<朝日新聞>「慰安婦」「吉田調書」…社長、誤報認め謝罪
ようやく朝日新聞が会見を開き、誤報を謝罪したもようです。
しかし、あくまでも今回は福島原発の「吉田調書」についての誤報会見で、慰安婦の「吉田証言」についてはオマケで謝罪しただけのようでした。確かに朝日にしてみれば、本日「吉田調書」が正式に公開されてしまうので、そのタイミングで今日絶対謝罪せざるを得なかったわけですが、4ヶ月前のコレと32年前のソレでは、波紋の広がり具合というか、事の重大性や迷惑をかけた規模から言えば完全に謝罪すべき順序が逆だと思います。12日の新聞で、ののちゃんの母が「木を森に隠しおった!」と言うオチがありましたが、まさにそんな印象ですね(笑)両方とも吉田氏がらみと言うことで、そういう意味では、今日は朝日にしてみれば、朝日のツインタワー(2大虚報)にシルバーブレッド(W吉田)が突っ込んだ、新たな9.11になってしまったと言えるでしょう。まあ、実態はW吉田に自爆攻撃をしたテロ朝日という構図ですが。
まず、原発の「吉田調書」についてですが、とりあえず公開された部分を読む限り、大筋として「現場は大混乱だった」「本店や政府の指示に翻弄された」というような内容だったと思います。特徴的なのは「現場が逃げた」と言うような問いに対しては非常に過敏に反応しており、ある意味暴言とも取れるような、かなり強い口調で反論している部分が目立っていたことです。これは吉田氏本人の主観による証言ですので、確かにやや自己弁護寄りと言うか、内容に必ずしも真実ではない部分はあるのかもしれませんし、自身の判断ミスや、他者との証言の食い違いについては、今後検証の必要がある類のものだと思います。しかし、そういった部分も含め、総じてこの調書からにじみ出る吉田氏の印象は「事件は現場で起きているんだ!」という、自分の仕事に対する情熱と責任感をもった青島タイプの中間管理職であると読み取れました。青島だったら、部下が自分ら判断して2Fに退避した行為を命令違反だとは言わないでしょう。本当に、コレをどう読んだら朝日のように「部下が命令違反で撤退した」と告げ口する証言をしたという論旨になるのでしょうか。非公開とされた調書を独自入手した結果、「何かやましい記述があるに違いない」と思い込み、特に見当たらなかったから敢えて穿った見方で捏造したと言うことなのでしょうか。よほど性格がひねくれていないと、この文に「命令違反で撤退」なんて見出しはつけられませんよね。彼が「公開しないでくれ」と頼んだのも、おそらく暴言が明るみに出るのを好ましくないと思ったからでしょう。しかし、吉田氏だって人間ですし、理想の聖人君子ではありません。こういう表現も含めてパニック時の人間の本心と言うか、もどかしい中間管理職の心情として非常にリアルであり、むしろ共感できるものです。
ここでよく考えてみると、「退避」を「撤退」としたり、「早くベントしろ」などと騒ぎ立てたのは、政府でなくマスコミだったかもしれません。当時、我々も少ない情報の中でああだこうだ憶測でものをしゃべっていましたが、マスコミは特にそうだったでしょう。今でも事件や災害が起こると、苦しんでいる地元の方や捜査・救助活動を行う人の邪魔をしに、大量の報道陣が駆けつけます。つまり、吉田氏が本当に怒りをぶつけたかったのは、余計な情報をばら撒き作業を困難にさせたマスコミだったのではないでしょうか。そして、心当たりのあった朝日新聞の記者は、コレを読んで「自分らを馬鹿呼ばわりした」と感じ、わざと吉田氏を貶める記事テイストにしてスクープしてやろうと思い立ったと・・・ありえそうで怖いですな。
しかも朝日の最も卑怯なことは、既に吉田氏が故人であり、本人が弁解の余地がない状態になるまで待って報道したことと、門外不出の調書ですから他社には検証の余地がないことを盾に、一方的に言論封殺して抗議しまくっていたことです。会見では「スクープがなければ公開されなかった」と強がっていましたが、公開されれば捏造がバレるので、政府が公開を決めた頃から戦々恐々だった事でしょう。当時していた、他社の批判記事に対する抗議についても今回取り下げたようですけど、他社は正しいことを行っていたのに言いがかりをつけられたことになりますから、これ逆に名誉毀損で訴えられますよね。しっかりと責任を追及し、心を傷つけられた慰謝料を請求されるとよいと思います。
