Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 106

2019-11-28 12:29:04 | 日記

 母の手には何やら布の切れ端の様な物が見えた。私は何だろう、見た事のない物だなと思った。母はそんな私の顔を見て、にっこり笑ったかというとそうでは無かった。むすっとした感じで愛想無い一瞥をくれると、直ぐにあちらを向いてしまった。私から顔を背けてしまった。私には母の頭の黒い髪の毛だけが見えていた。

 そんな母に、

「お母さんたら、熊の真似してるのかい。」

と、私は彼女の機嫌を直すように陽気に尋ねた。母は私のこの言葉は聞いていたらしく、「くまだって?」と彼女の頭の向こうで合点のいかないような返事をした。

「お前、今、クマだと言ったのかい?。」

怪訝そうな顔付きで、ややこちらに顔を向けた母は口の中で、くま、クマ…。と繰り返し呟いていた。そして「くまは動物の熊だよね。」と「お前そう言ったんだよね。」と言った。

 私はそうだよ勿論と答えると、「お母さん、熊の真似が上手いね。」と彼女の事を褒めた。私が正面から母の顔を覗き込むと、母は訳が分からないという様に眉間に皺を寄せると意味不明な顔をしていた。私ははははと笑うと、

「可愛いね。」

と言った。すると母が嬉しそうに微笑んだ。私は誤解の無いようにと「熊さんが。」と付け加えた。母はがっかりした顔つきでまた私の視線を外すとプイとそっぽを向いた。

「熊さん可愛い。」

と私が母の頬に片手を掛けると、母はむっつりした顔で目だけ私の方に向けた。その私を捉える母の目が本当に動物園で何時も見る熊の目にそっくりだった。

 「お母さん、本当に熊そっくり。目までそっくり、上手いねぇ。凄いよ、クマさんの真似。」

私はとても上手だと母に拍手喝采し、彼女の熊の真似を持て囃した。そして金太郎の童謡を歌い出すと、縁側を跳ね回り、廊下の入り口達するとUターンして、「…お馬の稽古…」と母の後方に回った。

 母の丸い背が目に入り、!、ピン!と、私はこのまま母さん、熊さんに馬乗りだ…。と、ポンポンと弾んで母の背中を目指した。すると母は、伏せていた上半身をぱっと起こし、丸めていた背筋をしゃんと伸ばして見せた。母は正座したのだ。私の目の前には母の背中が立ちはだかった。

 「あー、んー、おんぶよりお馬さんがいい。」

と私は母の背に持たれた。母はピンと正座した儘、

「おんぶもおんまさんも駄目だよ。今はね。」

とそっけなく言った。

「私はする事が有るんだから。それもお前のお陰でね。」

そんな事を言うのだ。


うの華 105

2019-11-27 16:27:06 | 日記

 『母はあんなところで膝をついて、蹲って、それに動いているようだ。』

何をしているのだろう?。私は母の姿を不思議に思い、また何事だろうかと用心した。先程の祖母の険悪な様子も気に掛かった。その事と今の母の状態が関連しているようにも私には考えられた。

 私は警戒して今来た居間に戻ろうか、予定していた通りに不思議な状態になっている縁側に踏み入ろうか、敷居に足を載せた儘で暫く身動き出来ずに躊躇して考えていた。居間か縁側か、危惧か好奇心か。私は内心の葛藤に判断の付かない儘、母の四つん這いになって丸まった格好を目の当たりにしていた。

 その内に、私は父と度々散歩に行く動物園にいる可愛い熊を母の姿に連想し始めた。こちらに向いている母の丸いお尻が熊のそれとそっくりだ、四つん這いの胴体の微妙な動きもそうだ。私はつい微笑んで可愛い熊と重なる母のユーモラスな格好を見詰めていた。そして遂に、私の判断は興味の対象に近付く方へと軍配を上げた。その頃私に定着していたイメージの可愛い熊が、未知で現実の危険な熊に勝ったのだ。

 私は縁側に足を下ろすと、彼女の背に向かい慎重にぽたぽたと歩き出した。そして彼女が何をしているのかと歩みながら考えた。が、私にはさっぱり想像が付かなかった。

 その後母のすぐ後ろに立った私は、暫く小刻みに動く母の背や肩の辺りを見降ろしていたが、細かく動いているのが母の手元だと分かると、彼女の手先をその肩越しに覗く様にして窺い見てみた。が、母の手元は背の低い私には全く見えなかった。これでは私に彼女が何をしているのか窺い知る由も無いという物だ。

『考えるより母に直接訊く方が早そうだ。』

私は最終的にそう判断した。

 そこで私はお母さんと声を掛けた。「こんな所で何をしているの?。」。すると母は振り向きもせずに、俯いた儘でそれ迄と全く同じ動作を繰り返していたが、私の声掛けの方にはうんともすんとも返事が無かった。

