1995年から96年にかけて文芸誌に発表された短編をまとめたもの。
主人公は長野県佐久市の病院に勤める呼吸器系の内科医。これは実際の作者を投影したものと思う。
どの作品も、自分が触れることになったさまざまな死について、寄り添い、死に行くとその周りの人に心を通わせる話。
作者は何かのエッセイで書いていたと思うけれど、治りにくい肺がんの患者さんを見送り続けるうち、心身が不調になり、療養していたこともあるとか。
医者は死に対して動揺せずに治療に全力を尽くすのが理想だけど、医者とても人間。様々な人間がいるように医療従事者も様々。
こうして寄り添ってくれる医師の理想が、「木肌に触れて」の老医師。山奥の木立に囲まれた温泉に併設された診療所で、あまり長くない患者を引き取り、積極治療をせずに最後までみとる。その人を訪ねて行った「私」は自分が手放した末期がんの患者さんが安らかに過ごしていることを知り、医療を超えた癒しの世界を垣間見る。
どの作品も上品で清潔で、死は自然現象の一つ。どのように死ぬかはどのように生きるかを選ぶことでもある。限りあるそれぞれの命の中で、人の縁を大切にし、周りの人と助け合って生きていく。そう言う静かな決意の感じられる、作品群でもあった。
信州の秋や冬の描写も秀逸。この抒情がこの作者の真骨頂。あーあ、秋の信州、行きたいなあ・・・