こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2012年2月14日 火曜日 - 2月11日の写真より 曳舟 -

2012-02-14 07:18:20 | 写真日和
曳舟の路地をくねくね。




公園にたどりつくと、スカイツリーがそそりたつ。




工事の人も昼休みで、若い人がバトミントンをするのを見ながらひなたぼっこ。

























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2012年2月13日 月曜日 - 2月11日の写真より 東向島・曳舟 -

2012-02-13 07:12:12 | 写真日和
土曜日には、ハブ噛み師匠と集まり、写真旅をした。
とてつもない距離と写真枚数のため、じょじょに紹介を・・・。


これは、快晴の朝の光。


にんにくと玉ねぎを和えたパスタを作って食べたものの「ちょ〜っと、横に」と思ったら二度寝してしまう。


お風呂に入ってカラダを温めて、一気に寒い外に出る。




かなりお年のワンちゃん。少し太め。
ゆっくりゆっくり歩くのに付き合う飼い主との散歩。
歩くのがけっこうつらそう。
ワンちゃんのさまには哀愁が漂う存在感がある。
「ゆっくりゆっくりでいいから、あせらず行きましょう」。


冬のバラ。


鮮やかな黄色い花。


電車に飛び乗る。白髭橋のビルが彼方に見える。


1つ乗れば曳舟駅。


駅前。


もんじゃ屋さんのたたずまい。




この駅の横のお店もおおむね閉店。
スカイツリーが有地と同時に、一気に土地評価が上がった、このへんも潰されて匂いも消されていくのだろう。


しばし、曳舟の路地に迷い込む。


今、なんとも言えない夏木マリのポスターに出会ってしまう。
ドラマ「カーネーション」の糸子がこの人に変わるのには、やはり違和感を増幅させる。





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2012年2月11日 土曜日 本日も快晴ナリ - 今週の写真より -

2012-02-11 08:47:23 | 写真日和
3・11から11ヶ月目の朝。

疲労困憊の一週間を終えて、昨夜は倒れるように寝てしまう。
朝の夜明け。


緑茶を煎れて、いっぷくいっぷく。。。




7:30からはドラマ「カーネーション」。
かなりなヴォルテージ・ダウンだが、尾野真千子さんが居る限りは見続けるのだ。

***

今週出会った瞬間瞬間。








ノラクロちゃん。


クロちゃん。


コチャコさん。


かわいい子猫の写真。


昨日はつくばにTXで向かった。






朝のタリーズでのコーヒータイム。


お店に入ると、コーヒーのにおいが充満している空気が好きだ。


帰り道の美しい夕暮れ。
まるで坂本龍一&クリスチャン・フェネスのアルバム「サンドレ」ジャケットみたいな静かなひととき。


一週間の終わりに見る夕暮れ空の幸福。

■坂本龍一&フェネス 「Haru (spring)」■


***

日曜日の12日に、大地震が東京に起きると言っている人が居るそうだ。
元々地震大国だから、どこかで地震が常に起きるのは仕方が無いこと。
とはいえ、あきらめてはいない。
逃げようのないものであれば、1つには備え、もう1つはひょっとするとこの瞬間は二度と会えないかもしれない、と思いながらシャッターを切り続けること。
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2012年2月10日 金曜日 - 2003年2月の写真より -

2012-02-10 07:15:57 | 写真日和
9年前の今ごろ、何をしていたのだろうか?
とも思い、振り返って確認作業。
当時、自分は多摩地区の営業担当。
好きな武蔵野の匂いを残した多摩でクルマを転がしていた。
そんな2003年2月の写真をいくつか選んでみた。


武蔵野の森。


青梅橋。


多摩に住むMZ師がケガをしたというので、ハブ噛み師匠と小平に集合した。
確か指と足をやられたのだと思う。
松葉杖を付いている彼と、イタリアンのお店で夕ご飯を食べた。






