第3部 持続可能的計画経済への移行過程
第6章 経済移行計画
(1)総説
これまで貨幣経済によらない持続可能的な計画経済の詳細を見てきたが、実のところ、最大の難関はそうした計画経済の運営それ自体よりも、貨幣経済を廃して持続可能的計画経済システムに移行する過程にある。
貨幣経済システムは、従来、資本主義か社会主義かを問わず、当然の前提とされてきたため、人類は貨幣経済そのものを廃止するという経験をまだ持ったことがない。そのため、いかに円滑に貨幣経済を廃止するかということは、まさに人類未踏の課題となる。
もっとも、貨幣経済の枠組み内で、一つの経済システムを別の経済システムに変更するということであれば、社会主義革命後の社会主義計画経済化の過程、逆に脱社会主義革命後の市場経済化の過程において、いずれも20世紀に少なからぬ諸国が経験している。
これらのシステム変更はいずれも貨幣経済の枠組み内でのものにすぎないにもかかわらず、その過程では相当な社会経済的混乱と大衆の経済的な困窮をもたらしたことが記憶されている。まして、当然の前提となってきた貨幣経済そのものを廃止するとなれば、どれだけの混乱を生じるかが懸念されても不思議はない。
古代における貨幣制度の創始から起算するなら、おそらく数千年にわたって連綿と続けられてきた経済システムの変革に踏み込むのであるから、これがまさに人類史的な大変革となることはたしかである。
そのため、貨幣経済の廃止を理念的に肯定しても、それへの移行プロセスの困難さを考慮すれば反対せざるを得ないという考えもあり得るところである。実際、社会主義革命後のロシアでも、最も急進的な理論家は貨幣経済の廃止を構想したが、それは革命政権の経済政策とはならず、計画経済システムがひとまず完成した後も貨幣経済は存置されたのである。
そこで、理念にとどまらない現実の経済政策として、貨幣経済を廃止に伴う混乱を可能な限り最小限に抑制しつつ、持続可能的な計画経済システムへ移行するためには、そうした移行過程をそのものを計画化する必要がある。これを「経済移行計画」と呼ぶことにする。言わば、経済移行の工程表である。
この経済移行計画は経済計画そのものではないが、経済移行の年次的なプロセスを明示的に示すことによって、移行過程にありがちな社会経済の混乱を最小限に抑制することを目的とする一種の規範的な綱領である。