その途端、彼の目前で彼に背を向けていた息子が振り返った。ここぞとばかりに彼は父に向かって言った。
「身に余る女性を貰ったんだろうに。」
「これ以上何の不足があるというんだ。」
この声音は、この子供本来の物だった。子の父も直ぐにそうだと分かった。『自分の息子の言葉だ。』彼は思った。
そうして、この言葉は彼の妻側の親族の言葉であるに違いない。その言葉を、今現在は目の前にいる子が自分に向けて言っているのだ。自分の家族の言葉として言っているのだ。と思った。彼はこの時、父として、夫として、この自分の家族を守り決して不幸にしてはならない、と自覚した。自分はこの家族の長なのだ、と。
「そうだ、俺は何をいじけていたのだろう。」
愛する女性を妻にしたというのに。彼は自嘲気味に口ビルの片端を上げて微笑んだ。なぁ、彼は目の前の息子に笑顔を向けると話し掛けた。
「なぁ、何を父さんは思い悩んでいたんだろう。」
こんなにいい子と素敵な嫁さんが俺の側にいてくれるのになぁ。彼は子をあやす様に息子の両手を各々自分の両の手に取ると、よいよいと振った。ほれほれと息子を抱き上げると、赤子にする様に高い高いをしてみせる。再び息子を畳の上に戻して、彼は言った。
「お前重たくなったなぁ。生言う歳になる筈だ。」
そんな事を言って、彼は染み染みとその目に染みる涙を流した。息子はそんな父の自分をあやす行為に上機嫌の体になり、ハハハと父に組み付いてきた。ヤンチャ盛りだ男の子だなぁ、父と子、男同士だそれそれと、2人はどしどし畳を踏み鳴らし取っ組み合い始めた。
どんどんと、天井に2階の喧騒が響き始めた。その前から楽しそうな声が聞こえていたなぁと、私は階段で沈み込んだ儘のおばさんの様子を見ながら思っていた。先程、清ちゃんの父のおじさんが2階に消えてから、彼の妻のおばさんの方はしょんぼりとして元気が無かった。彼女は沈み込んだ儘階段の登り口で項垂れていたが、遂にはその階段の一つ、登り板の上にひっそりと腰を下ろすと、その儘休息の体でいた。私が見るところ、彼女は泣いているのではないか、そんな雰囲気にも見えた。そんな彼女を案じた私はおばさんと彼女に声を掛けようとした。