展示会を見に、有明ビッグサイトへ。




仕事のヒントを探して。


お台場の風景。




ビッグサイトからは、東京駅に行く直通バスがあるので、それに乗る。


車窓より。佃、月島・・・東京湾岸から川周辺は高層マンションの渦。




東京駅到着。




2月も後半になれば、春の予感がし出す。


武蔵野を転がす中より。
東京という都市は、さまざまな意味で、23区とそれ以外の多摩に、完全分断されている。
今は違うだろうが、多摩地区に大学が密集し、精神病院が密集しているのは無縁では無い。


謎の円盤UFOのポスター。
トーマス・ドルビー「エイリアン・エイト・マイ・ビュイック」のジャケットはこのデザインを元にしている。


ひだまりの民。


まみちゃんは熟睡するとひねりが入る。


OMD。とある休みの日「スーベニア」収録のレコードを聴いていた。


詳細不明だが、誰かとどこかで鉄板焼きでエビを焼いて食べていた。
赤い色と焼き具合が良い。


まみちゃんの寝床の中の1つ=窓辺のカゴにて。
外をぼうっとながめている。


夕暮れにあざやかなうろこ雲が見える。
ファイナル・サンセット。

■OMD 「Souvenir」■
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2012年2月8日 水曜日 - 2月4日の写真より 東向島・浅草 -

2012-02-08 07:21:40 | 写真日和
土曜日にぶらぶらしたときの写真より数枚を・・・・。




スカイツリーにからめた商売は加熱気味。しかし、この大不況にどんぶりに1,634円とは・・・・。
そりゃ何でもてんこもりにすれば・・・・。






浅草ストリップ「ロック座」。














まるで大竹伸朗さんの作品のような看板。大竹さんが見たら狂喜するだろう。









■Simon & Garfunkel 「Wednesday Morning 3 A.M.」1964年■
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2012年2月6日 月曜日 - 写真集 平間至「ミーちゃん」'01 -

2012-02-06 07:13:16 | 写真日和


本を読むのも良いし、情報入手に躍起になるのもよかろう。
ただ、ココロが疲れたならば、やはり写真を眺めたり、音を聴いたり。
自分のココロの気配に耳を傾けてみる。

2012年に生きる我々は、下手なことをしていると、下手なものに引きずり込まれてしまう。
未だかつてこんなにも、無防備で生きることが脳を傷めることに繋がる時代は無いのかもしれない。

そういう自分も気づけば、よくしかめっつらにいつの間にか、なっていて。
深刻なところに行ってしまって、ぬかるみからジャンプ出来ないズルズルの世界。

***

そんなときは、視点を変えるべく大好きなネコの写真集を眺める。
いろんな写真集が出ているし、雑誌「ネコのキモチ」だってある。
それが癒しになる日があればラッキーである。

上の写真は「捨て猫ミーちゃん」という2001年の写真集。
タイトルだけは、個人的には「あざとさ」を感じて好きにはなれない。
出版側のエゴであり、タイトルで売ろうとする意図が明らかである。

そのタイトルさえ除けば好きな写真集。
ネコに罪は無い。

捨て猫、などというが、そもそも多くのネコは捨てられているのが現状なのだから。
あるいは、人はノラネコとも呼ぶ。
どちらも、産まれてしまったからには、みんな必死に生きている。

コチャコちゃんだって、そんなネコ。
どこをたどって来たのかもわからない。
それが迷いながら、実家の庭によれよれで現れた、に始まる。
今まで出会ったネコは、みんなそういうネコしか居ない。

***

ミーちゃんは、ブルーの目が透き通るような色をしていて、美人さんなネコ。
実家の庭にきたない姿で現れたミーちゃんを、親はそんなきたないネコはほうっておけ!と言う中、平間さんの足に絡んで助けを求める。
平間さんはほうっておけずに、そのミーちゃんを抱いて、自分の写真スタジオに持って帰る。
ここから平間さんとミーちゃんの暮らしが始まった。





巻末には、ミーちゃんのポストカードが2枚付いている。


ミーちゃんは幸せだったと思う。
平間さんとの出会いもそうだが、この本が元でたくさんのミーちゃんファンが出来て、ミーちゃんは愛してもらい・反対にみんなは癒やされた。

