Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 41

2022-04-26 08:53:43 | 日記

 誰もいなくなった裏庭の光景。私はその空虚な庭の光景を1人眺め遣った。庭には見る程の花も無いのだ。

 『ああ、少し赤っぽく色付いた物が有る。花かな?。』

紅系の花々が私の目に映った。向こうの盛り土の方向で何箇所かに群れて点在している様子だ。何の花だろう?、私は思った。そこでおずおずと私は歩み出し、気持ちを落ち着けながらその植物に近付いて行った。

 結局、近付いてみるとその燻んだ赤い色は花では無かった。

「葉だ。葉の先が赤っぽくなっている。」

何だろうこの葉は?と、私はひょっとその植物に心を留めた。今迄私が目にした様でしていなかった様な物だ。改めて関心を持って眺めて見る葉の形に色。「花じゃ無い様なのに先だけ赤い色だ。」どう見ても、やっぱはりこれは葉っぱだなと私は再度思った。何だろう?。不思議な草だと漠然と感じながら、私は暫く無言でそれを眺めていた。

 その後ふと気付いた私は、上下左右とその植物を観察し始めた。普段の遊び場では見た事がない様な草だ。平たく丸く濃いめの緑をした葉っぱだ。私は未だこのドクダミという植物の名さえ知らなかった。よく見れば丸い様な変わった葉の形をしていた。私に取って馴染みのある遊び場、日向という場所に生える細く長い芝類の葉とは違う

「細く無いのだ。」

私達子供が、穂の付く茎を遊ぶ時に使う、オオバコの卵型の葉とも違う。

「丸いのに形が違うねぇ、ねぇ、君。」

私はそうブツリ、ブツリと呟き、語り掛けると、目の前のドクダミという植物の茎に手を伸ばした。プツ!。私は思い切って未知の草を手折り、その柔らかいぬるみを持った手触りの茎に思わずぶるっと来た。思い掛けずの薄気味悪さを感じて私は否応無く身震いしたのだ。しんとしてその場に佇む私に、気が付くと何処からとも無く臭気という物が漂って来る。

 私は訳の分からないその場の大気の雰囲気を感じ取っていた。言えば私は何かがいる様な気配をその場に感じたのだ。その草に、葉の影に、いるのだろうか何かが?。私は未知の物への畏怖感を覚えると、この時、私が未だ聞いた事がない臭気という物を己が視界に捉えようとした。

 私は自分が感じた違和感が臭いで有ると知るに連れて、漠然とだが、普段と違う事がその場に有る臭いだと気付くと、平時との違いがそれだとしか考え付かなかったのだから、私の思考はその場の臭気に原因究明を求める様自身の思考に指示したのだ。私はその何者か、自然に先天的に動物として備わっていた物の判断をこの時飲む事にした。

 私はその香りの元となる物体、その物自体が漂っているらしい空間に、その存在物を探求し原因物質が何者なのかと、私自身の目に映る一点、その点であるだろうと私が考えていた物体を探していた。キョロキョロ、じいっと目の前の空間を私は見下ろし、また見上げてもいた。私はまた、その場の緑を見詰め、香りを発していると特定出来そうなそこ此処をジイっと見詰めてみる。が、その場には何も、何の姿も形も、影さえも、何かの色さえも、私にはその香りという物が取り分け強く漂う空間、その中心部辺りにも、全く何物も見出す事が出来なかったのだ。

 私に取っての不思議な現象、自らの考えも及びも付かない物質、ある種の香りの揮発性。空間に素早く散じて行くタイプの香りに、私は自分自身では太刀打ち出来ない無力感を感じた。見えず知り得ない物、自分の敵の様な者に無抵抗でいる己のもどかしさを感じた。

