かあちゃん日記

毎日の出来事と一緒に、見たい事・知りたいこと・知ったこと・見たことを書いていきます・

院友達は今…

2011-05-28 21:24:47 | Weblog

丁度チョボラの作業をしている最中にマナーモードの携帯が鳴った。

定期健診に金大へ来た院友からです。

丁度半年前には入院中だった私を診察が終わった彼女が、お弁当を買って見舞ってくれて、一緒に食べていたら先生に見つかっちゃった経験があります。

私がチョボラ中だったので会えなかったけれど、お互い術後5年です。彼女の壮絶な戦いを知っているだけに、

『どうだったの結果?』

『うん卒業できた。』

『よかったねぇ』と心から言えた、

彼女も含めてお互いつらい時間を共有するといわば“戦友”みたいな心境です。

特に彼女とは、重篤な時期にでも『個室は寂しいから嫌だ』といって最期少しだけ個室に移って亡くなった”Y”さんのお宅へ、お互い退院後にお参りに伺った事があります。

そのほかの何人もの院友は、言わば行きずりにすぎないかもしれないが、一人一人どうしてるかなぁと思い出しています。

とても気になっている何人かはいらっしゃるのだが、「ご飯に行こう」と言いながらお互いの予定がすれ違いだったり、今私が動けないから待っていてもらったりで会えないままいる。

度重なる検査にも音を上げずに頑張った彼女はまた入院していたけれど『与えられた命にまだまだ頑張って行こうと思ってます。』なんてメールをもらってとても気になっている。

こんなときはどう声かけていいかわからなくて、変に”遊びに行こう”でもないし、食事制限が有れば”ランチしよう”でもないし、どうしようか迷っている。

大きな手術をした院友は『あちこちの傷が痛くてリハビリも辛い』という。

痛みなんて本人しか解らない。
先生に痛みを訴えても“時間が解決する”くらいしか言ってはもらえないし、あまり言おうものなら”叱られるし”と悩んでいる。

そんな時には仕方がないから”ウンウン。こんな痛みは長く付き合って行かなくっちゃ仕方がないかもしれないね。”なんて慰めにもならないことしか言えない。

最近の医療は≪痛みを我慢しないで≫とよく言われて、私も術後もそんなにつらい思いはしなかったが、でも≪心因性≫の痛みはある事も自分自身でよくわかっているだけに、どうにか院友たちの気持ちだけでもの支えにはなれないものかといつも考えているのだが…

コメント (2)
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