残念だが、昨年の3月末にミーちゃんは亡くなっていたそうである。
でも、13年の命をまっとうできた。
ミーちゃんの人生は、しあわせだったと思いたい。

■Christopher Cross 「Sailing」■
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2012年2月4日 土曜日 - 2011年12月31日の幻影 -

2012-02-04 09:03:07 | 写真日和


今日のドラマ「カーネーション」では、このドラマ特有の活力ややりとりの面白さが若干戻った。
しかし、どうやら今後は時代が進み三人娘同士のバチバチと天狗に至る道がしばらく続き、糸子さんの存在はやはり中心から外れていくようである。
時代は塗り替えられるものだから、過去偉大で輝いた人も、時代が移り変わるに従い、その存在の偉大さは隅に追いやられていくのだろうが。

最初に、時代を駆け抜けた糸子の物語として始まったはずの軌道。
「今は回遊している過程ですよ」というかもしれないが、今までの流れからのズレには違和感を覚える。

***

ヴォルテージがバリバリ上がっていって、最高の状態で2011年の最後の放送を終えた後に、12月31日にNHKで朝やった「カーネーション」裏舞台の特番を見た旅館・朝陽館の幸福感。
朝から、撮った写真をめくりながら、いとおしくその瞬間を見ていた。


365日。やっぱり朝起きたら、どこにいてもお茶に限る。


外は快晴。雲一つない。


トイレに行くのに廊下に出て、朝陽館の庭を眺める。静かな朝。


部屋にある小さなテレビで「カーネーション」特番を見る。








「画撮」を続ける自分に、MZ師は「やめれえ」と言うが、撮り続ける。


味のある朝陽館の内部。


番組を見てから朝風呂に行く。


勢ぞろい。朝風呂に誰も居ないのがラッキーだった。






ロビーは、すでに元旦を迎える準備がされていた。前夜にはなかった飾り餅。


出発。


朝陽館を出て、大晦日の歩き旅に再び出た。


東京ドームが路地から見える道。幸福なる12月31日の朝。
忘れられない時。
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2012年2月2日 木曜日 20120202 - ドラマ「カーネーション」のまたたきは終わってしまったのか? -

2012-02-02 22:07:20 | 雑記帳
人それぞれ好きになったドラマの見方は違うものだから、あくまでこれは自分個人の感想ではあります。
それを重々承知のうえでも・・・今週のドラマ「カーネーション」には耐え兼ねる部分が多し。

・・・正直かなり落胆。
というか、ひどい落胆。
「ええっ?まさか」という落胆。


尾野真千子さん自身に恋してしまったゆえのこともあるが、それでも、自分の勘違いでなければ・・・
このドラマの基本線であり醍醐味であったのは、糸子の生き様だったのでは無いのか?

自分が行きたい・行くべきと思う道に何が何でも行く、そういう意志の現われが小林薫さん演じる親父さんとのいさかいだったり、家族とのわあわあしたゆれ動きだったり・周囲含めた温かい支援だったり・・・
笑ったり泣いたりしながら、糸子=尾野真千子さんと取り巻く人々が生き生きと輝く姿・活気が、このドラマ「カーネーション」の魅力だったのでは無いのか?

今週月曜日以降、このドラマ自体の中で、焦点はすっかり三人娘に行ってしまい、いきなり糸子は脇に追いやられてしまった。
とても違和感あるのが、糸子をあえて奥に配置して、会話のキャッチボールの中にも入らず、話の展開の目線の中心線から外れたという点。

そこに糸子は居るのに、居ないようなヘンな感じが、画面から伝わってくる。
今までとは明らかなる温度差。
違うドラマを見ているような感覚。

確かに時代は、昭和30年近くの戦後一番安定した時代に移ったものの、いきなり「弛緩」し切った様相は、この「カーネーション」の4ケ月間の魅力をまるで捨ててしまったように見えてしまう。
非常に残念である。
この後、どう展開していくのかは分からないが、みんなを魅了してきた世界が壊れるならば、見るのをやめたい心境も生まれるかもしれない。
今週、実家に寄った際、同じように毎日「カーネーション」を楽しみにしている老齢の親も同じような気持ちだったようである。

