7.垂井一里塚
徳川家康が各街道に設置を命じた中山道垂井一里塚です。
日本橋から112里にあたり今現存する2基のうちの1基です。
関ヶ原の戦い豊臣秀吉恩顧でありながら東軍の先方を務めた浅野幸長が陣を敷いた
跡でもある。
明治時代移設されてきた茶屋 日守のお茶所として旅人に利用された。
大イチョウの木、大垣新四国八十八か所札所 弘法太師碑
徳川家康が各街道に設置を命じた中山道垂井一里塚です。
日本橋から112里にあたり今現存する2基のうちの1基です。
関ヶ原の戦い豊臣秀吉恩顧でありながら東軍の先方を務めた浅野幸長が陣を敷いた
跡でもある。
明治時代移設されてきた茶屋 日守のお茶所として旅人に利用された。
大イチョウの木、大垣新四国八十八か所札所 弘法太師碑