20階の窓辺から

児童文学作家 加藤純子のblog
毎日更新。児童文学情報・日々の暮らし・超高層からの眺望などニュース満載。

フル稼働

2008年05月21日 | Weblog
 今週は、正念場。
 今日、21日水曜日は、18:00から神楽坂の児文協事務局で「Beー子どもと本」の例会。今月のテキストは、竹内真『ワンダー・ドッグ』(新潮社)

 22日木曜日は、児文芸の児童文芸家協会新人賞及び児童文学功労賞のお祝いのために、児文協から作家のAさんとふたりで市ヶ谷の「アルカディア」でのパーティにお邪魔。
 
 23日金曜日は、13:00から神楽坂の出版クラブで「国際子ども図書館を考える全国連絡会」の運営委員会。
 その後、18:30から、飯田橋で行われる俳句の会「北句会」へ。
 出版クラブでの運営委員会が終わったら一度帰宅して、ひと仕事。夕刻に再度、飯田橋へ。といってもその間、せいぜい二時間くらいですが。
 
 24日土曜日は、13:30から児文協総会(於 神楽坂・出版クラブにて)
 夜はそのまま、出版クラブでの授賞式及び懇親パーティに出席。

 25日日曜日は、竹橋の日本教育会館で、総会附設研究会「児童文学はどこへ向かうのか」
 準備のため12:15までに日本教育会館へ。

 と、今週は日曜日まで、連日フル稼働です。
 体力を温存して、この間の折々の出来事を、可能な限りblogにUPできれば・・・と。
 それより、疲れと肩こりからの頭痛にならないような対策が、先決かもしれません。
 
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ローズガーデン

2008年05月19日 | Weblog
 今日は秩父の母のところへいって、その足で従姉妹の車で従姉妹の家にお邪魔してきました。
 彼女の家はもうかれこれ15年以上も、ご主人と老後の楽しみにとご自宅のお庭の250坪あまりをイングリッシュガーデンにしています。
 個人のご自宅でありながら、その見事さからいつしか秩父では有名になってしまいました。今日も私がお邪魔しているあいだに、何組もの方が「拝見させてください」と見学に訪れていました。
 バラの見頃は来週あたりだそうです。この時期になると1000人以上の人たちがバラを見学に訪れるそうです。
 今日は残念ながら、まだ二分咲きでした。
 ローズガーデンといってもバラだけのお庭は、すごくつまらない空間になるので下草を植え、みどりのグラデーションにするです。そんなとき活躍してくれるのがカモミール。お庭がやわらかな雰囲気になるそうです。

 

 近頃では、そんな他の花々と共存できるバラが人気のようです。
 いわゆるお花屋さんで売っているような、つんと上を向いてひとり、咲き誇っているようなバラはどうしても浮いてしまい、他の花たちとの風景に溶けこめないのだそうです。そこで他の花たちと協調でき、バランスのとれ、しなやかに語りかけてくるようなオールドローズと呼ばれる4000年~5000年くらい前のバラが人気だそうです。
「小さなバラだったり、しわくちゃのバラだったりしてるのに、女の人たちは、かわい~いって」
 いまどきは、バラの世界でも他者とうまくやっっていける、いわゆる「空気の読めるバラ」が人気なのだそうです。
 けれど男性の美意識は、そんな時代にあっても、美しく気高い、ひとり咲き誇ったようなバラではなく「薔薇」がお好みとか。
 なんだか人間の世界を界間みているようで、おもわず笑ってしまいました。 
 
 
 また、イングリッシュガーデンをやるなかで一番大事なことは、肥料をあげることだそうです。
「花たちは、必ず愛情に答えてくれる」 
 そんな熱い信条をお持ちの従姉妹夫妻は、秋には、春から夏に美しい花を咲かせて楽しませてくれたお礼にと、バラたちに丁寧に「お礼肥い」をするそうです。
 