また、既に世に出てしまったこの「吉田証言」の誤報の影響を探ってみると、「韓国のセウォル号並みの職場放棄」として扱われ、日本人の世界的な信頼度を著しく貶めました。そういう意味では、新潮の言う通り我々読者だけでなく1億国民が被害者なのです。乗客を見捨てた卑怯者と一緒にされたわけですからね。なのに今回謝ったのは読者と東電関係者のみ。謝る方向も間違っていますよね。
で、肝心の慰安婦問題の「吉田証言」の方も、実は同じ構図で日本を貶めてきました。しかもこちらは前述のように32年間の長きに渡って続けてきたわけですから、よっぽどタチの悪い問題です。
普通の報道人なら、どんな権威ある人間のコメントでも先入観なく聞いて必ず裏を取り、極力中立的な報道になるよう努めなければいけません。何しろ新聞やテレビというものは非常に受け身なメディアであり、自宅に毎日届いたり、お茶の間にダダ流れになるものですから、報道する側の主観をそのまま受け取りやすいからです。週刊誌や本は多少過激な表現でも自ら取捨選択できますし、ネットも自分の好きな情報を検索できますが、受け身のメディアではそのまま洗脳されてしまう恐れがあるのです。例えばこの辺りは野球の中日ファンが多いですが、1-0で巨人に負けたとすると、「中日、巨人に惜敗」のような見出しが中日新聞には載るわけです。しかし、おそらく東京の読売新聞では「巨人、中日を完封」のようになりませんかね。これは、どちらも同じ事実を伝えていますが、明らかに主観が混じっています。本来であれば、どちらも「巨人が中日に1-0で勝利」という、客観的事実のみの中立な記事を書かないといけませんが、新聞は社の立場によってどうしても主観が混じった記事になるわけです。そして、記者が「こうあってほしい」という願望が強くなりすぎると、「中日惜敗 3回に誤審か?」「巨人完封、中日風前の灯」のように、本来取るに足らない出来事も大事に見えたり、余計な一言を付け足したり、また疑うべき内容でもスルーしたりしてしまい、そのうち誤報の元になってしまうのです。誤報と願望という記事でも触れましたが、「五輪が日本に決まって欲しい」と思っている人は、予定外の抽選になった時でも「おかしいぞ、これはちょっと待とう」となりますが、「落選して欲しい」と思っていると、「日本落選!イスタンブールとマドリードで決選投票」などと嬉々として誤報をフライングしてしまうわけです。そして、その姿勢がいよいよ居丈高になると、「中日、わざと負けて弾みをつける」「戦略的転進」など捏造してでも願望を叶えようという風になってしまうのです。朝日の捏造の歴史を遡ると、1971年の「百人斬りコラム」からもう捏造体質でしたから、おそらく多くの朝日の記者が生まれる前からの筋金入りの体質で、今日までずっと末期的症状であったといえるでしょう。
慰安婦についても、「吉田証言」を報じる際、「この記事はおかしい」と少しでも思えば、まず記事にする前に他の人にも聞いたり現地に行って裏を取ったりするでしょう。そうしなかったということは、その記事が記者にとってよほど都合の良いものだったということです。「吉田証言」は明らかに日本を貶める内容ですから、それが「都合が良い」というのは非常に恐ろしいことですけど、「吉田調書」でも同じ事をしている所を見ると、朝日の社の立場は終始一貫して「日本を貶めること」、または貶めたいと言う願望があったと言えるでしょう。これが社長の言う「思い込み」の正体です。確かに、同じような内容を報じる記事がネットに出揃った時、それぞれの新聞社の見出しのみを比べると、朝日だけ妙に日本に批判的な文面が並ぶことが多いですからね。
百歩譲って最初は本当に分からなかったとしても、もう20年ぐらい前の時点では、既に「吉田証言は虚偽」「挺身隊は慰安婦でない」と判明していたわけですから、どんなに遅くてもそこで訂正・謝罪・賠償を行うべきだったはずです。一応90年代に「真偽がはっきりしない」ことを認め、「それ以来報じていない」という対応をしたと主張していますが、これでは否定もしていません。まるで「馬鹿な国民はそのうち忘れるだろう」という態度で、10年間もしらばっくれていたわけです。その間、国連でも「吉田調書」が取り上げられ、世界中から非難される事態になってしまいました。まあ、「吉田調書」とは違い、8月5・6日の慰安婦検証記事は、自発的に紙面に載せたわけですが、タイミングとしては韓国の慰安婦像の大量生産化と「慰安婦白書」の制定があったからで、流石にこのままではまずいと思ったのかもしれません。