「お母さん、何してるの?。」

端的に訊いてみてもやはり返事は無い。

 私は再び彼女の背を見詰めた。母の様子を具に観察してみると、彼女には沈んだ気配が漂っているのが察しられて来た。これは、どうやら母は怒っているというより元気が無いんだな、と私は判断した。そこで私は警戒心を解いて、「お母さん、耳が聾になったのかい。」と、こんな状態の沈んだ母に有効な、ふざけてお道化た調子で声を掛けた。

 すると少し母の肩先が震えた。母は笑ったなと、私はそれを見逃さずにニヤリとした。如何にもしてやったりと思うと、私はもう一押しだなと思い気楽に母の背後から彼女の横に回った。もう一押しすれば母は何時もの調子になり、「もうお前は、」など言ってげらげら笑い出すだろう。笑顔で何か話し出すだろう。何か返事をして来るだろう。そう手応えを感じて私は母の横に立つと、彼女の肩に手を置いて、謎になっていた彼女の手先を覗き込むように自身の首を垂れた。 


うの華 104

2019-11-26 16:47:28 | 日記

 縁側で転んで、床の木目を間近に見た日から、私は目を凝らすと縁側で板の観察をするようになった。尖ったささくれでまた怪我をしたくなかったからだが、床板をよくよく眺める内に、私は模様としてそこに有る年輪に興味が湧いて行った。

 最初は怪我した個所を特に念入りに見つめて、私は割れた先が尖ってい無いかどうかと確認していた。床から垂直方向に飛び出ている棘の様なささくれを見つけると、私は指先でそれを押して均し始めた。そんな私の姿を祖母は直ぐに見つけたものだ。危ない!、止めなさいと即座に注意された。

 何でそんな危ない事を、お前は如何してそんな事をしているのかと、しかめっ面をして祖母が問うので、私は父から自分の事は自分でと言われているからと説明した。

「自分が怪我しない様に、尖った所を均しているんだよ。」

そう答えると、祖母はまぁという感じで、「そんな物、親にしてもらいなさい。」と不満気に言った。続けて彼女は激しい語調で、

「危ない事は親がする物だ。子供のお前がする事じゃ無い。」

と付け足した。

 私は驚いて祖母の顔を見上げた。その時の祖母は言葉の激しさと同様の険しい顔付きをしていた。そんな彼女の雰囲気から私は自分が怒られているのだと感じた。それで私のしていた行動が彼女の癇に障ったのだろうと考えた。私は彼女に取り付く島が無いかと祖母の様子を観察し始めた。何とか彼女に機嫌を直してもらい、何時ものにこやかな祖母に戻ってもらいたいと願っていた。

 祖母は両手を腰に巻いた前掛けの前できちんと合わせると、ぴんと背筋を逸らせるようにして座敷に続く敷居の上に立っていた。かんかんになる内面の怒りを抑えているらしく、ぐっと足を踏み締めた彼女の頬は硬直していた。

「あの娘(こ)にも言っておかないと。」

そう言って祖母は私に一瞥をくれると次の瞬間には障子の陰に消えた。この時、室内から祖父の声が全く無かったのは、如何やら彼が家の中に不在だったからのようだ。

 その後は、祖母は母に言いつけて、糠袋で縁側を拭き上げるよう指図したらしかった。次に私が縁側を覗きに行くと、そこには母の蹲る姿があった。私が最初にささくれを指で均してから1時間程が過ぎていただろうか。思いがけず縁側で母の姿を見つけた私は何事だろうと訝った。

 それ迄の私は縁側にいる母の姿など殆ど見掛けた事が無かった。祖父母のいる座敷に入る為彼女が台所から縁側へ、そして彼等の部屋へと、縁の端を素通りする姿を見る事は有ったが、今日の様にどっぷりと縁側の真ん中にまで侵入し、しかもそこで蹲って何やらしているらしい姿は初めて見たと思った。内心おやっ、と呟く位に私には物珍しかったのだ。


今日の思い出を振り返ってみる

2019-11-25 15:15:02 | 日記
 
いつつ、いっぱいのパイ(3)

 フィリング入りのパイを作らない代わりに、私はパイ生地だけをクッキー型で切り抜いて、一口サイズのパイをよく焼きました。手軽だし、簡単で、それなりに美味しく出来上がり、小さいだけにパ......
 

 今日は雨の日になりました。タイヤ交換に行ってきました。風邪は大分良くなった緒に思っていましたが、もう少し本調子ではない様子です。のんびり回復を待ちます。溜息を吐く事が多い日です。


うの華 103

2019-11-24 15:41:06 | 日記

 その時、四郎、と、障子の向こうから祖父の呼ぶ声がした。父は祖父母のいる座敷に顔を向けた。

「そうか、父さんだな。」

こんな合わない時間に菓子等やって、そうぶつぶつ言うと、父は歩き出して障子戸が1枚引かれて開いている縁側の入り口の方へと向かった。そこから座敷に顔を突っ込むと、父さんと、彼は自分の父に文句を言い出そうとした。