 庭に立っていたら、どこかで鴬が鳴いている声がしました。
「鳴き真似をしてみて」
 従姉妹に促され
「ホーホケキョ」
 おもわず鳴き真似をしたら、すかさず、どこから「ホーホケキョ」とお返事が。
「鴬って、鴬色ですごく不細工な鳥なの。あんまり姿を現さないで、いつも緑のどこかで鳴き声だけしてくる。でもこっちも鳴き真似をすると、必ず答えてくれるから、ほんとは寂しがり屋なのかもしれないわね」
 
 自然と思いきり対話して、花々からエネルギーをいただいて、おいしい空気をたくさん吸って。
 いい一日でした。
 ☆『園芸ガイド』でも紹介されていますが、秩父近隣にお住いの方はお気軽にお越しくださいとのことでした。
 秩父市山田1895-1

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(社)日本児童文学者協会・総会附設研究会について

2008年05月18日 | Weblog
 今度の日曜日、5月25日には毎年恒例の協会・附設研究会があります。
 今年のテーマは、「児童文学はどこへ向かうのか」です。
 児童文学はここ数年、かつての「創作児童文学」としての枠組みが大きくゆらいでいます。
 ボーダレスの問題、エンターテイメントの問題、などなど・・・。
 そんな状況の中、出版社自体もどんな本を出したらいいのか、揺れながら進んでいるのが実態のようです。
 一見、元気がいいのがエンターテイメントの文庫のシリーズものです。しかしこれも、はたしていつまで続くのかといった不安はぬぐえません。
 実際、大人のブンガクの世界では、いわゆる「ライトノベル」というカテゴリーに括られるエンターテイメントのブームが、そろそろ去りかけているのでは、という推測の上に立ち、(一部、力のある、乙一、西尾維新などは別ですが)、そういった状況を受け、雑誌などでは「ライトノベルは終わったのか?」などの特集が組まれはじめています。
 はたして、現在のこうした状況はどこへ向かっていくのでしょう。そして創作児童文学はこれからどうなっていくのでしょうか。
 はたまた、売れる売れないをふくめた文庫シリーズや、ハードカバー本などの実態はどうなっているのでしょうか。
 そのあたりのお話を、日本児童図書出版協会(児童書の出版社48社が加盟している団体)、事務局長の高木正さんに、ここ数年の出版状況のデーターを交えながらご説明いただきます。
 まさに、5月25日は、現在の出版状況の「旬」な情報がうかがえる、タイムリーな一日になりそうです。
 
 また、評論家であり作家の、ひこ・田中さんと、同じく評論家の広瀬恒子さんには、ここ数年に出版された本を取り上げていただきながら、現在の児童文学の動向分析や、どんな本が読まれているのかなどについて、お話いただきます。

 実はこの企画は、2月ごろから、児文協・那須会長、川北理事代表らとチームを組んで、なんども協議を重ね、練り上げてきた企画です。さらに司会を担当して下さる評論家の河野さんが、現在パネラーの人たちと当日の議論の詳細をツメてくださっております。
 「旬」な出版資料をみなさんにお配りできるよう、ただいま彼が奮闘してくださっております。
 この附設研が私たち書き手にとって、次へすすむための、なにかヒントになれればと念じております。
 たくさんの皆さまのご参加をお待ちしております。

 お問い合わせ先、日本児童文学者協会・事務局
TEL 03(3268)0691  E-メール zb@jibunkyo.or.jp


         記
協会・附設研究会
テーマ・「児童文学は、どこに向かうのか?」
パネラー・高木正氏、ひこ田中氏、広瀬恒子氏・(司会・河野孝之氏)
場所・日本教育会館8F(東西線「竹橋」下車)ネットでお調べください。詳細な地図が出ております。
日時・5月25日(日)13:30~ 入場無料。
定員・80名
参加資格・どなたでも。会員・非会員、関係ありません。

  
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安野光雅へのオマージュ~澤地久枝

2008年05月17日 | Weblog
 今朝は高島屋に用事があってでかけたついでに、安野光雅、絵本「三国志」展を覗いてきました。
 そう、覗く、という感じで8階ホールに足を踏み入れました。
 ところが、入るやいなや、そのすごさに圧倒され・・・。
 中国の絹本と画材を使って大胆かつ繊細に描かれた「三国志」の世界は、壮大かつ繊細で、そのすごさに思わず言葉を失いました。
 安野光雅が、中国にスケッチ旅行を始めたのは78歳のときだそうです。
 それから4年、会場には、なんと93点もの水彩画が展開されています。年間23点もの大作を、78歳がすぎたころから中国に取材旅行にいき、描いたという勘定になります。
  
