こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

1月24日 水曜日 テレビのいまさらの陳腐化

2007-01-24 20:56:50 | 雑記帳
【ニュース】番組ねつ造 視聴者からの苦情止まらず 9200件超える

 関西テレビ(大阪市北区)制作のテレビ番組「発掘!あるある大事典2」で、データやコメントがねつ造されていた問題で、同テレビは千草宗一郎社長の減俸などの処分と番組打ち切りを発表したが、視聴者からの抗議や苦情、問い合わせが止まらない。同テレビとキー局のフジテレビ(東京都港区)など系列各社に届いた声はこれまでに計9200件を超え、23日の処分発表後は「処分が甘い」の声も寄せられ始めている。
 NHKと民放が設立した第三者機関、放送倫理・番組向上機構(BPO)にも、視聴者から抗議のメールが寄せられている。「信用できなくなった」などの内容で、24日までに約50件にのぼった。BPOは「(今回の問題に限らず)総務省から厳重注意を受ける番組が最近、複数あった。早急に対応を検討する」としている。

***



テレビがとうに、80年代におわっっている、とはこないだ書いたが、やっとそれが、一般人にも認識として浸透してきているんだろうか。10数年遅れて。

今更言うまでもなく、ネットの世界が一般化して、やっと夢見心地のテレビという催眠に拮抗するメディアが一般化したことで、やっと化けの皮がはがれつつあるのだろう。新聞とてそうで、誰もテレビや新聞などの描く世界が、そのまま事実だとは思わなくなってきたし、情報操作にも気づきやすくなってきた。

しかし、今はまだ、こういうテレビを信じる奥様方々がまだ居るから「裏切られた」という意見や騒ぎも起きようものだが<騒ぎが好きで騒いでいるクレーマーも多いが>、もうすぐ、こういうことでも、誰も騒がなくなる、誰も地上波のテレビを見なくなる、「大」新聞も読まなくなる、そういう時代が来たときが、本格的なテレビ・新聞の死滅、ということか・・。

写真は、「書を捨てよ町へ出よう」の寺山修司先生。
一般人が、テレビも新聞も捨てて、町に出るのは、暴動のようで怖いが、そういう「Mass」のメディアが1つずつ消えていくのは、要は、万人万様の不安定な社会へと繋がっていくことでもある。
それは、90年代からずっと進行しては来ているが、この後はどうなるんだろうか。
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南千住・三ノ輪界隈 (昨夜の続き) : 回向院と解体新書~浄閑寺

2007-01-24 13:46:25 | 写真日和
昨日、載せた「回向院」は、明和8年(1771)蘭学者杉田玄白らが、解剖に立ち合ったという場所。
要は、小塚原で死刑に処せられた後の死体を元に、解剖をしたということ。
これが、「解体新書」の元となる資料としてなったのである。



***

ここから少し歩くと、私の生まれ育った三ノ輪がある。

そこには、「浄閑寺」、通称「投げ込み寺」がある。
ここは、吉原の遊女が、死ぬとここに葬られたことから「投げ込み」という表現になったという。
中には、それらの遊女たちを祭る「吉原総霊塔」がある。



「墨東綺譚」の永井荷風は、度々、この遊女たちを哀れんで、その供養に、この浄閑寺に来ていた。それを記念して、荷風のためのモニュメントもここにある。
ちなみに、荷風のお墓自体は、ここには無い。

小さい頃、よくわがまま・ダダをこねた幼少時の自分に、よく親は「そういうダダこねると、投げ込み寺に、捨てにいくよ!」そういった。
100mも無い先にあるこの寺は、それゆえ、小さい頃は、自分にとってとても怖いお寺であった。

***

浄閑寺の斜め前の下駄屋さん(もう無いが)が、写真家 荒木経惟さん(アラーキー)の実家、そして、その数件先が、私の家だった。

アラーキーのお父さんと、私のおじいちゃん、久良吉(くらきち)さんは、盆栽仲間であったという。
アラーキーのお父さんも写真が好きで、よく写真を撮っていたという。
だから、昭和41年、私が生まれる数ヶ月前に、急死した久良吉おじいちゃんのお葬式は、アラーキーのお父さんに、写真撮影をしてもらったという。

そのことは、昔からよく聞いていたが、その写真自体は見たことが無い。
どこかにあるそうだが、そのありかを、実家に行った際に、再び親に聞いてみようと思う。
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