Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

親交 25

2019-03-31 13:54:21 | 日記

 そこで紫苑さんは、

「丹精込めたバラを折る人がいるとは…。」

嫌な世の中ですねぇと、嘆息して声に出しました。その紫苑さんの声に、庭の主はちょっと面差しを和らげると、お好きな花を持っていかれるとよいですよと、手にした花切狭を彼に見せました。紫苑さんの方はいえいえと、自然に咲いている花が良いのです。こうやって散歩の途中にこの花が嬉しく咲いているのを見るのが楽しみでしてねと、遜って説明しました。

 そんな紫苑さんの言動に、主の方は何だか当てが外れたような顔をしました。顎に手をやって考えたりしていましたが、やはりちょっと猜疑心に溢れた目つきをして紫苑さんを見やりました。『上手い事誤魔化して、陰でコッソリ家の花を折っているんだな。』主の目はそんな事を言っている様に見えました。紫苑さんは早々にこの場を退却する事にしました。何時もの様にのんびりと花を眺める事も無く、香りを堪能する暇もなく、失礼しますと彼に声を掛けると、足早にその場を離れたのでした。

 『思えば私の花じゃないのだから。』

特に花泥棒に対して憤る事も無いのですが、その花泥棒に間違われたらしい、という事が彼の自尊心を傷つけ、他人の庭で目の保養をしていた事が後ろめたくもなっていました。これ迄、人がせっせと丹精込めた花を、こちらは気楽に眺めて心行くまで満喫していたのです。『少々図々しかったな。』案外と生真面目な紫苑さんはこう反省したりするのでした。

 このような出来事があってから、紫苑さんは2度ほどこの家の前は通ったのですが、それは彼にとって、ぱったりこの家の前を通る事を止めると、いかにも自分に後ろめたい事があるようにこの庭の主に取られそうな気がしたからでした。しかし3回目になると自然彼の足はこの家の方角へ向かうのを嫌い、別の道へと入り込んで行くのでした。その内、彼は他の家の庭への花巡りもする気が起こらなくなり、日用必需品の買い物以外は図書館と、その建物がある公園内の散歩だけが日課のようになってしまいました。

 「人の世は空しい物だなぁ。」

公園内のベンチに1人座ると、紫苑さんはそう溜め息を吐くのでした。

 


今日の思い出をふりかえってみる

2019-03-31 12:59:31 | 日記
 
土筆(33)

 何かって、と言うと彼女はまた口ごもりました。「何かよ。」と言う彼女の震え声や膠着した顔つきが、何だか緊張した雰囲気を感じさせました。私は彼女の言う「何か」を思い付く事が出来ま......
 


 お寺に出て来る、何かって何でしょう。


親交 24

2019-03-29 11:25:20 | 日記

 「さて、シルの事より初子さんの事だ。」

宇宙船の通路で、現在のミルはにこりと笑いました。彼は窓外に映る青い星を見詰めていました。その清涼な紺と青、そして動的な白のコントラストに魅せられて、落ち着いた彼は前向きに気持ちを切り替えました。彼は他の乗員には秘密になっている特殊任務と宇宙に浮かぶこの星の地表に住む1人の女性に心を馳せるのでした。彼は決意しました。この思いをきっと実らせてみせる、と。

 

 5月、地球上の北半球、ここ日本の地に若葉の季節が訪れました。巷では清々しい薫風が吹く頃です。緑陰も日増しに濃くなって行きます。地表では様々に色とりどりの花が咲き乱れ、美しく香りのよい花の代表格、薔薇などもあちらの庭、こちらの庭と咲いているのでした。

 「良い香りだなぁあ。」

紫苑さんは、ここ郷里に戻って来てから暇に任せて逍遥する事で、彼独自に発見し習い覚えた各お宅の、花の庭の名所を気持ちよく巡っていました。中でもここ、ホワイトクリスマスの白い薔薇が植えられた前庭のある、手入れの行届いた家は彼の大のお気に入りでした。家の傍に近付いただけで風に乗ってその香りを漂わせてくる、白く形の良い薔薇。この花は容姿も美しく清らかな純白の花弁です。この場所で紫苑さんは妻に先立たれたこの世の侘しさを忘れ、暫しこの高貴な花に目を留め香りを堪能するのでした。