 安野光雅のすごさに圧倒されながら会場を歩いていくと、会場ちょうど真ん中あたり。そこに大きなパネルに書かれた長い文章がありました。
 足をとめると、それは安野光雅さんへのオマージュとして書かれた、作家の澤地久枝さんの文章でした。
 読みながら背筋がぞくっとしました。鳥肌が立ちました。それほどまでにすごい文章です。
 ぎしぎしと音がするくらい力強く、的確で、それでいてぬめっと艶やかで、私はぞくぞくしながら、そして最後には大きなため息をつきながら、そのオマージュを読んでいました。
「この人は、この文章を書くのに、いったいどれくらいの時間を使ったのかしら」
「こんな文章、いったいどうやったら書けるようになるのかしら」
 そんな有り体なことを、考えながら。
 
 いやはや、すごい人たちです。
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「空也」の最中と、「たちばな」のかりんとう

2008年05月16日 | Weblog
 いまの時代はどこにいても、どんなものでも手に入ります。どんな有名なお店のものでも、地方のどこにいても買える。そんな時代です。
 でもデパートでは絶対に買えない老舗のお菓子というのもあります。
 そうなると余計、希少価値が高く、人びとはこぞって、そのお店に駆けつけることになります。
 もちろんお店ではHPで宣伝することもありません。する必要がないのです。口コミで広がっていきますから。
 銀座の、最中の「空也」と、かりんとうの「たちばな」がそんなお店です。 
 
 しばらく前、かりんとう好きの従姉妹に、「今度、たちばなのかりんとうを買ってくるわね」と約束したまま、まだその約束が果たせていませんでした。
 来週の月曜日、従姉妹と秩父の母のところへいって、その足で彼女のご自宅の庭いっぱいに作られた「バラガーデン」を見せていただくことになっています。

「たちばな」といっても、デパートに入っている和菓子の「たちばな」ではありません。
 かりんとうだけを売っている、一見、しもた屋のような作りのお店です。
 もちろんデパートには入っていないので、そこに行かなければ買えないお店です。
 
 ついでにと私は、きのう木曜日の朝「空也」に電話して、最中の注文をしました。けれど来週の月曜日までは予約でいっぱいで買えないというのです。ですからまたの機会にと諦めました。
 この最中も、銀座の「空也」にいかないと買えません。おまけに「たちばな」は予約制ではありませんが、この「空也」は予約制なのです。
「空也」も同じく、一見目立たない、しもた屋のような作りで、こうして予約を受け付けた分だけの最中を販売しているお店です。

 だいぶ前に読んだ、沢村貞子さんのエッセイ本に、「空也」のことを書いていらっしゃる記述があったことを記憶しています。
 沢村さんが銀座に買い物にいって、「空也」の前を通りかかり、ふと「空也」の最中が食べたくなった。予約しなければここの最中は食べられないと知ってはいたものの、いっしゅん自分は、それなりに知られた人間であるし、おまけにお店の顔利き。それに加えてこの高齢。2個か3個なら売ってくれるかもしれない。そう思い、おもいきって「空也」の引き戸を開けた。
 しかし、もう予約でいっぱいです、と断られてしまう。そんな自分のすがたに、「ああ、昔だったらちゃんとルールを守ったのに、この年になると、なんて厚かましくなるのだろう」と、たしかそんな記述だったと思います。
「空也」の前を通るたび、私は、今は亡き沢村貞子さんの、まるで腕の立つエッセイストが書いたような無駄のない、いさぎいい文章で綴られた珠玉のエッセイを思いうかべます。

 そんなわけで今日は、日傘をさして新橋近くまで出向いてきました。
 二軒とも、知る人ぞ知る、昔ながらの銀座の老舗中の老舗です。
 話の種に一度、足を運んでみるのも、おもしろいかもしれません。

