おばさん、泣いているの?。感じた通り、自分の目に映った通り、当たり前の事を当たり前の様に私はおばさんに問い掛けた。その涙が余りにも美しかったからだろう。子供の目にも彼女の涙に烟る瞳は美しく煌めいて感じた。その煌めきには宝石の様に硬質な鉱物の美しさが宿っていた。
おばさんは答えなかった。ただ静かに自分の頬を濡らす雫を手の甲で拭った。その後彼女は自分の顔を私から隠す様にしてその身を逸らした。そこで私が大丈夫?と、彼女に声を掛けようとした所でおばさんは彼女の夫の控えている階段へと歩み出した。
夫の方もそんな彼女の様子を黙認して、寡黙にじいっと眺めていた。ごめんね、あんた。おばさんの声が聞こえる。と、彼はいや、いいんだと答えていた。私はおばさんの方が悪かったのかと漠然と思った。見るとおじさんは彼の妻の顔から視線を外し、彼の傍へとその視線を落とした。妻はそんな夫の横を擦り抜けると彼の後方の階段奥、登り口の少し広くなった場所に避難する様にして身を落ち着けた。
低めの声で、夫は妻に大丈夫なのかと声を掛けた。彼は胸に一物、何か言いたげな表情で自分の肩越しに妻を見遣った。そうして彼が何か言おうと口を開けた所で、ガラッ!、天井の上から2階でガラス戸を勢いよく開ける音が響いた。彼はハッとした顔で階段の上に目を遣ると、階上の物音を窺う間もあればこそ、サッと動きの有る勢いで階段の上へと姿を消した。
彼が2階に上って見ると、息子の清が道に面した窓の傍に立っていた。きちんと服を着ている。その息子の姿に、父で有る彼は驚いた。彼は息子に向けてにこやかに笑顔を浮かべると、自分1人で出来たのかいと問い掛けた。子の方は、そんな風に笑顔を自分に向けて来る父の顔を窺うような面差しをしていた。それでも彼は父にウンと答えた。
「偉いなぁ。」父は子を褒める事に余念が無かった。その後もヨイヨイと明るい言葉を子に掛けた。が、子の方は何やら思案投げ首の体で、その細い首の曲線を襟から外し空に白く晒していた。彼は斜め下から覗き込む様にして父の機嫌の良さそうな笑顔を意味あり気に観察していた。