こんな時の常の事である状態に私は陥った。私は涙ぐんだ。自分に付いて正しく理解されないという悲しさが、私に涙を運んで来るのだ。
『でも…。』、と今回私は思った。父にしても大概である。父にきちんと分かってもらえないという事で、如何して毎回自分は嫌な思いをして悲しみに打ちひしがれなければならないのか?。この時、私は突如として悟った。あんな人の為にこんな鬱屈とした暗い気分に落ち込んで行くなんて、自分の事を悪く見る人の為に暗い気分になるなんて、馬鹿げている。と。そして自分の悲観する姿を馬鹿々々しい事と考えた。だからこれ以上は父のせい、彼の誤解で自分が泣くような状態に陥る事は無いなと思った。
自分を理解しない人のせいで自分が悲しんでいるなんて、それは真に無駄な事だ。これこそ本当に愚の骨頂だと気付いた私は、父の誤解でもうこれ以上泣くまいと決意した。誤解されて自分が悲しい思いをするなんて、そんな人の下になって悲しんでいるなんて、本当にそれは馬鹿げている。誤解するような人のせいで自分が苦しむなんて、悲しい気持になるなんて、そんな状態に意地でもなってやるものかと私は決意したのだ。私はぐっと涙を呑み込んだ。
目を瞬いて、湧き出して目に滲んでいた涙を乾かすと、唇を噛みしめて私は普段と変わりない顔に戻るよう努力した。この時の私は、自分を誤解して全く理解しようとしない父の態度にはっきりとした怒りを感じていた。
『母もいなくなったのだ、あんな人父でも何でもない、父でいてもらわなくても全然かまわない。』
と考えた。ふん!、と私は畳に足を踏ん張って居間に1人で立った。泣くものか!と、心の中で叫んだ。
私は一度出た涙が綺麗に乾くまで、父が祖父母の部屋に入った儘で出てこない様に願った。そうしてせっせと平静を取り戻すべく努力していた。しかしそうはいっても、やはり私の涙は引っ込んだようでまた湧き出て来る。抑え込めそうで抑え切れない、これはもう涙を流して泣くしかないと諦めかけた時、漸く私の涙は引き、私は落ち着きを取り戻した。
そうこうする内に、父は自分の両親と何か話を終えたらしく私のいる居間に戻って来た。解せないなぁと彼は未だ言っていたが、半信半疑と言う顔で私の顔を眺めた。
「お前が穴を開けたんだろう。違うのかい?。」
そんな疑問を私に投げかけて来る。さぁ、私は答えた。
「さぁって、お前が開けたんじゃないなら、違う、だろう。」
と父は妙な顔をして私に言ったが、私はもう父と真面目に相対する気持ちが無くなっていた。
「分かりません。」
「分かりませんて、お前、空けたなら開けただし…。」
父は言い淀んだ。そして考えながら、開けてないなら、していないだろう。と言ったが、最後の語尾は声が小さくなり消え入りそうな感じになった。私はふんとばかりに、
「忘れました。」
と言った。もうお前に真面目に答えてやるものかと心の中で思っていた。私は父からそっぽを向いて知らぬ存ぜぬを決め込んだ。私の事を誤解して止まない、父へのこれが私のしっぺ返しだった。