『私も家に帰ろう。』そう思うと私は家路へと踏み出しました。何歩かみ出した私でしたが、最初の曲がり角に来る前に何かがピタリと私の歩を止めました。
『何も、あんな子のせいで自分の楽しみの蝶取りを止める事は無いんじゃないかな。』
そんな疑問の様な思考が私の脳裏に浮かんだのです。あんな人の事を悪く言うような子の為に、待っていても返事もしなかった子の為に、自分の興趣を取り止めるなんて、楽しみの時間を台無しにするなんて、それこそ愚かだ、愚の骨頂というものだという風に考え直しました。
私は振り返って空き地の方向に続いている道を眺めました。目の前の電信柱、アスファルトの道から伸びている有線等を何気なく眺めながら、戻ろうかと考えました。戻ろう、戻って蝶との楽しい時間を過ごそう。私はそう決めると蝶が待っている空地へと戻ってきました。そして再び蝶取りに興じ始めました。
最初は努めてにこやかに、そして段々とその日の最初の様に弾む気持ちを私は取り戻して行きました。その後父がやって来て、今度はお前あの子を殴ったのか、あの調子ではアザになるぞとか、また意味の分からない事を言い始めた時、私は昨日に続いて2度目の事になるので父のこの意味不明の言動に少し慣れて来ました。それで注意して、背中を父に向けたまま父の言葉を考察していました。
『私がそんな事をする子だと思っているのかしら?』父は自分の子がそんな事をすると本気で考えているのかしら、そんな事を思い父の方を振り返ってみると、道に立っている父の姿が遠く小さく見えました。何て詰まらない人なんだろう。私は生まれて初めて自分の父の事を詰まらない人間なのだと感じました。あんな人の言う事を今までうんうんと素直に聞いていたのだと思うと、それらの事が皆馬鹿々々しくなってしまいました。それ所か、いっそあの人の言う通り自分は悪い子になって仕舞った方がいいのではないか、そんな事さえ思って、再び父に背を向けるとふんと自虐的にニヒルに笑ってみるのでした。
でも、それも馬鹿々々しい事だ、間違った事でその為に自分を悪くしてしまうなんて、それこそ自分の為にならないというものだ。まだ若く、人生が始まったばかりの私なのに。「自分の思うように、自由に好きに生きて行けばいいんだ。」と、日頃父の言っていた言葉を思い出すと、自身でもそうだと呟くのでした。振り返ってひらひらと飛翔する蝶の姿に、私もあの憧れの蝶の様に自分の思うように自由に飛翔すればよいのだと考えると、私は遠く道に佇んで心配そうに私を見やる父ににこやかに笑って見せるのでした。「私そんな乱暴なことしないわ、馬鹿じゃないんだから。」と。