国民も朝日が思うほど馬鹿ではありませんから、おそらくこれまでも疑問や批判の投書などは多くあったと思われます。しかし、声欄に乗るのはほぼ9割が朝日の主張にあった内容ばかりで、早いとその日の1面記事に関連した投書が声欄に載ったりするのに、慰安婦の時は3週間、誰一人としてそのことに触れませんでした。おそらく、全て握りつぶしてきていたのでしょう。それでも今回こらえきれなくなった最終トリガーは池上さんでしたが、一般投書だけでなく、識者についてもそれまでは本当に朝日の主張と相容れない記事は全く載りませんでしたし、これまでも表面化しなかった多くの批判が闇に葬られてきたことと思います。小林よしのり氏などは最たる例で、薬害エイズの追及をしていた時はバンバン載っていましたが、新しい教科書を作る会の活動を始めた辺りから一斉に非難するようになり、また最近は反原発で同調したのか、再びコラムが載るようになりました。自社に同調する意見の時だけしか載せないので、井沢元彦氏、櫻井よしこさん、橋下徹市長といった反朝日まっしぐらの人は、一度でも載ったことがあるのでしょうか。今挙げた1人ぐらいは、ぜひ「第三者検証委員会」のメンバーに入れて欲しいと思います。あと批判された週刊誌や、読売・日経・毎日・産経からももちろんね。
ところで8月5日以降、また井沢さんの本を読み返しているわけですが、「朝日新聞の正義」「朝日新聞の大研究」「反日日本人の正体」などを読んでいると、どうも朝日新聞の捏造・虚報記事はこの2つだけでなく、KY珊瑚事件を筆頭に、南京事件、靖国問題、北朝鮮ミサイル問題、拉致問題、領土問題、教科書記述等、内外を問わず現在日本が抱える問題の全てを漏れなく網羅して日本を貶める宣伝活動をしてきているわけです。しかも、それぞれその後論破されているのにも拘らず、間違いを認め謝罪しないばかりか、論理を摩り替えたり、責任転嫁したり、「これはおかしい」と指摘してきた者を右翼呼ばわりし、言論弾圧したりしてきた歴史の繰り返しであったと言うことが分かってきます。今回の池上氏への対応も、氏や回りが声を上げなければ、そのうち「池上は右翼だ」と言い出し切り捨てていたかもしれません。都合の悪い記事は載せず、日本を貶める記事ばかり取り立てて波紋を広げ、疑問の声を上げても言論封殺。どうしたらここまで腐れるのでしょうかね。東大生が入りたがらない訳が良く分かります。
今回の騒動で安倍首相にも「国益を損ねる新聞社」というお墨付きを頂いたわけですし、今後は企業活動がどんどん厳しくなっていくでしょう。しかし、前も言いましたが、ココまで言っておいても自分はまだ朝日に対して「廃刊せよ」とは思いません。何故なら、朝日の主張は日本の未来に対するアンチテーゼであり、「常に逆張りしたら全てうまくいく」稀な存在だからです(笑)成立前にアレだけ反対していた集団的自衛権の行使容認が決定され、どうなりましたか。中韓が非常に静かになったでしょう?安倍首相をヒトラー呼ばわりし、ネガティブキャンペーンを続けてどうなりましたか。支持率が上がって5割を回復したでしょう?また、かつて民主党が政権を取った時、べた褒めだったのを思い出してください。舛添都知事も温かく迎えていましたがあの有様です。朝日が目くじらを立てて批判する時は、全て日本が良い方向に進んでいる時ですし、逆に何か褒めたら「これはおかしいぞ?」と思えばよいわけですね。「道が二手に分かれていて、正直者か嘘つきの案内人がいる」などという有名な命題がありますが、要は嘘つきであっても「嘘しかつかない」ことをうまく利用して正しい道に進めば良いわけで、旅人にとって一番困るのは「案内人が誰もいない」事態なのです。朝日新聞にはその分不相応な購読数をこそげ落とした後に、これからも変わることなく嘘つき新聞であり続けて欲しいものです。
それにしても、世の中、どんなものにも一応の存在意義はあるものですね。
