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貨幣経済史黒書(連載第37回)

2020-06-14 | 〆貨幣経済史黒書

File36: 豊田商事事件―金地金投資の陥穽

 現物としての金(地金)は、古から人類が珍重してきた希少金属であり、その歴史は貨幣より古い。かつては、貨幣価値自体、中央銀行が発行する金地金との交換を保証された兌換紙幣を通じて金に裏付けされる金本位制が通貨制度の基本だったこともあるが、ニクソンショックを契機に金本位制が廃されて以降、貨幣と金の関係性は分離された。
 それでも、金は株式市況と連動せず、株価下落局面でも強いとされることや、万一貨幣資産を失っても、金の現物自体に高い価値があることなどから、リスク分散資産として今なお人々を惹きつけてやまない。そうした性質から、金はある意味、貨幣以上に物神崇拝的な対象となりやすい資産である。
 しかし、まさにそこに陥穽が潜んでいる。そのことを痛感させられる事例が、1985年に日本で発覚した豊田商事事件であった。時は日本が80年代バブル経済の狂奔期に突入する直前である。
 大きな背景事情として、高度成長期を通じて国民の所得が増大し、特に退職高齢者に余剰資産が生じる中、変動リスクの高い証券投資よりも、金地金投資への関心が高まり、1980年代初頭頃より、金の輸入量が増大していた。そうした中、横行する私設の金先物市場を規制するべく、商品先物取引全般を政府公認市場に限局する法改正がなされた。
 そのような法令上の規制強化を逆手に取る形で現れたのが、件の豊田商事である。この企業のスキームは、いたって単純であった。すなわち、顧客とはまず手順どおりに金地金の売買契約を結んだうえ、現物は顧客に引き渡さず会社が預かり、「純金ファミリー契約証券」なる証券を代金と引き替えに渡すというものである。
 このような契約が正常に履行される限り、顧客は盗難危険のある金地金を自宅等に保管する必要がなくなるというメリットもある。ところが、豊田商事は現物の金など全く保有しておらず、ただ購入代金を徴収して無価値な紙片にすぎない「証券」を渡していただけであった。
 このようなスキームは明らかに組織的な詐欺であるが、不思議なことに、この単純さがかえって信頼感を生み、最終的に破綻するまでのわずか数年間で、全国の数万人から総額2000億円近くを詐取することに成功していた。しかし、破産管財人チームの厳格な回収作業にもかかわらず、回収できた資金は一部で、大半は消失していた。
 そうした巨額の不明金に加え、豊田商事の創業者・永野一男が報道陣の詰めかける中、被害者の元上司を名乗る人物らによって自宅で刺殺されるという異常な幕引きとなったことでも、当時耳目を集めた事件である。被害人員・被害額の大きさにもかかわらず、誰も詐欺罪で立件されなかったことから、政界や裏社会等に黒幕が伏在するとの疑惑もくすぶり続けた事件でもある。
 そうした裏事情の探索はともかくとして、この事件は金の現物投資に潜む陥穽を象徴している。金を頂点として、和牛、ゴルフ会員権その他様々な現物投資を偽装するいわゆる「現物まがい商法」は、豊田商事事件以降、バブル経済が崩壊した後も跡を絶たない。
 複雑な金融商品と異なり、現物投資の単純さと一見した手堅さが詐欺被害を生むのであるが、金をはじめ、高価な現物はそもそも入手し難いゆえに高価であるという経済法則からすれば、高価な現物資産は所有者自身が盗難リスクを負担して自ら保管するか、信頼できる機関に寄託することで、安全性が保たれるものである。その点では、貨幣資産と変わらないと言える。

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