丁度座敷の入り口に蛍さんの父は立っていました。
「あっ、つかぬ事を伺いますが、」
彼は話しかけました。お宅の娘さんの蛍さんは何処に行かれましたか?そう聞いてみました。
「え、蛍ですか、家で寝てるんじゃないですかね。」
そう彼女の父は答えます。まだ眠い時期みたいですから、そうでしょう。
推量する様にそんなことを言ってにこやかに彼に応対してくれます。
『やはり、女の子の方はいるんだな。』
と彼は思いました。そして、孫の光君についても尋ねてみようと思います。
「私の孫の光を見ませんでしたかね。」
ここで蛍さんの父は一瞬眉をしかめました。
「光君なら、本堂の入り口におられましたよ。未だおられるんじゃないですかな。」
そうか、私と入れ違いになったんだな。これで分かった。どうやら担がれたのは私の方だったんだと、彼は苦笑いして、
これはどうも、ちっとも気が付きませんでと、挨拶して本堂に戻って行こうとします。
その彼の背に、蛍さんの父は妹をよろしくお願いしますと愛想よく声を掛けるのでした。
ああ、ええ、と、彼も愛想よく返事をして、光君の祖父は本堂の入り口に戻ってきました。
しかし、そこにいるのはやはり息子1人だけです。
息子は待っていた父が戻ってきたので、笑顔でさあ帰ろうと声をかけます。
「折角の素麺が延びてしまうよ、父さんの好物なのに。」
さて、ここまで来ても、父にはどうも釈然としません。確かに「ひかり」と「ひかる」は似ているけれどと、また息子にあれこれと言われるかもしれないがと思いながら、
「なぁ、孫の光の事だけど、」
と言ってみます。
本当はいるんだろう、私と入れ違いにもう家に帰ったのかい、そう聞いてみました。
息子の方は流石にムッとした感じになりました。
いい加減にしてくれよ父さん、呆けたふりかい、今朝まで何ともなかったというのに、急に呆ける訳無いだろう。
ふざけるのもいい加減にしてくれないと怒るよ、と仏頂面をして文句を言います。
父息子で居る居ないのそんなやり取りをして、お互いに何だか険悪な雰囲気になったところへ、お寺の山門から女の人が入ってきました。
直ぐに入り口にいる2人を見つけて声をかけました。
「あなた、お父さん、お母さんがお待ちですよ、早く帰ってくださいね。」
その声に光さんは振り返ると、笑って手を振り返事を返します。
「ああ、澄さん。分かったよ、今帰るからね。」
そして彼は、再び振り返って父に向き直ると、さぁ、父さん、母さんがお待ちかねだ、さっさと帰ろうよ。と、帰宅を促すのでした。