katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

今日もお教室

2021-03-07 08:29:51 | モザイク教室

今日もお教室あり。そうね、今日もやはり文字のみで、何がどう上手くなって行くか・・・って話を広げて見る。まっ普通、画像が無くては何をどう説明するつもり?って具合になると思うのね。でもちゃんと伝わるのね・・・想像力でね。

例えば昨日の、後はバック・・・って言葉を初心者が使ったのと、上級者が使ったのと比べると雰囲気が伝わると思うのね。まず初心者が、メインは終わったから後はバック・・・この文章で読み取ると、1つは、これから油断しますって感じ

に聞こえるのね。例えばメインディッシュを食べちゃったら、後はアイスやドリンク・・・って聞こえれば、残りのモノ的な感じもする。つまりメインと比較したら、見劣りする感覚があるようにも聞こえるのね。

つまりそれが油断に繋がるって事になる。逆にお腹一杯な感じの人なら、やっとここまで来たぁ・・・もう入らないぃぃ。でも後は流し込めるものだぁ・・・って感じなら、もうちょっと・・・と奮い立たせるようにも聞こえるのね。

だから実際にどんな表現の仕方だったか?を見ないと判らないけれど、同じ文章でも全く反対な様子が想像出来るのね。つまり実際にその場にいたら、どっち寄りの表現か?で、指導が変わって来るのね。更に逆に上級者の場合、もう既に言葉の中に

うえ・・・なんて言葉が付いているように、一般の人よりも上な人なのね。つまりさっきの表現に上って字を付ければ良いだけで、よりそうなるって事なのね。ただそれは単純な話で、実際はもっと凄い差になるものなのね。

例えば子供にすると、初心者で子供・・・もはや出来ただけで凄いじゃん・・・の評価になる。所が子供でも小学生が中学生や高校生に変わると、子供扱いでは無くなるのね。だから食べ放題の料金が変わって来るみたいなね。

つまり大学生を幼稚園の料金と同じ子供扱いには出来ないように、同じ子供のくくりであっても、人の評価では同じ評価には扱われない事になる。無意識にね。だから、年齢が低ければ低い程、上手に出来たね・・・の評価でくくるから、

結果として差が出にくいのね。所が中学生くらいから、結果がある程度問われて来るもので、もしただ小学生と比較した時、全力で力の差を見せつけたら、大人げない・・・なんて言われそうだし、ニュアンスとして、小さい子頑張れ的に、

弱いものの応援なんて事もあったりする。所がそれを40歳と50歳だとしたら?老人相手じゃ無い限り、どっちだって良いじゃん・・・みたいに応援に差は無くなって来る。こうした無意識の比較みたいな感覚が人にはあって、でもこうして説明

すると、そう感じる事って多々あったりするのね。その無意識な事を意識出来ると、実は自分の心の中では意識があるのに、自分自身が気が付いていないだけの事なのね。だからそれを意識しない人が、気が付かなかった・・・って連呼するようになると、そんな事が心持ち的な話になるのね。

こんな事を踏まえて考えれば、今の例の、後はバック・・・って言葉の持つ意味が、初心者が使った場合と上級者が使った場合とでは大きな差があり、初心者なら許される事もあるだろうけど、上級者の場合、より高みを目指すなら、その

心持ちが直せる事が高みへの1歩になるのね。そこが直らないと、ただ腕の人になる。技術だけの人になる。ただね、そう言う心持ちやら意識なんて事がスムーズに出来るようになるって事は、作り手としては上手くなる秘訣なんだけれど、

良い事と悪い事は背中合わせで、常に意識をするのは、より繊細って事に繋がるんだけれど、逆に何でも敏感になるから痛みを覚えちゃうもので・・・無意識なら肉を食べられるけど、意識をし過ぎれば、牛や豚を食べている事になる。

聞いた話だけれど、養豚場的な所では名前を付ける事を禁止していて、そんな事をすると出荷の時のダメージが大きくなる事を防ぐ為でもあるらしいのね。つまりつい無意識にペットのような事をすると、殺す前提なのだから・・・。

だから逆に付けない意識を持たないといけない事になる。実は進撃の巨人も鬼滅の刃も話の内容は一緒で、主人公が相手と戦う姿勢って言うのは、その心持ちでもそれでも戦う・・・であって、むやみやたらにでは無いから主役なのね。

つまり上になるって事は、自分だけの上達なら、自分だけの会得で良いが、上手くなるって事は、比較対象物があっての事だから、戦場では無いスポーツの場合、戦っている時は敵ではあっても、競う相手あっての事なので、終わると敬意。

ただサッカーのように手は使わないと言いつつ、勝つ為には手も使うし、ペナルティと引き換えに足も削るし、理解し難いものもある。逆に紳士なスポーツとされるラグビーとなると、ノーサイドと言う敵味方無く称えるって精神は、心持ち

って話に繋がるし、だからこそ結果が偶然では無く必然になってしまうのは当然の事で、弱いモノが勝つなんて言うのは、卑怯な手を使わないと結果を変えるって言うのは中々難しいもので・・・。だからラグビーにまぐれは無いって話。

まともにやって偶然など、そう起きるはずも無く・・・。その中で武道って言う道なんて付く日本のモノは、柔道、剣道、茶道、華道・・・何でも良いが、全てが技術だけでなく、その心を持ち・・・なんて教えでスタートするのね。

そこがスポーツでは無い所なのね。勝てば良いんじゃ無いってね。その心が無いと、強くても上手くてもそこまで止まりになる。本当に凄いとか上手いとか言われる人は、そんな心も持っているもので・・・とは言え、眼に見えないモノの指導って言うのは、教える側も教わる側も同じ気持ちじゃ無いと、伝わりづらいモノで・・・。中々難しいし、こっちも、

まだ作家として一流として認められているとは思えない立ち位置。つまり勉強中であるから、そうだ・・・って言う教え方は出来ないが、最高は教えられなくても、最低限の引き上げは教えられているとは思うのね・・・。

ただいずれにせよ、向上って言うのを進級とか昇進のような試験での判断基準では無く、えっ・・・って言わせられる作品で、上手くなった・・・と思わせる事が出来たのなら、そんな事が上手くなった自信にも繋がるかもね・・・。

だからある程度の腕になったら、心持ちなんて目に見えない事を鍛えると、それこそが実は想像力なんて力に繋がって行くものだったりするのね。


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