「父さんこんな時間に、」

ここで彼はえっ?と言葉を途切らせた。「えっ、何?。」と、父は彼の母である私の祖母と話しを始めたようだ。

 開いていている障子の場所からは、普段祖母がいる筈の定位置の場所の方が近かった。父の向ける顔の向きからもそれは窺う事が出来た。彼はうんうんと祖母の話を聞いているようだった、が、少しして私の方を見ると、不承不承の顔付きで、「うっ、云。」と了解したような返事をした。そして俯くと考える様な気配になった。

 続いて父はやや沈んだ感じで私の傍へと戻って来たが、ちょっと悪戯っぽそうな顔付に変わると私の前に立った。彼は黙ったまま、私の握っている拳を取り上げた。その時には、もう私の両手はきちんと床に正座した自分の膝の上に載せていた。私は後ろ手にしている事に疲れたのと、隠し事をする事に飽きて来たのだ。私はこの時、正直に怪我を見せてもよいな、見つかってもいいやと考えていた。そして叱られる準備に正座していたのだ。

 きちんと縁側に正座して、父にされるままに私が拳を開くと、彼は私の怪我を見てふんと言った。ヨーチンだな。一言の元にこう言われた私は、顔をしかめて如何しても?と問い掛けた。如何してもだな、父はそう言うと顔を私から背けて、何やらふふふと笑いを堪えていた。彼は私の手を離して立ち上がると、

「いやぁ、親子だなぁ。」

2、3歩あるいて縁側の中央へと歩を進めた。彼はそこで立ち止まると、そうかそうかと腰に自分の両の手を当てると胸を張ってすっくと立った。自分も子供の頃は嫌いだった。ヨーチンはな。と言うと、明るい中庭を眺め出した。彼はその儘ハハハと愉快そうに笑うと、「私の子だなぁ。」うんうんと独り言ちていた。

 私はてっきり怪我を隠していた事がばれて父に叱られるものだと身構えていたので、この愉快そうな父の様子は当てが外れたという物だった。父の様子は私には解せなかったが叱られずにほっとした。父はそんな私の安堵した様子を横目で眺めていた。 

 彼は程無くして、しかしなぁと言うと、「嘘はいけないぞ。」と私が久しぶりに聞くこの文言を言った。

「今の場合、嘘というより隠し事だ。」

「親に隠し事はいけないぞ。ちゃんと正直に言うものだ。」

特に怪我した時はきちんと見せないと、後で大事になったらどうするのだ。と、これはやはり叱られたのだが、この時の父の声音は穏やかで優しく、私はもっぱら注意された程度で済んだ。

 その後父は縁から出て行き、父に代わって母が私を呼びに来た。

「お前、名誉の負傷をしたんだって。」

母はふざけてそう言うと、廊下の日が届かない場所に有る薬箱の所迄私を伴って行った。薬箱からヨードチンキの箱を取り出してふふふと、彼女は何が可笑しいのかほくそ笑んだ。

 その後母は、古いのが切れてね、これを新しく買っておいたんだよ。と言うと、その真新しい箱を開けて、中にたっぷりの液体が入った小瓶の薬を私に見せた。

『ああいよいよだ、年貢の納め時という物だ。』

私はいざという段になると歯を食いしばって手から顔を背けた。神経だけは傷に集中させて、来るべき衝撃に身を引くようにして嫌々ながら備えた。が、この時、如何いう訳かビーンと来る筈の衝撃が私を襲って来なかった。

 『おや、あれれ…?』

私が不思議に思う間も無く、母はもうパタパタと薬瓶を元の取り出した薬箱に収めている。

「お薬は?、」

付け無くていいのかと怪訝そうに問う私に、母は言った。

「もう付けましたよ。」

私が意外に思いながらどれと掌を見ると、そこには確かに赤味を帯びた液体が付着していた。液はてらてらと未だ濡れているような感じだ。

 『本当だ!。』私は思ったが、今迄の様にぎゃーっと唸るような沁み感が傷口に来ない。その内沁みて来るのだろうか?私が摩訶不思議な気分で塗られた薬の赤い色をおっかなびっくり眺めていると、母が「未だ気付か無いのか。」と言った。

「本当に鈍い子だね。分からないの?、薬の色を見てごらん。」

等と彼女が不満気に言うものだから、私は掌をより詳細に眺めてみた。赤ぽい薬の色だ、何時もと何の変わりも無い。どこが違うというのだろうか?。母の言葉が全く意味不明の儘、私は首を捻るばかりだった。

 「ねえさん、そこは暗いから分からないんだよ。」

そう廊下の向こう側、縁側の方から顔を出した祖母が言った。

「智ちゃん、こっちに来て。明るい所で薬の色を見てごらん。」

私は祖母に言われるままに、日の差さない暗い廊下から、祖母の呼んだ日差しの入る明るい縁側へと向かった。明るい光に掌を広げてみる。そこには今迄のような暗い茶色っぽい赤い色では無く、明るい赤い色の薬が塗られていた。

「赤いや!。」

「赤チンだよ。」

祖母が私の言葉に、にこにこして答えてくれた。「これの方が、ヨーチンより沁みないからね。」そう言うと、彼女は私の頭に手を伸ばし、ナデナデと頭を撫でてくれるのだった。