男はつらいよ 27作 浪花の恋の寅次郎
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佐藤利明著『みんなの寅さん from 1969』p21
【レコード「愛の水中花」が大ヒットしていた、松竹を代表する女優・松坂慶子さんがマドンナをつとめました。広島県は大崎下島で、日傘を差した美しい女性と出会った寅さん、ひととき会話をします。その雰囲気から、彼女の仕事を工場勤めか、郵便局員かと思い込んだ寅さんでしたが、実は、大阪は北の新地の美しい芸者さんだったのです。この後、船着場での別れ際、寅さんはおふみさんに「じゃぁな、幸せにやれよ」と声をかけます。浪花の恋は、この瞬間に始まったのかもしれません。(2015年9月26日)】
『同』p 392
【さて、寅さんは大阪に来て一週間、肝心の商売はパッとしません。生駒山のふもとの石切剱箭神社で「水中花」のバイをしているところに現れたのが、寅さんが岡山県の大崎下島で出会った美しい女性でした。寅さんは彼女が大阪で働いていると聞いて、郵便局員かと思い込んでいましたが、実は北の新地で芸者をしている浜田ふみ(松坂慶子)です。
ふみは、よほど寅さんに会いたかったと見えて、顔を輝かせ、心の底から喜んでいます。それは寅さんとて同じこと。大崎下島でおばあちゃんのお墓に手を合わせている、清々しいふみと、ことばを交わし、船着場でまだ見送ってもらっただけの関係ですが、そのときのことがお互いのこころに、深く残って、もしかしたら……と思って寅さんは大阪に逗留していたのかもしれません。
(略)一見して、華やかな芸者の世界に生きるふみですが、子供の頃から苦労を重ね、生き別れになった弟との再会を夢見ています。
寅さんとの出会いで、行動を起こすことになるのですが、弟の死という悲しい現実に直面します。幼くして分かれた弟は、大阪でまじめに頑張っていましたが、つい最近に亡くなったことを聞かされます。その弟には結婚を約束した女性もいたことがわかり、その無念さが、ふみにも、寅さんにも、観客にも悲しみとして広がっていきます。
ふみは「でもあの子可哀想やねえ、恋人に死なれて、これからどうないするんやろう」と、弟の彼女の心配をします。寅さんは優しく、「今は悲しいだろうけれど、ね、月日が経ちゃあ、どんどん忘れていくもんなんだよ」と話しかけてくれます
悲しみにくれるふみに優しく寄り添い「忘れるってのは、本当にいいことだなぁ」と寅さんのことばは、実に深いです。大阪の夜にひっそりと咲いた、寅さんとふみの恋。シリーズのなかでも忘れがたい、しっとりとしたおとなの物語が展開されてゆくのです。】