「そうだよ、お八つの時間だ。」
そうだよ、その手があったんだよ。と、おばさんは顔を明るくすると背筋を伸ばし、思わず彼女の手を打った。如何にも妙案という風情である。おばさんは笑顔になると私に向き直り立ち上がった。
少し前、この家の主婦である彼女はこう考えたのだ。如何してこんな暗い時間にこの子はやって来たのだろう。これが日中のことなら、全然問題ないのに。家の子だって喜んで遊ぶ時間だろうに。
『家もとんだ疫病神に取り憑かれたもんだ。』
彼女は俯いた儘溜息を吐いた。そうして階段にいた彼女は腰を踏み板に落とした儘、身を捩らせて店内の時計の針を見た。『一体今何時なんだろう?。』。玄関正面の壁に掛けられた白く丸い枠、モダンなこの家の掛け時計の時刻を見て、現在時を理解した彼女は思った。やっぱりね!。
はぁぁと彼女は再び溜息を吐いた。これが真昼なら問題無い時間なのに…。「昼はいいよ。」彼女は言った。同い年の子を持つ親のことだ、こっちだって少しは考えようというものだ。「でも、こんな丑三つ時に…」、彼女はもう一度時計の針を見直して確認した。でも無いのか、もう少し早ければ昼のお八つと言えたのに…。「残念だね、少し回り過ぎた時間だよ。」
それから、途方に暮れていた彼女はややあって考え直した。『でも、こんな小さい子の事だ、お八つの時間だと言って誤魔化せば、その儘自分の家に帰せるかもしれない。』
「そうだよ、智ちゃん、お八つの時間だよ。」
私が見詰める彼女の笑顔はにこやかで普段通りだ。彼女は私に向けて言った。
「智ちゃん、もう帰らなくちゃ。」
お八つの時間だよ。もう直にお八つになるんだ。家に帰らないと。彼女は私に向け身を屈めるようにしてハイハイという様に彼女の手を打つと、明るく私の帰宅を促した。「家でお母さんが待っているよ。」
お八つ?。昼寝から起きて遊びに行って来まーすと、元気よく家の人に言ってから外に出てそう間が無いのに?。そう思うと私にはこのおばさんの言葉は合点が行かず、ええっ?と首を傾げるくらいに腑に落ち無い物だった。その不思議さに一時キョトンとして玄関に立ち竦んでいた私だったが、本当だろうかと半信半疑、清ちゃんのおばさんの顔付きを、目を見開いて見詰めてしまう私だった。