 
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みどりの小道

2008年05月15日 | Weblog
 仕事が一段落ついたので、歩いてきました。
 やはり一日いちどは歩かないと調子がでません。
 
 きのうとはうってかわって、まぶしいほどのお天気。
 日傘を持ってこなかったことを後悔しながら、木陰をもとめて歩いていました。
 ふと横道にそれると、そこはみどりの小道。
 圧倒されるような木立のみどりが、風に、波のようにうねっています。
 
 「♪みどりの小道は、いい日だね・・・」
 ふと、子どものころ歌った歌が、口をついて出ました。
 たわわなみどりの海を求めて、子どものころ、姉とよく近所の山に登ったものです。
 この歌を歌いながら。
 冷たい冬の山をのぼるときは、「麦踏み」を歌いながら。
 折々にそんな昔の風景が脳裏をかすめます。
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雨上がり

2008年05月14日 | Weblog
 やっと雨があがりました。
 この間にと、公園に自転車を走らせ・・・。
 
 我が家の朝食は、もう何年も同じメニューです。
 健康のために。なにしろ友人たちの間で、有名な健康オタクですから。
 
 まずは、ごしごし洗った人参を3本と林檎1個と皮をむいたレモンをジューサーにかけ「人参ジュース」を作ります。それをマグカップ一杯と、トマトジュースを一杯。
 それからブロッコリーとトマトのサラダ。バナナ、グレープフルーツ、林檎、ゆで卵。
 これだけです。
 土日は、きのこのスープか、かぼちゃのスープ、バナナ、グレープフルーツ、林檎、パンとチーズ、トマトジュースです。
 ストイックに、来る日も来る日もこんな食事をしているというのに、痩せません。
 かわりに、食材の買い出しが大変です。

 自転車を走らせていると、雨上がりの公園は、生き物たちも、ほっとした表情をしています。
 競い合って岩に這い上がり、甲羅干しをしている亀たち。
 カモの赤ちゃんたちは、餌探しにでかけたお母さんを待ちながら、首をのばしたり、あたりをきょろきょろ見回しながら、体をよせあっています。
 
 雨上がりは、自転車をこぐ足も軽やかです。 

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歌人・尾崎左永子さん

2008年05月13日 | Weblog
 夫の大学時代のゼミの教授がお亡くなりになり、今夜はお通夜だそうです。
 ですから今朝は、喪服を持って会社へ出かけていきました。
 その教授の奥さまは、有名な歌人の尾崎左永子さんです。
 尾崎左永子さんといえば、『源氏の恋文』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞され、いまや『家庭画報』やNHKテレビなどで、しっとりと美しく、品のいいおすがたを見せて下さっている方です。
 
 その尾崎さん、もう数年前になりますが、新聞にご自分の経歴を書いていらしたことがあります。それによると一度目の結婚はうまくいかず離婚され、尾崎教授とは再婚だったそうです。
 夫の話によると、大学時代に尾崎先生のお宅にお邪魔すると、リビングのすみに小さな机があって、そこが奥さまの執筆場所だったようだと話していたことがあります。
「いまの尾崎左永子さんを想像できるものは、まだ影も形もなく、先生の机の五分の一くらいの小さな机に、奥さまはいつも向かわれていた」と。
 
 それから数十年後。尾崎左永子さんは、いまや日本を代表する歌人のおひとりです。そんなことを考えていると、すごく不思議な気持ちがしてきます。
 ともあれ今夜はしみじみと、尾崎巌さんのご冥福と尾崎左永子さんの更なるご活躍をお祈りしたいと思います。

 雨もやんで、ご自宅のある鎌倉でのお通夜には、きっとたくさんのゼミ生たちが集合していることでしょう。夫のご帰還も今夜は遅いに違いありません。
 
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芸術都市パリの100年展

2008年05月12日 | Weblog
 都美術館では、いま「日仏交流100年記念  ルノワール、セザンヌ、ユトリロの生きた街1830ー1930」が開催されています。
 この展覧会には、パリをテーマとした近代フランス約100年のすぐれた油彩画、彫刻、素描、版画、風刺画、写真などが展示されています。ですから通常の展覧会とはちょっと違った趣きの、おもしろい企画です。
 