『世の中には努力だけではどうにもなら無い物が有るのだ。』

自分自身だけでは到底解決出来無い事、不可能という物が有るのだと、私はこの時初めて知った気がしていた。


うの華4 40

2022-04-20 11:33:40 | 日記

 『この儘この子を家の中に返したら、後からどんなに両親が自分を責めるだろうか。下手をすると父に折檻を受けるかもしれない。』

我が子に嫌われる事よりも、実際に彼はその事を恐れていた。子と仲良くせよと、今現在の両親は推奨するのだが、昔の彼等はというと、親としては子である自分達に対して厳格そのものだった。しかも長兄ともいえる兄には相当厳しかった。特に母のスパルタ教育とくればその凄まじい事、幼い頃から自分は兄の苦境を目の当たりにして来たのだ。その都度その場に居合わせた自分は震え上がった物だった。自分自身の経験を取ってみてもそうだ。怒った父から暗い蔵の中に押し込められ閉じ込められた事がある。その儘一夜を明かしたのだ。その時の事は今でも思い出す。暗く湿っぽいカビと土の臭いを嗅ぎながら、これから自分は如何なるのだろうと心細く将来への不安を抱きながら、自分を押しつぶす様に広がる周囲の闇に恐怖心を覚えていた。そんな可哀想な幼い自分。そんな自分の姿が蘇って来るのだ。それ程に彼の両親の折檻教育は徹底していた。その子供時代の彼の恐怖の記憶は、彼自身の骨身に嫌という程に染みていた。そこで彼は何とかこの目の前の自分の子の機嫌を直そうと試みた。

 「それで、父さんに何の用だい。」

彼は自分の子に微笑みを向けた。『子では無く親、父の方が怖い。』そうだ!、彼は思った。彼は子供に微笑みを向けた。緊張して強張った顔だが、自分でも我ながら上手く微笑む事が出来たと彼は内心思った。

 さて、子供の方は自分の父の笑顔にホッと安堵した。父はどうやら自分には怒っていない様子だと感じた。しかし念の為と思うと、子供の方も父のご機嫌を取るべく明るく微笑んで父の顔を見上げてみせた。うふふふ…。はははは…。と、どちらからとも無く笑い声が漏れた。

 「で、何の様だ?。」

「お祖母ちゃんがお父さんを呼んで来てって。」

と、私が父に答えると、父はえっ!と驚いた。私にはこの父の驚きが意外だった。何時もなら、母さんがと直ぐに笑顔になり、何やったかなと言いながら、父はスタスタ歩き出していく筈なのだ。如何したのだろう?。私はキョトンとして、父の生真面目な、また不安感を滲ませた様な思案顔を見詰めていた。

 母さんがなぁ、母さんが…。父は上の空でこう繰り返して呟くと、その儘無言になり考え込んだ。何か考えないといけない事があるのだろうか?、私は不思議な気がした。お母さん、父の母だからそれは私の祖母だが、父にすれば大好きなお母さんに呼ばれたのだから、それは嬉しい事なんじゃ無いのかと、それ迄、叱られる為に両親から呼び出しが掛かるという出来事に遭遇した事の無かった私は思った。

 そこで私は一計を案じ、私の父が彼の母の待つ居間に行き易いようにと気配りした。

「きっと良い事だよ。」

「お八つが貰えるんじゃないの、お父さん。」

私は揶揄する様にニコニコと笑うと私の父の顔を見上げた。父は俯き加減でしょげていた。彼の目が潤んでいた。実際に彼は手で目頭を抑えると

「そんな事はあるまい。」

と細々とだが断定的な声を出した。その儘、自分の目に手を当てた儘で、父は私に言った。

「お前はこんな形の呼ばれ方に未だ会ってないからなぁ。」

分からないだろう。今のお父さんの気持ちが。そんな事を言うと父は言葉を止めて、後はまた静かに彼の手を自分の目に遣った儘佇んでいた。

 すると、家の中から、多分居間の方からだろう、四郎、四郎、お前いるんだろうと私の祖母の声が遠く屋内を通り抜け聞こえて来た。「早くこっちに戻っておくれ。」。

「は、はい。」

父は彼の母の声に空かさず彼の顔から手を下ろした。が、彼の態度はおどおどした感じで裏庭で、ととと…と二の足を踏んでいた。

 さて、

「ねえさんが、この儘だと里に帰るって言ってるがね、お前いいのかい。」

この母の声が聞こえて来ると、

「や、え!、あれが…」

父は口にするや否や血相を変えて、時を待たずしてバタバタバタ…と矢の様に家の中へと飛び込んで行った。本当に、私にするとあれよあれよと言う間もなかった。私の父の姿は裏庭の私の視界から消え去った。


うの華4 39

2022-04-18 11:06:16 | 日記

 「お母さんと一緒じゃ無かったんだね。」

子供が父に語り掛けた。相変わらず父からは返事は無い。が、子からは見えない父の顔に、ああんという感じで彼の顎が突き出されるのを子は感じた。変な事を言ったかしら?、考えながら子は自分の父に歩み寄って行く。すると、どうやら父は喫煙中らしいという事がこの子には分かって来た。父の顔の向こうに、すうっと細く、微かに白い煙が上空へと立ち上ったからだった。

