きをしたが、答えは「呆れた」という物だった。従兄弟は続いて、この世を渡るには必要な物だよ、と言う。私が何故かと問うと、皆がそうだから、と言うのだ。皆が?この世の人は皆そうなのか?、と私が半信半疑で聞くと、従兄弟はそうだと答えるのだった。
従兄弟の答えは、私の想像を絶する物だといえた。第一そんな事は今迄考えた事も無かったし聞いた事も無かった私なのだ、思わず口を大きく開けて絶句し、酷く驚いてしまった。そんな私と、ここ迄淀みなく答えて来た従兄弟とは、ここで互いに暫し沈黙した。それは互いが互いに各々の考えに囚われていたからだった。
表と裏、表と裏、私は心の内で呟きながら、何かしら自分の答えを出したかった。表と裏といえば…、私の脳裏に浮かんだのは双六のサイコロの目だった。
「表があれば裏がある。」
そんな言葉を、私は遊びの中で聞いた事があった。確かにサイコロには裏表がある。あれは無いと困るのだろうな。そんな事を思った。
でも、あれは遊びに使う物だし、第一人では無い。生きてもいない物だ。人は生きているのだし、人というのは遊びで生きている訳でも無いだろう。こう思った私は、裏にも顔などいらないんじゃ無いかなぁ、と首を捻った。
私はちらっと目を挙げて目の前にいる従兄弟の顔を見た。そこには悠然と構えた従兄弟がいるのだろう。こう思っていた私は、そこに私とお同じ様に視線を落として考え込んでいる従兄弟の姿を見た。これは意外だった。先程迄の威風堂々とした姿は何処へやらだ。従兄弟はひたすら熱心に考え事をしていた。
「それでいいんだ、その筈なんだよ。」
私の視線に気付いた従兄弟は、考え込む自分を見守っている私にこう言った。それは自分を納得させる為の言葉でもあった様だ。が、従兄弟は「でも、…」と言った切りで言い淀んでいる。そこで私は従兄弟に言った。「でも?」、私は従兄弟のその後の言葉を促したのだ。
「智ちゃんの言いたい事も分かるんだ。私も最初は智ちゃんと同じ事を思ったから。」
これも意外だ。従兄弟の言葉に、私は驚くばかりだ。『最初にそう思ったのなら、それでいいんじゃ無いかな、何故考えが変わったんだろう?。』、こう思った私は、遠慮も何も無かった。自分が思いつく儘に、あれこれと従兄弟に問うまでの話だ、それは何故かと。
「そう教えられたんだよ、世の人に合わせなさいと。」
そうしないと世の中の流れ、人の世の流れから外れてしまい、段々と離れて行くばかりになるから、と。
こう従兄弟は言ったが、その姿はさも自信無さ気であり、一言一言語られる言葉も口の中で反芻するようにゆっくりであり、誰かの言葉を思い出す様な感じで話すという話し方だった。
ここに来て私は、従兄弟の今迄の言葉が誰かの言葉の受け売りである事に気付いた。私は当初、従兄弟の言葉は従兄弟自身の考えから来ているのだと思っていた。しかしそうでは無かったのだ。