Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 52

2022-06-29 10:20:48 | 日記

夫は常に自分には愛想が良い、愛妻家の鑑の様な人物としてこの長年来たものだ。だと言うのに、一体如何したというのだろうか、何だか何時もと勝手が違う…。妻は夫の様子を不審に思った。

「子は可愛いものでしょう。」

細々とした声で、遠慮勝ちに妻は夫に念押ししてみる、が、夫から妻への同意の言葉、相槌等は全く返って来無かった。彼女は再び同じ言葉を夫に掛けたが、結果は同じだった。彼は黙した儘身じろぎもせずにそこに立っていた。

 妻は夫のそんな様子を見詰め、やや考えていたが言った。

「あなたは子供が可愛く無いんですか。」

一寸言葉尻に批判めいた響きを効かせてみる。すると夫の表情が心持緩んだ様子に見えた。彼女は気持ちを強くした。そこでこの機に自分の立場を常の優位な状態に戻そうと奮起すると、そうなんですね、と断定する様にきつい感じで言った。

 「いいんだけど…、」

夫はやや低い感じの声で、彼の妻に普通の調子で答えた。

「お前さんがそう思うのはお前さんの勝手だがなぁ…、」

まぁと妻は驚きの声をあげた。「それではお父さんは、」、と、彼女が言う言葉を彼は手で遮ると言った。

「私の気持ちは違う。」

彼は考え方もお前とは違うと思う。と付け加えると、妻の真意を見極めるとでも言う様に彼女の瞳の奥をじいっと覗き込んで来た。この時、彼の胸の内には沸々と先程の怒りが蘇って来ていた。

「親も馬鹿とは、何であの子の為に、私迄馬鹿扱いされるんだい。」

「あの子の方はそれで私の方にも異存は無いけどね。」

合点が行か無いなぁ、私は。彼は嘯いた。彼はまた先程の目を小さくした顔付きに戻った。あらあら…。彼女は内心冷や汗を掻き始めた。

 『もう、気の合わ無い父子だよ。それは分かっているんだけど…。』

ここまで来ると彼女も、自分には訳の分から無い夫の言動に大概腹が立って来た。昔からこの親子の間に入ると彼女は碌な事が無かった。『親や妻じゃなければ、誰も付き合わ無いという物だよ。』彼女は内心ぼやいた。これも世の柵と言うものだ、辛抱辛抱、我慢が大事、家庭内円満を心掛けなくちゃ。彼女は自分に言い聞かせた。


うの華4 51

2022-06-28 15:27:38 | 日記

 「如何したんだい。」

反射的に夫は妻に声を掛けた。「ずいぶん顔色が悪い様だが…。」そう言いつつ夫はハッと思い当たった事が有った。

「あれだね、またあれが悪い風を吹かせたんだ。」

我が家に、この家に、何時も悪い風を吹き込むんだ。あいつは逆風の様な奴だのう…。最後は夫の声も嘆息気味となり、か細く土間に向けて落ち途切れた。勝手口はシンとした切り、裏庭の方からも特に物音は聞こえて来無い。

 夫がこうなると妻は気落ちしていられない。彼女は一応庭に気を配ってみたが、如何したの?等、子供の声が洩れ聞こえて来ても、彼女の息子が彼女の孫に答える声が細々と続いて聞こえて来ても、そんな事、もう向こうに気など配っていられ無い、と彼女は思った。今は夫の事だけを考えるのだ、自分の子である息子はもう人の親、子の事はその子の親に任せれば良いんだ。彼女は決意して、庭に向けて分散していた彼女の意識を打ち切った。彼女は目前の夫にのみ自分の意識を集中した。

 「あいつだなんて、」

妻は思いつく儘気丈に口にした。凛とした自分の声で夫を、自分の気持ちを奮い立たせた。矍鑠とした彼女は、今は自分とは反対に、元気無く目を伏せ肩を落とししょぼくれた感の有る彼女の夫に辺り憚る事無く声を掛けた。

「あの子の事でしょう。」

念の為こう確認する。夫は妻に同意する様に軽く顎を上下した。勿論、あいつとは彼らの四男四郎の事だった。が、依然夫は視線を落とした儘だった。彼女は言った

「自分の子をあいつだなんて…。お父さん、よく無いですねえ。」

彼女は揶揄する様に彼の言葉を窘めた。いくら馬鹿でも、馬鹿な子でも、そんな子程可愛いと言うじゃないですか。

 「そう、それだよ。」

夫は急にハッと彼の肩を上げた。彼は物思いしながら妻に顔を向けると、つい先程の事を思い出している様子となった。「さっきお前が言っていた事だがなぁ。」考えながら、遠慮がちに夫は言った。彼の言葉が続いて来無いので、妻は考えながら馬鹿な子と言った。夫はまあそうだと言うと彼の口元を綻ばせ沈黙している。妻の見る所夫は寡黙に妻の次の言葉を待っているらしい。そこで彼女は可愛いと言うと、それは、まぁ、お前さんの、母親の目から見ると、そうなんだろうさ。愛想のない言い方で彼はボソッと零した。夫の物言いが不承不承なのを妻は怪訝に思った。