ようやく朝日新聞が会見を開き、誤報を謝罪したもようです。
しかし、あくまでも今回は福島原発の「吉田調書」についての誤報会見で、慰安婦の「吉田証言」についてはオマケで謝罪しただけのようでした。確かに朝日にしてみれば、本日「吉田調書」が正式に公開されてしまうので、そのタイミングで今日絶対謝罪せざるを得なかったわけですが、4ヶ月前のコレと32年前のソレでは、波紋の広がり具合というか、事の重大性や迷惑をかけた規模から言えば完全に謝罪すべき順序が逆だと思います。12日の新聞で、ののちゃんの母が「木を森に隠しおった!」と言うオチがありましたが、まさにそんな印象ですね(笑)両方とも吉田氏がらみと言うことで、そういう意味では、今日は朝日にしてみれば、朝日のツインタワー(2大虚報)にシルバーブレッド(W吉田)が突っ込んだ、新たな9.11になってしまったと言えるでしょう。まあ、実態はW吉田に自爆攻撃をしたテロ朝日という構図ですが。
まず、原発の「吉田調書」についてですが、とりあえず公開された部分を読む限り、大筋として「現場は大混乱だった」「本店や政府の指示に翻弄された」というような内容だったと思います。特徴的なのは「現場が逃げた」と言うような問いに対しては非常に過敏に反応しており、ある意味暴言とも取れるような、かなり強い口調で反論している部分が目立っていたことです。これは吉田氏本人の主観による証言ですので、確かにやや自己弁護寄りと言うか、内容に必ずしも真実ではない部分はあるのかもしれませんし、自身の判断ミスや、他者との証言の食い違いについては、今後検証の必要がある類のものだと思います。しかし、そういった部分も含め、総じてこの調書からにじみ出る吉田氏の印象は「事件は現場で起きているんだ!」という、自分の仕事に対する情熱と責任感をもった青島タイプの中間管理職であると読み取れました。青島だったら、部下が自分ら判断して2Fに退避した行為を命令違反だとは言わないでしょう。本当に、コレをどう読んだら朝日のように「部下が命令違反で撤退した」と告げ口する証言をしたという論旨になるのでしょうか。非公開とされた調書を独自入手した結果、「何かやましい記述があるに違いない」と思い込み、特に見当たらなかったから敢えて穿った見方で捏造したと言うことなのでしょうか。よほど性格がひねくれていないと、この文に「命令違反で撤退」なんて見出しはつけられませんよね。彼が「公開しないでくれ」と頼んだのも、おそらく暴言が明るみに出るのを好ましくないと思ったからでしょう。しかし、吉田氏だって人間ですし、理想の聖人君子ではありません。こういう表現も含めてパニック時の人間の本心と言うか、もどかしい中間管理職の心情として非常にリアルであり、むしろ共感できるものです。
ここでよく考えてみると、「退避」を「撤退」としたり、「早くベントしろ」などと騒ぎ立てたのは、政府でなくマスコミだったかもしれません。当時、我々も少ない情報の中でああだこうだ憶測でものをしゃべっていましたが、マスコミは特にそうだったでしょう。今でも事件や災害が起こると、苦しんでいる地元の方や捜査・救助活動を行う人の邪魔をしに、大量の報道陣が駆けつけます。つまり、吉田氏が本当に怒りをぶつけたかったのは、余計な情報をばら撒き作業を困難にさせたマスコミだったのではないでしょうか。そして、心当たりのあった朝日新聞の記者は、コレを読んで「自分らを馬鹿呼ばわりした」と感じ、わざと吉田氏を貶める記事テイストにしてスクープしてやろうと思い立ったと・・・ありえそうで怖いですな。
しかも朝日の最も卑怯なことは、既に吉田氏が故人であり、本人が弁解の余地がない状態になるまで待って報道したことと、門外不出の調書ですから他社には検証の余地がないことを盾に、一方的に言論封殺して抗議しまくっていたことです。会見では「スクープがなければ公開されなかった」と強がっていましたが、公開されれば捏造がバレるので、政府が公開を決めた頃から戦々恐々だった事でしょう。当時していた、他社の批判記事に対する抗議についても今回取り下げたようですけど、他社は正しいことを行っていたのに言いがかりをつけられたことになりますから、これ逆に名誉毀損で訴えられますよね。しっかりと責任を追及し、心を傷つけられた慰謝料を請求されるとよいと思います。
