内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「借金というのはきっと、返し切ることが大切なのではなくて、返しつづけることが大切なの……。」― 別役実「赤い鳥の居る風景」より

2025-02-03 00:00:00 | 雑感

 学生時代、友人の一人が大学のサークルの一つである劇団に所属していて、いわば看板役者だった。ほとんどの上演作品で、主役かそれに準ずる重要な役を演じていた。学内の公演は必ず観に行った。よく一緒に酒も飲んだ。いまではまったく音信不通で、どうしているのか知らない。生きてはいると思うけれど。
 彼の演劇論を聴くのは楽しかった。私はそれまでまったく演劇に関心がなかったが、彼のおかげで幾人かの劇作家の作品を知った。別役実の作品が彼のお気に入りだった。
 その一つが「赤い鳥の居る風景」(1967年執筆・初演)。そのラストシーンでの盲の女のセリフを彼は愛していた。それを私に向かって何度も繰り返した。以来、私にとっても忘れることのできない台詞となった。その台詞全文を引こう。

私も、もう行かなければいけないのよ。そろそろお夕食の時間ですもの……。私、きっとつつましいしとやかな女の人に見えてよ。お買物の途中でどこかの奥様にお会いしたら、私、少しわらって、おじぎをするわ。こんばんは、奥様、いやな雨でございますわねえ……。子供たちに会ったら、頭をやさしくなでてあげるわ。そして、ポケットにいつも、ビスケットやあめやらを用意しておいて、配ってあげるの。私、何か、盲でもできる仕事を見つけて働くわ。お食事を半分にへらしても、それでお金を返してゆくわ。私はそう思うのよ。借金というのはきっと、返し切ることが大切なのではなくて、返しつづけることが大切なの……。私は長生きするわ。いつまでも生きつづけるわ。みんながもう死んだかと思ってのぞきにきても、いつまでも息をしているのよ。お前、もう行くわ。死になさい。お前自身は死にきれないまま死んでしまったけれど、私はみとってあげました。さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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