厳しかった新京の冬もやがて
春がやってきます
朝、秋だったのに昼から
冬になる大陸性気候でしたから
春の訪れも突然です
春が訪れると地面で凍結していた
あらゆるものが解凍されます
馬や野犬などの糞は新鮮なまま
冷凍されています。
それが春になって、一斉に解凍されるのです
… … …
冷蔵庫の冷凍食品を解凍するのに似ています
例は悪いのですが解凍された汚物の
新鮮な臭いが野原にたちこめるのです
最初、私には何の臭いかわかりませんでした
次に、満洲の春の名物、
黄塵万丈(こうじんばんじょう)です
日本の春霞は黄砂(こうさ)だったとなりましたが
満洲の黄塵万丈はその黄砂の本家です
中途半端なものではありません
春の朝、窓の外を見ると砂嵐で
あたり一面真っ黄色で五里霧中です
登校するのにゴーグルをつけなくては、
目が痛くてとても歩けません。
… … …
添付写真のゴーグルは
最近のスマートなプラスチック製ですが
当時は布製でガラス窓でした
ゴーグルをつけて外を歩くと、
前を行く人が砂嵐の中に
黒くぼんやりとしか見えません。
… … …
家のほうでは、厳重な二重窓の隙間から
微細な粘土のような砂が廊下にうっすらと積もります
それを雑巾がけすると粘土の筋が床に残って始末が悪いのです
… … …
母親はぼやきながら毎日、雑巾がけしていました
… … …
現在の精密なズームレンズ付きカメラをこの砂嵐の直中へ
持ち込めばたちまち、ズームリング、フォーカスリングが
じゃりじゃりして故障するでしょう