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「福沢諭吉」を学ぶ

2010年10月30日 | Weblog
NHK大河ドラマ「龍馬伝」で幕末を疾風の如く駆けてきた坂本龍馬の、生き方を見てきました。ドラマも終わりに近づいています。今月末には、龍馬を狙った「近江屋事件」のシーンがあります


 時代を変えた人たち。坂本龍馬は、薩長同盟、船中八策、大政奉還などに行動力で、幕末を動いていきました。そんな中、同じ、幕末に活躍をした人がいます。中津藩の「福沢諭吉」です。1万円札の顔になっていますが、龍馬の動きとは違って、学問を通して、世の中を変えていこうとしました。



 先日、学校では、大分県先哲資料館の村上先生をお呼びして、先哲学習会を開催しました。


 生徒に授業の時に、「福沢諭吉って何をした人?」「福沢旧邸にいったことがある人?」と言っても、「先生、よくわからん。」と言う声。名前は知っていても、どんなことをした人、中津とどういう関係があるのかということを知っている生徒は、ほとんどいませんでした。そんな中で、村上先生は、生徒にもわかりやすく福沢諭吉について、中津と絡めながら話をしてくれました。



 身分制度に反発して、1歳から19歳まで過ごした中津を離れます。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言う言葉は、有名です。この言葉も生徒たちは、聞いたことがあるでしょう。しかし、史料をみると、『「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」といいますが・・・そのためには、学問を身につけなければならない。』有名な人間平等宣言はそういう意味だそうです。村上先生がていねいに説明をしてくれました。


 坂本龍馬より一つ年上ということ。龍馬の華々しい生き方とは違って、地味な面が多いのですが、新しい世の中のしくみを創っていった先哲です。



 昨日、生徒たちの朝読書の様子を見に行ったときに、2年生の生徒が「福翁自伝」を読んでいた生徒がいました。すごい。ちょっとしたきっかけでふるさとの先人たちのことにも興味をもてるというのは、うれしいですね。



 講話が終わって先生に、福沢諭吉と坂本龍馬の接点を聞いてみました。「ほとんどないのですが、三菱とのつながりはあります。」と説明をしてくれました。福沢諭吉の弟子が、三菱の番頭であったそうです。だから、岩崎弥太郎と諭吉とのつながりは、あったと想像されると興味がわくように話をしてくれました。


 先日、JRに乗ったときに、JRの雑誌「プリーズ」を見ました。その中に、福沢諭吉特集がありました。「明治27年、諭吉は、耶馬溪にも息子2人を連れて観光に来ています。その美しさに感動を覚えている。」という文章を目にしました。


 故郷の先哲にもちょっと、目を向けて見るのも勉強になりますし、楽しいですよね。