 特に印象に残ったのが、シュザンヌ・ヴァラドン。
 18歳のとき、ユトリロを私生児で産んだ女流画家です。彼女は生涯、ユトリロの父親がだれであるかは明かしませんでした。しかしそれは、1880年代、パリを揺るがした大スキャンダルでした。
 当時彼女はルノワールのモデルをしていました。それから一年後、モーリス・ユトリロが産まれたという事実から類推すると、どうやらユトリロの父親はルノワールであるという俗説が有力のようです。ただし恋多きヴァラドンです。謎はすべて藪の中です。
 
 そんな母ヴァラドンと、息子であるユトリロとの関係を垣間見られる一枚の木炭画が展示されてありました。その絵の前で、私の目は釘付けになりました。
 それは、ヴァラドンが描いた「もの思いのユトリロ」、息子のすがたです。
 そこには28歳のユトリロの、疲れ切った中年男性のような物憂げな表情が描かれています。若さなどカケラもないような、疲れ切った暗い顔した男がアンニュイな表情をうかべているだけの木炭画。
 そんな彼の様子を、画家としての冷徹なまでの眼差しで、ヴァラドンは描写しています。母親であるという感傷などは一切、しりぞけて。

 ヴァラドンの、自我の強さを感じさせる美しい容貌と奔放さ。(彼女が自らを描いた自画像も展示されています)そして絵画に対する才能は、ルノワールをはじめロートレックや、作曲家のサティなど、さまざまな芸術家たちのこころを虜にしたようです。
 そのためヴァラドンは、ユトリロの母であるというあたたかな気持ちを抱くことなく、自分の愛だけに忠実に、そして奔放に生きぬいたのです。
 母親に認められたいと願うユトリロは、わずか17歳の若さでアルコール依存症になり入退院を繰り返すことになります。
 そんな親子のドラマが、今回展示してあった「もの思いのユトリロ」からは垣間見えてきます。
 
 最後に、ヴァラドンの名誉のためにひと言。
 彼女はある意味、ユトリロより才能豊かだと評されています。彼女の作品、「ユッテルの家族」の力強さ、意志的な強さをみると、その評価の片鱗を感じとることができます。
 人物を描かなかったユトリロと、人物だけを描き続けた母ヴァラドン。
 
 絵をみることは、人間のドラマをみること。
 我々物書きの美術鑑賞は、どうしても美術評論家のそれとは評価や視点の基軸が違い、へんな思い入れが過ぎるのかも知れません。
 でもそこがおもしろくて、こうして時間を作ってはせっせと美術館に足を運ぶはめになるのですが。
 
 この「芸術都市パリの100年展」は7月6日まで、上野の東京都美術館で開催されています。

  
 
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CD「パリの思い出」

2008年05月10日 | Weblog
 息子の奥さんで、ピアニストの加藤美帆さんが、私家版CD 「souveni de paris」(パリの思い出)をプレゼントしてくれました。
 彼女は4歳からピアノを初め、音大の附属小、中、高を経て音大を卒業し、結婚後、パリの音楽院でさらにピアノを勉強しました。そして音楽院在学中、パリ郊外のピアノコンクールで1位を受賞しました。
 
 そういったさまざまな経験を経て、このたびご自分のピアノ演奏をCD化したのです。
 彼女は、ラヴェル、サティ、ドビュッシーなど近代フランスの印象派の作曲家たちがお好きなようです。
 
 休日の午後、お茶を飲みながら、美帆さんの弾くラフマニノフやリスト、ラヴェルなどを聴いていると、とても優雅な気持ちになります。
 彼女の弾くピアノは、やさしさと、テクニックと表現力の豊かさで、聴くひとのこころを癒してくれます。とても心地よくしてくれます。
 
 お聴きになりたい方がいらっしゃいましたら、ご遠慮なくお申し出下さい。
 
  
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