「お父さん、タバコを吸ってるの。」

煙い煙という物を放つ煙草に、最近頓に嫌悪感を募らせ始めていたこの子は、何と無く今言った言葉の中に、その嫌悪感と自分からの父に対する非難めいた物を匂わせて置いた。するとそれまで無反応だった父の背が揺らいだ。彼の肩がピクンと上がったのだ。

 彼は振り向いて自分の子を改めて眺めそうな気配になったが、それを堪えてそのまま自分の子に彼の背と黒い髪の後頭部のみを見せていた。すると子は彼に近付いて来る気配だ。『この子は、親の嗜好にケチをつける気か。』と、彼は煙草を燻らせながら不愉快に感じた。そこでふんと肩を怒らせてみせると、彼の子は自分の父の不興を感じ取った気配だ、その歩みを止めた。彼はそんな自分の子の気配を背中で感じると、少しは世慣れた様だとその子の成長を慮った。

「何だい。」

向こうを向きながら子の父は空へと声を出した。

 彼の後方にいた子供には彼のこの言葉が聞き取れず、父の言葉の意味が判然とし無かった。

『なん…?』

何だろう?、何だ、かな?。何か用かと聞かれたんだろうか?、と、子供はあれこれ考えてみたが、それでも子には父の言葉がやはり判然としなかった。それで子供はその場で躊躇した儘、もじもじと何も返答出来ずにいた。

「何だっていうんだ。」

子のこの無反応な様子を、父は自分の喫煙を我が子が非難する為に取る沈黙の態度だと受け取った。ふん!と父は空かさず鼻息を出してみせた。が、子の方は父のこの言動がやはり全く理解出来ないのだ。兎に角何かしらを父は不快に感じ取り怒っているのだろう。こう考えると、子供の方は自分の父の側に行くのも良し悪しだなと、この先に進む考えを改め始めた。

 後退りして、振り返り、その儘一気に居間迄走り戻って仕舞おうか。こう子が自分の考えを纏め上げた所で、その子の思考の表れた小刻みな足の動きを読んだのだろう、父の方が子の動きへの先手を打った。

 彼はすいと振り向くと何気無さそうに彼の子を眺めてみせた。

「お前お父さんに用があったのだろう。」

普通に見える様、極自然に彼は自分の子の様子を眺め遣るとその様子を窺った。子供は彼が感じ取った通り、自分を厭い嫌うと避ける模様だ。

『ここでこの子に嫌われてはならん!。』

フン!と彼は奮起した。

『これ迄この子の親として取り行なって来た自分の努力が水の泡だ、全てが無駄になって仕舞う!。』

彼は一瞬彼の顔に緊張を走らせたが、ぐーっと自分の動揺を抑えると、如何にも自分は普通、目の前の子の父親である、とばかりに自身の平静を装った。

 「あの子がいるなら。お前に跡を継がせてもいいがな。」

「子の手前、お前も子に一角の人物と思われないとな。」

そうじゃ無いと、お前も困るだろうしな。と、目の前の子供が生まれた時、彼が父から初めて聞いた言葉だった。兄妹の末っ子に近い生まれの彼の事だ、兄達を差し置いて父の跡を継ぐ事等、それ迄は考えた事も無かった彼だった。ましてやこの家の身代をそっくりその儘貰い受ける事等、彼にとっては夢のまた夢と言ってよく、正に青天の霹靂と言っても過言では無かった。

「母さんには未だ伏せて置くんだよ。」

その内お前に良い様にしてやるからなと、彼の父は重ねて彼に言ったのだった。それ迄は兎に角この子と上手くお遣り、ねえさんや義姉さん達とも仲良くやってな、皆が皆で仲の良い親戚、夫婦、親子でいるんだよ。そうすれば万事が万事、世の中全てが無事に丸く治るんだよ。

 かつて彼の父はそう彼に説いたのだった。父のこの言葉に、それはそれはもう、過去には有頂天の絶頂となった彼だった。当時の彼は今にも天に舞い上がりそうな心地でいた。正に地に足が付かないでいた。そうしてその後も彼は折に付け彼の父からあれこれと父親としての心構え、子育てのアドバイスを受けて来た。それは彼の母親からも同様だった。

 「但し、子には嫌われない様にな。」

彼の両親はこう彼への念押しを忘れ無かった。親子円満、夫婦円満、家内安全を旨とせよ。両親からこう言い聞かされて来た彼は、今自分の目の前にいる子供の、自分を厭うらしい様子に非常に焦っていた。