第8章 法曹法の概要
(3)司法人工知能
見てきたように、共産主義的司法制度は弾劾司法の分野を除けば、裁判所という伝統的な司法制度によらないので、裁判の先例、いわゆる判例の集積が得られない。とはいえ、各分野の司法機関が示す先例の蓄積というものはあって、それらが判例に匹敵する役割を果たす。
しかし、そうした司法先例はもやは紙書籍の判例集のような形態では記録されず、それらは専用の人工知能に記憶される仕組みが導入される。これを「司法人工知能」と呼ぶことができる。
一般的に、人工知能が実用投入される場合、その機能には記憶された膨大なデータを必要に応じて抽出する参照機能、特定の事例について解決法を質問し、妥当な回答を得る諮問機能、さらに特定の案件について判断を下す決定機能を区別することができる。
このうち司法人工知能が持つのは、参照機能と諮問機能だけであって、決定機能を持たせてはならない。すなわち、司法的決定はあくまでも人間たる法曹が独立して行うのであり、決定を人工知能に委任することは許されない。言い換えれば、前回見た「法曹の独立」テーゼは、人工知能からの独立にも及ぶものである。
司法人工知能の参照機能は、言わば判例集に匹敵するような機能であり、人工知能が記憶するあらゆる司法先例を法曹が参照し、利用できるようにする機能である。この参照機能は、一般市民にもアクセス権が認められ、司法先例に関する情報公開の意義も持つことになる。
一方、司法人工知能の諮問機能は、法曹が職務を行うに際して、担当する事案の先例に基づく妥当な解決例を諮問し、人工知能が回答する機能である。司法的解決を求められる事案は過去の同種事案の先例に沿った解決をすることが法的な平等性と安定性に資するため、法曹はまず司法人工知能の諮問機能を利用して、その回答を得ることが望ましい。
従って、このような司法人工知能の諮問機能は現職の法曹にのみアクセス権が認められ、一般市民によるアクセスは原則的に制限される。ただし、前出法学院の学生が学習目的でアクセスする権限は認められてよい。
この諮問機能は、人工知能が人間たる法曹になり代わって判断を下すことを意味しないこと、すなわち人工知能に決定権能はないことを改めて確認しなければならない。
従って、人工知能の回答はあくまでも諮問への答申であって、拘束性はないから、法曹が最終的に判断を下すに当たって、司法人工知能の回答と異なる判断を下すことは何ら問題とならない。
以上のような司法人工知能の機能と運用に関する詳細は、それ自体も法曹法の一環を成す専用の法律によって明確な規定として定められなければならない。
なお、人工知能も民衆会議により民主的に管理され、悪用や自立的暴走から防護される必要があるので、各領域圏の全土民衆会議の下に、公的分野に投入される人工知能を統一的に管理する人工知能管理センターが設置される。司法人工知能も、同センターによって管理される。