「おい。」
私の背後から声がした。やや怒った様な声だった。
「お前何処へ行くつもりだ。」
父が私に声を掛けて来た。私が振り返ると、父は私に不愉快そうな視線を送って来た。
「そんな所へ何しに行くんだ。」
何って、私は思った。家の中に、こんな奥まで知らない人が来て、お父さんは自分の家の事が気にならないのかしら?。そこで私は父に答えた。
「変な人が家の中にいるみたいだから、何をしているのか見に行くんじゃないか。」
すると父は何故かホッとした様に微笑した。この父の表情の変化は私には不思議な出来事だった。そこで私は父の心情について考え出した。
『お父さんは私の事を怒っていた。』
それは確かだ。怖い顔で睨んでいた。では、お父さんは私の何を怒っていたんだろう?。私にすると特に変な事をしたという気持ちは無かった。寧ろ父は私の事を自慢して良いと思う。私は勇気を持って勇ましく我が家の不審に当たろうとしていたのだから。
『勇ましい子供がお父さんは嫌なんだろうか?。』
否、そんな訳が無い。私は思った。親として、勇気ある子は親の自慢の子じゃ無いか。桃太郎や金太郎をみろ、皆立派な英雄だ、お話として語り継がれている。父は、お前も大きくなったらこの様な立派な大人に成れと、事有る毎によく彼の口にしていた。何事にも勇気を持って臨む、勇ましく。それの何処が悪いのだろう?。否、それは悪く無いのだ。私は思った。では、何が?、私は再考した。
不審者が気になり家を探りに行く。それまでは良しとした。私はつい直近の記憶を甦らせた。私は父の横を抜け、父より先に家に行こうとした。父より先に家の中を覗こうとしていた。勇ましく父より先にだ。父より先だったのだ。父より…。言葉の繰り返しに、私の脳裏にピン!と閃光が走った。先に行こうとしたのが良く無かったのだ。ここに至って私は思い当たった。私は遊び仲間との競争で、速度において優劣が付き、自分が負けた時の劣等感に思い至った。
『お父さんも負けるのが嫌なんだ。』
私は私の父が、私に追い抜かれ、自分が遅くなったという事に腹を立てたのだ、と合点した。『そうかそれでか、父は臍を曲げたのだ。大人でもそうなのか。』と、私は内心苦笑した。