この季節、ストラスブールの樹々の新緑はいつも美しい。その美しさが当たり前となってしまっていたここ数年、自転車で街を走りながら、あるいは路面電車の大きな窓から流れ行く景色を眺めながら、「ああ、今年もまたこの季節が来てくれた。なんてきれいなのだろう。ありがとう」と嬉しく思うことはあっても、それ以上の特別な感懐を抱くことはなかった。
三月半ばからずっと続く自宅待機令による外出制限下、ここ一週間ほど、毎日夕方に一時間余り歩きながら、俯き加減の姿勢と気持ちを視界とともに一気に振り起そうと何度も空を見上げる。すると、街のいたるところに聳える巨樹の風に揺れる新緑が眼に入る。その美しさはいまだかつてないほどに目に染みる。今まで自分は何を見てきたのかと思われるほどに。
ふと、芥川龍之介の『或友へ送る手紙』の一文を思い出した。
自然の美しいのは僕の末期の目に映るからである。
私は自死するつもりはない。だからこそ、これからどれだけ残されているかわからないこの儚い人生を、末期の眼で世界を見ることができる個物として生きたいと思う。