うの華4 50

2022-06-14 17:09:59 | 日記

 おいおい。声に気付いて振り向くと、彼女の背後敷居の上に、何時戻って来たのか彼女の夫が立っていた。

「親も馬鹿は無いだろう。」

私はお前の夫だよ。夫の私が馬鹿なら妻のお前も馬鹿だろう。彼はそう言うと明らかに機嫌を損ねた顔付きになった。不機嫌そうに目を吊り上げている。この顔は夫が可なり立腹した証しだった。『何か気に食わ無い事が有ったのだ。』瞬間妻は悟った。不味い事になったわね。彼女は思った。

 夫の不機嫌を宥めるには如何したら良いだろうか。一方で裏庭の様子を気に掛けながらも、彼女は眼前の夫の尋常で無い様子から、今の場合こちらの方が自分にとっては重大事だと受け取った。僅かな間に何が自分の夫の心情にこれだけの影を落としたのだろうか。彼女は彼女の視線を繁々と夫に注ぎ彼を気遣いながら、一方では彼の背後の家の内の気配をそれと無く窺ってみるのだった。が、家の中はシンとして毛程も人の気配が無かった。また、先程この家を出て行ってしまった嫁、庭にいる彼女の息子の嫁が再び戻って来て家にいるという気配も無かった。夫と自分、彼女にはこの家の屋内に2人だけの気配しか感じ取れ無かった。彼女は夫の体越しに自分の顔を出すと、実際に彼女の目で以って廊下を覗き込んでみた。が、家の中はやはり他に人がいる気配が無かった。では、では何が?。彼女は怪訝に感じ裏口の土間にシンとして佇んだ。

 暫し心を落ち着けてみる。その後、彼女は更に重ねて目の前の夫の様子を仔細に観察してみた。夫は生真面目な顔付きをしている。その口元はというと、尖っている。彼女は目を欹てた。『これは、確実に機嫌を損ねているんだわ。』そう改めて感じた彼女は『困った事になった。』と、内心呟いて顔を曇らせた。思わずふうっと嘆息した。ここに来て為す術無しの状態に陥った彼女は、逃れようの無いこの狭い勝手口の内で、文字通りの窮地に追い込まれていた。

 ここで彼女に助け舟を出した人物がいた。その人物はというと、彼女を追い詰めた張本人である当の彼女の夫だった。彼は妻の嘆息の声にハッと気付き、ひょっとして我に返った。彼はそれまで自分の気持ちを取られむしゃくしゃしていた事柄から自分の意識を外した。彼の妻の顔を見詰めた。すると、彼女は酷く根を詰めた様子で、暗い顔付きになり視線を土間に落としている。屋外の光線から影になった勝手口で、家の奥にいる夫の方を向き、逆光になってしまった妻の顔付きは彼女の夫にはより一層暗く翳って見えた。


うの華4 49

2022-06-14 15:28:28 | 日記

 否、いるんだ。誰かいる。戸口の影になった部分だ。誰か人が隠れているのだ。彼は思った。『誰だろう?。』。

 父だろうか?、一旦その場を去った後、父は再びここへ戻って来て、戸口の影からこちらの様子をそっと窺っているんだろうか?。それが父だと思うと、彼は何時父がこちらへ飛び出して来て、ゴン!とばかりに自分に拳を振り下ろすのかと、いい知れぬ恐怖に襲われた。

 ブルル…、っと彼には身震いが起きた。それからゾォーっと背筋に寒い物が走る。安堵の後の恐怖に、彼はヨロヨロ…と、思わず2、3歩勝手口の戸口から遠ざかった。

 背後に注意を向けつつ数歩歩いた彼は、ここまで来れば一安心、一呼吸置ける間合いの場と自身が判断出来る場所に来た。すると彼の目に子供が円な瞳を開いて不思議そうに彼の顔を見上げているという丸い顔が映った。はたと、気が付いてみるとその顔は我が子であった。そうだと彼は認識した。

 如何しようかなと彼は考えた。今から父とこの子の前で自分は一戦交えようか、というと、そうはその気になれ無いというのが正直なこの時の彼の心情だった。この時迄に、彼は父と一騒動起こそうという気持ちがすっかり失せていた。彼は戸口を振り返り、そこに隠れている人物が自分の父では無い様にと只管に念じた。