老親「なんだか、そのへんにある普通のドラマになっちゃったね。つまらない。」
自分「まったく。。。。」

老親「あんな時代に、立体裁断なんて難しいものを実践したおかあさんは本当にえらいねえ。
しょせん、妖怪みたいなぶさいくな三人娘なんか親のスネかじりなのが、ようく分かる。」
自分「どうやら・・・歳を取ったら、糸子は夏木マリに変わるらしいよ。」
(夏木さんは女優として優れていると思いますが、それとこれは別)

老親「やだね。あの人(尾野さん)だから楽しみだったのに。」
自分「んんんんっ・・・・・(σ′д`。)。」(うなる)

このドラマのDVDのBOXセットをAmazonで予約しようと思っていたが、やめて別々に購入するかなあ・・・
と悩み出している。
「BOXセットゆえの特典もあるだろうからなあ・・・・。」
「恋した人が輝いた瞬間を収めた、愛するドラマだったし・・・・。」
そう思いつつ。

どうせならば・・・10月~1月終わりまでのお話し+中間を省略形にして+最後だけをくっつける。
そういう手術をほどこして、それを6ケ月の構成とすべきだったのではないか?
そんな風に思ってしまう。
原作に忠実であったり・三人娘をあえて描く必要なんかどこにもない。なぜ、現実をなぞらねばならないのか?
本来あったスジから、関係の無いところに力点を分散しはじめたことに、どうも納得が行かない。

とはいいつつも、収録は既に終わっている。
仕方がないので、尾野真千子さんが出る限りは全面肯定で、彼女が出る良い部分だけを見て過ごそうかと思いつつある。
稀有な出来の、思い入れ深いドラマだったゆえ、複雑な気分になってしまったのは事実。


PS:大晦日の日の朝を振り返っていた。
宿泊した本郷の古旅館・朝陽館で、無理矢理、MZ師・ハブ噛み師匠を引きずりこんで見た「カーネーション」の朝の特番。

舞台裏での糸子さん=尾野真千子さんのリラックスした様、笑顔がステキでこちらも笑顔でしあわせだったのを想い出していた。

「おいおい、黙ってこれを見るんだ!」とMZ師に無理矢理、酔っ払いの絡みのように強要した日も近くて遠い日。

幸福は、あっという間に、ささっと足早く逃げ去る。

そのときそのときの幸福を逃がさずに「そのときしか無い」という意識で、「今」を味わわねばならない。
そう意識を新たにする今日。
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2012年2月2日 木曜日 20120202 - 2001年の写真より -

2012-02-02 07:32:33 | 写真日和
2001年に撮り歩いた写真を少し整理。
季節外れだが、7月の写真の一部を。。。。


7月28日 11年前のコチャコ


7月11日 銀座4丁目交差点


7月14日 須田町の交差点
空き地となったところには、建物があった。
その一階に「まろこ」というおそば屋さんがあった。
大学時代、ふらふらと迷いながら、そこに貼り出されていた手書きのアルバイト募集。
それを見て飛び込みで申し込んだ。
毎日毎日、おやじさんにどやされながら、洗い物・かき揚げ用に野菜を刻み、食べ終わったものを片付け・・・
昼前後は火の車だった。。。
夜帰る頃には、立ちっぱなしの腰は痛み、手は包丁でキズだらけ、洗い物をしすぎてふやけた指。
しんどかったが、働いた、という感覚。
元々、そういう本当の労働に憧れて始めた仕事だった。


そんな場所も跡形もなく壊されていた。


7月15日 こちらは相変わらずだらりんちょんのまみちゃん
からだが大きいので、何かによっかかっていないと体勢が保てない。
人間でいうと、夏の扇風機はまみちゃんにとっての座イスみたいなものか。。。