また、既に世に出てしまったこの「吉田証言」の誤報の影響を探ってみると、「韓国のセウォル号並みの職場放棄」として扱われ、日本人の世界的な信頼度を著しく貶めました。そういう意味では、新潮の言う通り我々読者だけでなく1億国民が被害者なのです。乗客を見捨てた卑怯者と一緒にされたわけですからね。なのに今回謝ったのは読者と東電関係者のみ。謝る方向も間違っていますよね。
で、肝心の慰安婦問題の「吉田証言」の方も、実は同じ構図で日本を貶めてきました。しかもこちらは前述のように32年間の長きに渡って続けてきたわけですから、よっぽどタチの悪い問題です。
普通の報道人なら、どんな権威ある人間のコメントでも先入観なく聞いて必ず裏を取り、極力中立的な報道になるよう努めなければいけません。何しろ新聞やテレビというものは非常に受け身なメディアであり、自宅に毎日届いたり、お茶の間にダダ流れになるものですから、報道する側の主観をそのまま受け取りやすいからです。週刊誌や本は多少過激な表現でも自ら取捨選択できますし、ネットも自分の好きな情報を検索できますが、受け身のメディアではそのまま洗脳されてしまう恐れがあるのです。例えばこの辺りは野球の中日ファンが多いですが、1-0で巨人に負けたとすると、「中日、巨人に惜敗」のような見出しが中日新聞には載るわけです。しかし、おそらく東京の読売新聞では「巨人、中日を完封」のようになりませんかね。これは、どちらも同じ事実を伝えていますが、明らかに主観が混じっています。本来であれば、どちらも「巨人が中日に1-0で勝利」という、客観的事実のみの中立な記事を書かないといけませんが、新聞は社の立場によってどうしても主観が混じった記事になるわけです。そして、記者が「こうあってほしい」という願望が強くなりすぎると、「中日惜敗 3回に誤審か?」「巨人完封、中日風前の灯」のように、本来取るに足らない出来事も大事に見えたり、余計な一言を付け足したり、また疑うべき内容でもスルーしたりしてしまい、そのうち誤報の元になってしまうのです。誤報と願望という記事でも触れましたが、「五輪が日本に決まって欲しい」と思っている人は、予定外の抽選になった時でも「おかしいぞ、これはちょっと待とう」となりますが、「落選して欲しい」と思っていると、「日本落選!イスタンブールとマドリードで決選投票」などと嬉々として誤報をフライングしてしまうわけです。そして、その姿勢がいよいよ居丈高になると、「中日、わざと負けて弾みをつける」「戦略的転進」など捏造してでも願望を叶えようという風になってしまうのです。朝日の捏造の歴史を遡ると、1971年の「百人斬りコラム」からもう捏造体質でしたから、おそらく多くの朝日の記者が生まれる前からの筋金入りの体質で、今日までずっと末期的症状であったといえるでしょう。
慰安婦についても、「吉田証言」を報じる際、「この記事はおかしい」と少しでも思えば、まず記事にする前に他の人にも聞いたり現地に行って裏を取ったりするでしょう。そうしなかったということは、その記事が記者にとってよほど都合の良いものだったということです。「吉田証言」は明らかに日本を貶める内容ですから、それが「都合が良い」というのは非常に恐ろしいことですけど、「吉田調書」でも同じ事をしている所を見ると、朝日の社の立場は終始一貫して「日本を貶めること」、または貶めたいと言う願望があったと言えるでしょう。これが社長の言う「思い込み」の正体です。確かに、同じような内容を報じる記事がネットに出揃った時、それぞれの新聞社の見出しのみを比べると、朝日だけ妙に日本に批判的な文面が並ぶことが多いですからね。
百歩譲って最初は本当に分からなかったとしても、もう20年ぐらい前の時点では、既に「吉田証言は虚偽」「挺身隊は慰安婦でない」と判明していたわけですから、どんなに遅くてもそこで訂正・謝罪・賠償を行うべきだったはずです。一応90年代に「真偽がはっきりしない」ことを認め、「それ以来報じていない」という対応をしたと主張していますが、これでは否定もしていません。まるで「馬鹿な国民はそのうち忘れるだろう」という態度で、10年間もしらばっくれていたわけです。その間、国連でも「吉田調書」が取り上げられ、世界中から非難される事態になってしまいました。まあ、「吉田調書」とは違い、8月5・6日の慰安婦検証記事は、自発的に紙面に載せたわけですが、タイミングとしては韓国の慰安婦像の大量生産化と「慰安婦白書」の制定があったからで、流石にこのままではまずいと思ったのかもしれません。
