さて、それと無く庭の周囲を見回した彼は、特にここには如何という異常も無い様だがと思う。そこで彼は自分の子に向かって言った。
「智ちゃん、何が有るんだ。」
お父さんが見る所、ここには、裏庭にはだが、何も不思議な物は無さそうだがなぁ。彼は子に向かって普段通りの、彼の平生の声音で言った。しかし彼の内心にはイライラが募って来ていた。『あー、イライラする。』。
さて、これより遥か前の事だが、彼は両親から子育ての極意は気長になる事と教えられていた。
「なぁにが気長にだ。」
彼は呟いた。もう怒りの尾がブッツン!と、と彼はそう思うと、「切れそうだ。」と言葉に出した。そうしないと、「こっちがおかしくなりそうだ。」フン!と、彼は鼻息荒く口にした。
「修行が出来てない父親ね。」
母家から如何にも呆れたという様な女性の声がした。本当だね、両親の顔が見てみたいものだね。これまた相槌を打つ様に意外そうな男性の声がした。ハハハハハ、おほほほほ。いかにも嘲る様な男女の笑い声が発しられた。その声声は、影になった屋内、庭にいる親子からは見えない場所から、そこはかと無く響いて来るのだ。彼の子にさえ、その微かだがキッパリとした声音は聞き逃す事なく聞き取る事が出来た程だ。
聞こえてるよ。彼は自身の顔の向きをそう変える事なく彼の後方、母屋への入り口方向へ抗う様に言い捨てた。
「だから如何だというんだ。」
彼は自分の前方、自分の子のいる方向へ彼の口を滑らせた。
「自分達で面倒見て無いのに、言いたい事だけ言って。」
子供の面倒は全部俺に押し付けて、子供のいいとこだけ自分達でよそって行くくせに。如何言う親達なんだ。彼は不平を並べ始めた。
「そんな態度が親らしく無いのだ。」
待っていたと言わんばかりに、屋内で如何にも不穏な男性の声がした。『お祖父ちゃんだ。』庭にいた子供は思った。
屋内の男性の声に子供は聞き覚えがあった。子供の方は、てっきり今まで見知らない男女が自分達親子の家の中にいるのだと思っていたのだ。何しろ、子供の祖父母はそれ迄他所行きのお上品な声音を使って喋っていたのだから、要領の分かる子の父にしか、実際には誰が喋っているのか事実は把握出来ていなかった。なので、父の方は慣れた物だったが、彼の子供の方は、漸く自分が聞き取った祖父の声から、通り一遍の祖父の怒りをのみ汲み取るばかりだった。
『如何したんだろう、おじいちゃん機嫌が悪いみたいだ。』
しかも、かなり悪い。子は思った。『祖父の機嫌を損ねた原因は自分にあるんだろうか?』、子供にはその事ばかりが案じられて来る。子供はみるみる眉間に皺がよりその顔色を曇らせた。