祖父は偉いなぁ、私は素直に感動出来た。私の事を厭う視線を彼から受けていながら、私は彼に対して敬愛の念を込めて微笑んだ。そんな私の視線が分かったのだろう、彼は一寸横を向いてから再び私に視線を戻し、はにかんだような、照れたような笑みを私に返してきた。意図せずに祖父のご機嫌は直ったようだと、私は安堵した。
場に和やかな雰囲気が戻ったところで、私の父が再登場してきた。彼が再び文句を言い出すのかと私は予想したが、おいおいと、祖父に対して話し出す彼の慌てふためいた様子に、私は自分の予想が外れた事を知った。
「どうしよう、あれが実家に帰ると言うんだ!。」
私の父があれと言い、実家に帰ると言うからには、彼の話が私の母の事だと察しがついた。廊下では何を揉めているのだろうか?、私は訝った。大人同士の話なら子供の私には分から無いと怪訝な顔付きで階下の父達の遣り取りを眺めていると、私の如何にも部外者という無責任な視線に彼は腹を立てたらしい、私を見上げると、緊張した面持ちで目を見開き彼は言った。
「お前もなあ、不遜な奴だ。」
母さんに対してどういう態度なんだか。と、元々の事の起こりの原因はお前だろうと言うと、彼は祖父から私に矛先を変えて苦言をぶつけてきた。
あら、そうかしら!?。私は思った。父の言う事が皆目分からない。今回は惚けた訳ではなく、私は本当に怒る父に察しが付かなかった。何故なら、私の母に対する不遜な態度はこの私の父の影響だったからだ。彼が常日頃、折に触れ私の前で自分の妻を卑下する言葉ばかりを並べるものだから、私も自然彼に同調して行ったまでの事だ。母は馬鹿だ。そんな観念が私の内に在るのは、将に父の言動からの刷り込みであり、全く今まで彼の側に付いた気でいた私には彼からの非難が意外であり解せなかった。母でなく、父に味方している私が、何故肩入れして来た父から攻撃されるのか。皆目合点が行かない。寧ろ、彼から非難の言葉が続くに連れ、私には彼から裏切られたという感情が強くなり、段々と腹が立ってきた。そんな私は遂にはぷんと彼からそっぽを向いた。
「何だ、その態度!。」
父も声を荒げたが、傍らで祖父がまあまあと嗜めた。あの子も今は尋常じゃ無いんだよ。そしてお前もだろうと、彼は自分の息子である私の父に諭した。
帰るというなら帰ってもらえば、というのである。それから祖父ははっきりと廊下にまで聞こえる声になると言った。
「我が子の大事にいなくなるなど、そんな嫁は前代未聞だね。こちらの方から願い下げというものだ。帰ってもらいなさい。」
そう言うと、彼は制する様に私の父の手を取った。いいじゃないか、それはそれで。後は母さんに任せなさい。お前は行かなくていいよ。万事は母さんが上手く遣る手筈だ。
「何時かこうなるだろうと、母さんと話していたんだよ。」
もうあちらにもそうと手配済みだから、お前は心配しないでよい。向こうとこちらの母さん同士に任せなさい。父は息子に耳打ちした。