毎年、燃え尽き症候群に陥ってしまう学生が一学年に一人二人いる。それらの学生は概して優秀かつ極めて真面目である。というか、この二つの条件が揃わなければそもそも燃え尽きたりしない。何事にも適当であまり真面目でない人間は、不完全燃焼で燻ることはあっても、燃え尽きたりしない。
今日の正午から一時間あまり、この九月から日本学科修士一年に席を置きつつ、文科省の奨学生として東京の大学に一年間留学している学生とZOOMで話した。先週、本人からなかり落ち込んでいる状態を知らせるメールが届き、ZOOMで話を聴くことをこちらから提案しておいた。
この女子学生は学部一年から三年までつねに抜群の成績で首席を貫いた。その日本語能力は奨学金応募者の面接審査にあたった審査官を驚かせたほどである。確かに、学部三年間で彼女ほどのレベルに達することは稀である。三年生になってからの私と彼女との会話はすべて日本語であった。
今日のZOOM面談もすべて日本語。まず、事情を聴いた。彼女のいまの心理状態はおおよそ把握できた。学年トップの成績なのにいわゆる自己肯定感が低く、自分で自分を追い詰めているところが学部のときからあった。
他者とのコミュニケーションは得意なほうではない。教室ではもう一人の優秀な女子学生といつも並んで座っていた。他の学生と一緒にいるところはほとんど見かけたことがなかった。
今受講している日本語コースは八段階の上からニ番目の上級者コースで、クラスは、日本語レベルがとても高い中国人を中心としたアジア系が多数派で、さらには日本人とのハーフの子までいて、それらの学生と比べれば、さすがに彼女もトップレベルというわけにはいかず、本人の弁では、授業中ちょっとばかにするような眼で見られることもあるという。
まあ、それくらいよくある話で、落ち込むほどのことではないとも思われるのだが、いつも一番だった彼女にはそれだけで耐え難く、自分を責め、落ち込むに十分な理由になる。それで孤立感も深めてしまったようだ。
話を聴いただけで、私に何ができるわけでもない。これまでずっと十分すぎるほど頑張ってきたのだから、これ以上自分に何かを求めるのではなく、おもしろくない授業は手を抜いてもいい。成績など二の次であり、ぎりぎりセーフだっていい。せっかく一年間日本にいるのだから、この貴重な機会をもっと楽しむようにしたらいい。などなど、気休め程度のことしか言えなかった。
現在東京に出向中の日本学科の同僚のところに話を聴いてもらいに行ったらどうかとも示唆した。一月には日本学科の他の同僚二人が短期で東京に滞在するから、そのときに会って話を聴いてもらえるように私の方から話しておくことも約束した。
これからも彼女が燃え尽きないように、遠くからだが、見守っていきたい。
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