 静けさが増した様な庭の様子に、彼女は静かに顔を動かして庭を覗き見ようとした。大丈夫かしら?。彼女は案じた。今顔を出したら息子に気付かれ無いかしら?。そう彼女は不安に思うと庭を覗く事を暫し躊躇った。

 それにしても、彼女はやはりねと、自分の憶測がどんぴっしゃりと当たっていた事に上機嫌となった。なかなか、私の勘も捨てた物じゃ無いね。と悦に入ってから、それにしてもと彼女は考える。『あの子の言った通り、実際、あの子は「秘策」という言葉を口にしたのだろうか?。』「いいや、そうじゃ無いね。」彼女は口にした。「きっと、あの子の勝手な思い込みだよ。」

 彼女は考えた。四郎が兄の一郎に何か子育て中の話、あの子達の父との遣り取りでも話し合う内に、あれは苦情としていった事を、あれは似た話として、自分の経験談のつもりで、その後の話もこれこれと言ったんだろう。共に同じ出来事を言いながら、それぞれに別の事を考えていたんだろう。一郎の事だから自分にとって良い教訓になったと思って話した事が、四郎にすると秘策、策を弄する話になったんだろうさ。よく分かるね。私は2人の親だからね。2人共私が育てて、2人共に小さい頃からその性根が分かってるからね。勝手にあの子は兄が秘策を授けてくれたと口にして、まるでそういう事実がさもあったかの様に装ったとみえる。2人の息子の母である彼女の脳裏には、息子2人の間で行われたであろう会話の姿までが彷彿としてその胸に浮かんだ。

「馬鹿馬鹿しい…。」

この世の中二番煎じに引っ掛かる人間がいるとでも。彼女は戸口の影でそこに立てられた材に身を持たせると眉を顰めた。はぁあと、彼女の息子の1人、四郎という子に対して彼女の溜息がふううと洩れた。「馬鹿な子だよ。」そう零して彼女は思った。『馬鹿な子ほど可愛い、か。』

「親も馬鹿だよ。」

 


うの華4 48 

2022-06-13 10:51:31 | 日記

 もしかしたら。彼はハッとした。『こちらの様子に合わせて彼等は口を閉じたのだろうか。』彼は推察したのだった。

 機嫌を損ねたかな。親の話を盗み聞きするとは。自分は親から子としてはした無く思われたんだろうか。思わず彼の頬は赤らんだ。恐る恐る屋内の気配の様子を見ながら、彼は反らしていた顔の方向、自分の家の母家へと自らの体の向きを変えた。そうして具に彼の家の勝手口を窺った。すると家の内直ぐ近くの場所から彼の父の好きにしろとの声が上がった。続いてバタバタと去っていく足音が聞こえ、その足音は小さくなると聞こえ無くなった。あの様子では父さんは家の面方向に向かったのだ。と彼は察知した。危うい危機は去ったなと、彼は安堵したが、また一方ではガッカリもした。

 怒った父から叱られる事が無く、折角の彼の父の自分に対して行われる暴挙、修羅場と化したその場面を、彼の孫に見せ付けるという、彼の目論見が全く外れたのだ。どちらかと言うとこういう平穏な状態になる事が彼には意外で予想外の出来事だった。

 「何だい、折檻はお預けかい。」

『折角足を踏ん張って、こっちは一騒動起こしたのにな。』

彼はふいっと勝手口に背を向けた。事が巧く運ばなかった事に対して彼は内心悶々とした感情を抱えていた。

「こっちの苦労も知ら無いで…。」

こうぼやきながら、彼は態度悪くチエっと舌打ちしてみせた。そうしてこっちはやる気満々だったに、という姿勢を誰にという事無く彼は誇示してみせたのだ。しかし、彼が身の安全を得た事に、内心ホッとして胸を撫で下ろしていた事も事実だったので、彼はその内なる小心を恥じる様に、照れ隠しの為だろう、眼前にえいえいと拳を突き出すと、虚空に向かって1人気勢を揚げた。

 「兄ちゃんの秘策も潰えたな。」

強ばらせた顔で震える様に言うと、彼はこの後如何しようかと考え始めた。「読まれてたのか。」彼は沈んだ調子で呟いた。「折角兄さんから策を授けて貰ったのになぁ…。」彼はガッカリして肩を落とした。この時の彼には、その時その場にちらと顔を覗かせた彼の母の顔等全く気付き様が無かった。彼はそれほどに落胆している様に、その時の母の目にもそう見えた。

 しかし、波立つ気持ちが落ち着いて来た頃、彼は自身の背後に何かしらの気配を感じ始めた。そうっと彼の後方を覗き見てみる。が、そこに、勝手口にはやはり人影は無かった。