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レニン阻害剤の開発と挫折 その2

2018-03-02 10:42:12 | 化学
前回はこのレニン阻害剤の話を書くつもりが、前置きと思い出話みたいになってしまいました。

薬を研究する場合、構造活性相間など使ってはいますが、結局は研究者のセンスによってどんな構造を作っていくかが決まるということを書きましたが、これは基本的には現在もそれほど変わってはいないと思います。

それが根本的に変わり、コンピュータの解析から最適構造を導き出すという手法を使ったものがレニン阻害剤です。

レニンというのは、アンジオテンシンという血管収縮作用をするペプチドを作るための一連の酵素の一つです。このアンジオテンシンができないようにすれば、血管が収縮することがなく、血圧が上がるのを防ぐことができるというメカニズムで降圧剤として実用化されているものがACE阻害剤という降圧剤です。

そのACEの一つ前の酵素であるレニンをブロックすれば、当然同じように降圧作用が出るはずです。こういった時期にこのターゲット酵素であるレニンの立体構造がX線結晶回析によって明らかにされました。

ちょうどこの時期が(30年ほど前ですが)タンパク質の結晶化技術や、それを用いた立体構造の解明技術が多きく進んだ時でした。さらにこのレニンの立体構造は一般に公開され、誰でも使えるような状況となったのです。

私たちも立体モデルを使って、基質結合部位にうまくフィットする構造など考えましたが、あまり参考になりませんでした。私の会社はスーパーコンピュータなど使えませんでしたので、人間が考えるだけでしたが、海外の大手製薬企業はこれに適合する構造をコンピュータによって導き出したのです。

そのため薬剤開発には2,3年かかるところを、1年もたたないうちにレニン阻害剤の新薬候補が続々と現れました。これを見て我々も新薬開発にはコンピュータが必須となってきたか、人間はコンピュータにかなわないのかと感じていました。

ところがその構造を見ると、すべてペプチド類似の構造であり、立体的に非常に合成が難しい光学活性体が多く入っているのです。私はこんな難しい構造が本当に安く作れるのかが疑問でした。

レニン阻害剤は前述のACE阻害剤と似たような作用ですので、同じぐらいの価格にしないと実用化は難しいものです。実際この開発競争は、すべての企業でコストの問題を解決できず、臨床試験前に開発中止となりました。

多分この時代のコンピュータでは、酵素に最もよく結合する構造は出せても、合成がやさしいなどと言う要素は組み込めなかったようです。

この後コンピュータでドラックデザインするという話を聞かなくなりましたので、AIが進歩しても有機合成反応の情報までは加味できないようです。この点で合成が難しいものや不安定なものは無意識に排除しながら考えるという、研究者のセンスのほうが勝っているのかもしれません。