 「1本如何ですか?」

ふいに垣根の向こうからこの家の主らしい、白髪交じりで眼鏡をかけた中年の男性が現れました。紫苑さんよりは若干年が若そうに見える人でした。

「折られるよりは切った方が枝に良いですから。」

何だか意味ありげな物言いに、紫苑さんがその人の顔を見ると、その人の目は笑っていました。

「折る?」

「いや、あまりに美しい花なので見惚れていただけです。このまま咲かせておいてあげてください。」

紫苑さんはそう言って寂しそうに微笑むと、主の顔から目を逸らしその白い花をもう1度見詰め直しました。そして彼の言う事ももっともな事だと感じました。

 この時、紫煙さんは薔薇の罪深い美しさに思いを馳せたのです。何しろ彼もこの年になるのです、世間の色々な出来事を見聞してきました。世の中には園芸愛好家を悩ませ、憤らせる花泥棒のいる事を百も承知していました。彼にはこの家の薔薇を折り取る人がきっといる事は、極めて容易に察しがついたのでした。


今日の思い出を振り返ってみる

2019-03-29 11:20:08 | 日記
 
土筆(31)

 「…ちゃん、どれだけここにいたと思う?」そう思い付いた様に、私の名前を呼びながらお姉さんが聞いて来るので、私は、彼女がすぐに戻って来たのだからそのくらいの短い時間よ、と答える......
 


 今日も、まあまあのお天気です。作日、こちらも開花宣言されました。4月2日頃が満開予想だそうです。


親交 23

2019-03-28 11:29:16 | 日記

 『1人に対して集団で、何て稚拙な奴らなんだ!』

それまでの彼は、勿論、同年代のクラスメート達皆にレポートで負けたという事に劣等感を感じ、暗い気分で鬱々と滅入っていました。しかし、帰途一緒になったクラスメートの何人かが行った今の子供っぽい行為に、彼は俄然腹が立つとむしゃくしゃして来てしまいました。しかしその後、彼は自分の目の前に繰り広げられた、彼自身にとっては全く予想だにしなかった同い年の子供達の有様、あからさまに絵に描いたように幼い嫌がらせをする彼等の行為に呆然自失としてしまいました。それで彼はその場に佇んだままポカンと口を開けて目を瞬いていました。

 『なんていう連中なんだ。』

「やる事まで自然回帰だ。本能のままに未熟な人間に逆戻りなのか?…。」

そんな言葉を呆気に取られて呟いた彼は、ふと後ろを振り返って来た道を見ました。

 するとそこには、クラス1の秀才と噂に高い女の子が1人佇んで微笑んでいました。彼女には彼の声が聞こえたらしく、悪戯っぽそうに瞳を輝かせるとミルを見詰めました。ミルの瞳に映ったその時の彼女と来たら、燦然と彼女のオーラは輝きを増し、とても不思議な光彩と輝きを持っていました。彼は思わずほうっと息を吐くとその彼女の彩なす光にぼーっと見惚れてしまいました。

 そんな我を忘れたまま佇むミルに、彼女は何事も無かったように追い越していく時、

「落ちこぼれさんは彼等に、どんな反撃をするんでしょう。」

彼女は皮肉っぽくっそう言うと、やはりポカンとした儘の彼をその場に残し、面白そうにくくくと含み笑いをしながら嫣然として悠々と去って行ってしまったのでした。

 くわぁくわぁ…

寝床に戻るこの星の濃い紫色をした中型の鳥が、鳴きながらやはりミルの頭上を通り過ぎて行くのでした。

「鳥でさえ僕の事を馬鹿にしているのか。」

人の途絶えた道路上で、そう悔しそうにミルは言い捨てると、

『次回のレポートではきっと1位を取ってみせる、次回で無理ならその次でも、その次が無理ならその次の次でも。きっとあの娘(こ)や、あの子供達より上の成績になってみせる。』

「彼等を追い越して、彼等より遥かに上位の成績を修めてみせる!」

僕の成績で、きっと皆やあの娘の顔を曇らせて見せる。ミルはもう日が落ちようとするこの星独特の夕暮れ、頭上の朱鷺色の空を見上げながらこう決意すると溢れ出ていた彼の涙に誓うのでした。

 直ぐに朱鷺色は赤い部分の赤味を増し、やがて赤い色は紫色となり、濃い黒みを帯びた群青色へと変わると、空には漆黒の闇が覆い被さって来るのでした。この星はとっぷりと夜の帳に覆われました。