内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

今年度日仏合同ゼミ課題図書 ― 村上靖彦『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』(中公新書、2021年)

2024-09-10 23:59:59 | 講義の余白から

 日中、明日から始まるマスター一年生前期必修科目(今年から二年生も選択科目として履修可能となった)の「Histoire des idées 思想史」の授業の準備に没頭していた。
 このブログですでに何度も言及したことだが、この演習は、私が前期担当するもう一つの一年必修の演習「留学準備演習」と組み合わされており、両者共通の目的は来年2月に行われる法政大学哲学科の学生との日仏合同ゼミの準備である。

 まず「思想史」から始める。この演習では、合同ゼミのために私があらかじめ選択した共通課題図書を読む。今回は村上靖彦氏の『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』(中公新書、2021年)を選んだ。明日の演習は、二つの演習の概要説明後、本書のまえがき・目次・あとがきを読み、テーマ・内容・論点・方法についての基礎理解を得ることが目的である。
 この夏の一時帰国中、東京のいくつかの大型書店でケア関連の書棚を見て回ったが、医療や介護の現場に即した実践書からケアとは何かを問う理論書まで、その数の多さにいささか驚かされた。それらの書籍への関心とは別に、村上氏のケア関連の著作にはかねてより関心と敬意を懐いていた。さまざまな対人援助職に携わる方々の現場の声に長年にわたって耳を傾け、その間に積み重ねられた膨大なインタビューに基づいたその立論は、現場での実践的な課題を通じて見えてくる人間にとって根本的な諸問題を、説得的な仕方で、しかも専門の知識を持たない人に理解できるやさしい言葉で、私たちに明らかにしてくれている。
 今回の参加学生の中に、一人現役のフルタイムの看護師がいて、彼は学部時代から最優秀の成績を収めてきているのだが、彼からフランスの医療現場からの声を期待している。残念ながら、まさにフルタイムゆえに、毎回の参加は難しそうだが、彼が出席できる日には発言を期待したい。
 本書は、多くのインタビューが実施された大阪での事例とそれらインタビューの抜粋が基礎資料になっているが、そこで問われている諸問題は、まさに「ケアとは何か」という誰にとっても無縁ではありえない基本的な問いを、具体的な事例・場面を通じてさまざまな角度から問い直し、深めるかたちになっている。だから、それらの現場を直接知らなくても、読者それぞれが身近で知っている事例や経験に照らし合わせて、自分のこととして問題を考えることができるようになっている。それはフランス人学生たちにとっても同様であろう。一方、日本人とは違った反応や意見が彼らから出て来ることもありうるだろう。
 読解作業後、10月末から来年1月にかけて、学生たちはいくつかの日仏合同チームに分かれ、オンライン会議やSNSをツールとして駆使しつつ、2月初旬の発表準備に取り組む。チーム内での意見交換を通じて、本書で問われている諸問題についての理解を深め、そこから自分たちのテーマを引き出し、それについての発表を組み立てていく数カ月間の作業が、ケアについて頭で理解するだけではなく、他人事として済ませることなく、自分たち自身の日常の問題として考える機会になってくれることを切に願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