6.日本海オロロンラインを北上
留萌から日本海沿いを走るルート231号線を北上します。
日本海オロロンラインと呼ばれている国道です。
国道沿いにはペンギンによく似たオロロン鳥の
巨大像が建てられています。
かっては天売島に多く棲んでいたオロロン鳥(ウミガラスの別名)に因んで名付けられたものですが、
今は数羽しか生息していないようです。

オロロンラインをしばらく走って、にしん街道(道の駅)でトイレ休憩です。
かってこの地方はにしん漁で栄えて地区で、

「ニシン街道」には、国の重要文化財指定を受けている「旧花田家番屋」が遺され有料で公開されています。
道の駅の方にも、

最盛期には500人以上の雇い人がいたといわれる番屋の親方の部屋などが再現され
往時の活気を今に伝えています。

海岸沿いには、
三船遭難慰霊の碑が建てられていました。
太平洋戦争末期日本の緊急疎開船3隻(小笠原丸、第二号新興丸、泰東丸)がソ連軍からの攻撃を受け、
小笠原丸と泰東丸が沈没して1,708名以上が犠牲となった慰霊の碑です

北海道の名付け親
松浦武四郎像
留萌から日本海沿いを走るルート231号線を北上します。
日本海オロロンラインと呼ばれている国道です。
国道沿いにはペンギンによく似たオロロン鳥の
巨大像が建てられています。
かっては天売島に多く棲んでいたオロロン鳥(ウミガラスの別名)に因んで名付けられたものですが、
今は数羽しか生息していないようです。

オロロンラインをしばらく走って、にしん街道(道の駅)でトイレ休憩です。
かってこの地方はにしん漁で栄えて地区で、

「ニシン街道」には、国の重要文化財指定を受けている「旧花田家番屋」が遺され有料で公開されています。
道の駅の方にも、

最盛期には500人以上の雇い人がいたといわれる番屋の親方の部屋などが再現され
往時の活気を今に伝えています。

海岸沿いには、
三船遭難慰霊の碑が建てられていました。
太平洋戦争末期日本の緊急疎開船3隻(小笠原丸、第二号新興丸、泰東丸)がソ連軍からの攻撃を受け、
小笠原丸と泰東丸が沈没して1,708名以上が犠牲となった慰霊の碑です

北海道の名付け親
松浦武四郎像