

濁流の中にブラックアウト

日曜日は、地区の「美化デー」でした。朝7時から道路を中心に掃除や草刈りをして回りました。朝早かったのですが、暑くなることを考えると、そちらの方が助かりました。
地区を回って見ると、今回の水害で、崩してしまった家があります。小さい頃からあった家です。醬油屋でした。
幼い頃母から一升瓶を持って、醤油を買いに行かされていました。今では考えられないのですが、そういう情緒的な生活が存在していました。文具なども売っていたので、登校途中などにノートなどを買いに行っていました。
ノスタルジーを感じさせるレトロ的な昭和の家です。機械が入り、壊してしまって空き地になっているのを見ると、ちょっともの寂しさを感じました。下の写真が洪水の中のその家です。

美化デーの作業は、意外に早く終わったので、畑に行きました。今回の水害で感じたのは、水は思いがけないところから来るということです。
川の氾濫と言いますが、川と用水路はつながっています。川の水は、一気に用水路にも入ってきます。家の裏は、用水路です。用水路からあふれた泥や砂が混じった水が庭先に大量に入って来ます。表の川、裏の用水路とはさみうちです。
裏の畑は、用水路の水で運ばれてきた木々や流木がたくさん散在していました。休みになってから整理しようと思っていましたが、今日が明日へ明日が明後日に・・・と延びていました。
美化デーの作業が早く終わったので、勢いで・・・畑に行きました。汗だらだらになりながら、流木を一カ所に集めていきました。結構な作業です。何人かの人も同じように、田んぼや畑の整理をしていました。
近所の方が、「木は、燃やしてしまいない。」と言って、火をつけてくれました。集めてきては、燃える火の中に入れていきました。時間はかかったのですが、およそのところなんとか片付けができました。気になっていたので、ほっとしました。
以前から、ある方が、洪水の時の家の写真を撮っているという話を聞いていました。一昨日、いただくことができました。家が水に浸かっている写真を見て改めて衝撃を受けました。今は、静かに流れている川の残虐的な氾濫の凄さを感じました。
7・3そして7.14がフラッシュバックしてきそうです。あの日の余波がまだまだ景色に心の中に残っています。