国民も朝日が思うほど馬鹿ではありませんから、おそらくこれまでも疑問や批判の投書などは多くあったと思われます。しかし、声欄に乗るのはほぼ9割が朝日の主張にあった内容ばかりで、早いとその日の1面記事に関連した投書が声欄に載ったりするのに、慰安婦の時は3週間、誰一人としてそのことに触れませんでした。おそらく、全て握りつぶしてきていたのでしょう。それでも今回こらえきれなくなった最終トリガーは池上さんでしたが、一般投書だけでなく、識者についてもそれまでは本当に朝日の主張と相容れない記事は全く載りませんでしたし、これまでも表面化しなかった多くの批判が闇に葬られてきたことと思います。小林よしのり氏などは最たる例で、薬害エイズの追及をしていた時はバンバン載っていましたが、新しい教科書を作る会の活動を始めた辺りから一斉に非難するようになり、また最近は反原発で同調したのか、再びコラムが載るようになりました。自社に同調する意見の時だけしか載せないので、井沢元彦氏、櫻井よしこさん、橋下徹市長といった反朝日まっしぐらの人は、一度でも載ったことがあるのでしょうか。今挙げた1人ぐらいは、ぜひ「第三者検証委員会」のメンバーに入れて欲しいと思います。あと批判された週刊誌や、読売・日経・毎日・産経からももちろんね。
ところで8月5日以降、また井沢さんの本を読み返しているわけですが、「朝日新聞の正義」「朝日新聞の大研究」「反日日本人の正体」などを読んでいると、どうも朝日新聞の捏造・虚報記事はこの2つだけでなく、KY珊瑚事件を筆頭に、南京事件、靖国問題、北朝鮮ミサイル問題、拉致問題、領土問題、教科書記述等、内外を問わず現在日本が抱える問題の全てを漏れなく網羅して日本を貶める宣伝活動をしてきているわけです。しかも、それぞれその後論破されているのにも拘らず、間違いを認め謝罪しないばかりか、論理を摩り替えたり、責任転嫁したり、「これはおかしい」と指摘してきた者を右翼呼ばわりし、言論弾圧したりしてきた歴史の繰り返しであったと言うことが分かってきます。今回の池上氏への対応も、氏や回りが声を上げなければ、そのうち「池上は右翼だ」と言い出し切り捨てていたかもしれません。都合の悪い記事は載せず、日本を貶める記事ばかり取り立てて波紋を広げ、疑問の声を上げても言論封殺。どうしたらここまで腐れるのでしょうかね。東大生が入りたがらない訳が良く分かります。
今回の騒動で安倍首相にも「国益を損ねる新聞社」というお墨付きを頂いたわけですし、今後は企業活動がどんどん厳しくなっていくでしょう。しかし、前も言いましたが、ココまで言っておいても自分はまだ朝日に対して「廃刊せよ」とは思いません。何故なら、朝日の主張は日本の未来に対するアンチテーゼであり、「常に逆張りしたら全てうまくいく」稀な存在だからです(笑)成立前にアレだけ反対していた集団的自衛権の行使容認が決定され、どうなりましたか。中韓が非常に静かになったでしょう?安倍首相をヒトラー呼ばわりし、ネガティブキャンペーンを続けてどうなりましたか。支持率が上がって5割を回復したでしょう?また、かつて民主党が政権を取った時、べた褒めだったのを思い出してください。舛添都知事も温かく迎えていましたがあの有様です。朝日が目くじらを立てて批判する時は、全て日本が良い方向に進んでいる時ですし、逆に何か褒めたら「これはおかしいぞ?」と思えばよいわけですね。「道が二手に分かれていて、正直者か嘘つきの案内人がいる」などという有名な命題がありますが、要は嘘つきであっても「嘘しかつかない」ことをうまく利用して正しい道に進めば良いわけで、旅人にとって一番困るのは「案内人が誰もいない」事態なのです。朝日新聞にはその分不相応な購読数をこそげ落とした後に、これからも変わることなく嘘つき新聞であり続けて欲しいものです。
それにしても、世の中、どんなものにも一応の存在意義はあるものですね。