7月15日 須田町
通りのぶつかった場所には既に建物が無い。
古い洋食屋さんの古い建物も含めて、ここにある風景は、この後全て失くなった。


7月15日 名倉病院
ピンボケで失敗。わかりづらいとは思うが、古い良い風情を残した立派な建物だった。
御茶ノ水、神保町から淡路町、須田町、神田への、いつもの散歩途中にあった通り道。
この名倉病院の建物もあっという間に消えた。


7月18日 高速でお台場方面に向かう道


7月19日 まみちゃん、爆睡中
夏暑い時期になると、サッシのアルミが冷たくて気持ちが良い。
そういうことで、よくサッシにへばりついていた。


7月20日 カメの中のスイレン。その中に空が見える。


7月21日 神保町のらーめん屋「伊峡」
室内に写ったポスター「三人姉妹」から緒川たまきさんの顔が覗いている。


7月21日 秋葉原再開発エリア
この後、秋葉原は急速にこの街が元々持っていた輝きを殺されていく。
その秋葉原の歩行者天国に車が突っ込み無差別殺傷事件が起きるのは、ここから7年後。


7月22日 小菅駅
右上に見えるは小菅刑務所。この日は炎天下で、女性が電車を待つ間、物陰で汗を拭き休んで座っていた。


7月22日 小菅駅から見える風景
草野球、川、そして北千住方面が見える。
死者が出た猛暑の中でも、みんな元気に草野球に興じていた。


7月22日 ひまわり
冬というのにひまわりを載せるのはどうか?とも思ったが。
ひまわりは、ゴッホならずとも大好きな花である。
天を目指し、太陽の下で鮮やかな黄色をはなつ「顔」と「彼の性格」には惹かれてやまない。
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2012年2月1日 水曜日 20120201 - ヤズー「Too Pieces」'82 -

2012-02-01 21:01:17 | 音楽帳

極道右翼というか・・・アウシュビッツというか・・・(MZ師が他人に紹介するときには「まあ、カンタンにいうと戸塚ヨットスクールを想像すれば近いですよ」と言っているらしいが)、そんな男子校でボロボロだった日々に、音楽に恋して、夜な夜な救いを求めて身を寄せた音楽。
そのうちの1つがヤズーのデビューLPだった。
そんな個人的思い入れがあるために、ヤズーを取り出すことを今まで避けてきた。

デペッシュ・モードのデビューLP「スピーク&スペル」の後、脱退したヴィンツ・クラークは、ソウルフルな歌を歌うアリソン・モエットとユニットを作る。
それがヤズーだった。

1982年のヤズーのデビューLP「アップステアズ・アット・エリックス」。
そこには宝石のように、安易に触れたらキズ付いてしまうかのような、珠玉の曲がたくさん収められている。
エレクトロニクスにソウルを絡み合わせるという手法も斬新だったが、それだけのことでは無くて、曲自身がワンダフル!だったことが、このアルバムを新鮮で色あせないものにしていた。
エレクトロニクス音楽の黄金時代を代表する1枚。

ココロが痛むときに、ヤズーはじんわりと染み入ってくる。
ボク個人が好きな曲もたくさんあるが、今日は、優しさに満ちた響きを持つ「Too Pieces」を推薦したい。

■Yazoo 「Too Pieces」■


ヤズーは2枚目のアルバム「ユー&ミー・ボス」発表前に、他でヤズーという名のミュージシャンが居ることから、YAZと改名させられた。
輸入盤はYAZ、でも、国内盤はYAZOOでの表記を継続した。
この「ユー&ミー・ボス」は1983年。
たった1年しか違わないというのに、この2枚目には、ボクは凡庸さを覚えた。
ヤズーならではの魅力が、このアルバムにはなかった。
いかに80年代前半の音楽世界の流れが早かったかが分かる。
ヤズーはこの2枚のアルバムを出した後、自然消滅した。

それでも。
当時の多くのイギリスのミュージシャンは、アメリカと違って、リアルな今をごまかしてカネのために生きることはしなかった。
またたく瞬間の輝きを求めて、惜しみなく・その時点その時点に、全てをささげていた。
このデビューLPにおいてのヤズーの輝きは、今でも自分の中で恋しくまたたいている。
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