各種焼肉を頂く。
一見ではぜぇぇぇったいにわからないと思われる
辺境なロケーションかつ店構え。
ふつうに家って感じ。
肉もお値段もなかなか上質(笑)
本来ならこういう店でこそユッケとか食べたいんだがなぁ。
各種焼肉を頂く。
一見ではぜぇぇぇったいにわからないと思われる
辺境なロケーションかつ店構え。
ふつうに家って感じ。
肉もお値段もなかなか上質(笑)
本来ならこういう店でこそユッケとか食べたいんだがなぁ。
この日は仕事で鹿児島へやってきたのだが、
早く到着しすぎてしまったため(予定通り)
しかたなく(大はしゃぎで)知覧の街並みをみて時間調整することに。
まずは知覧の武家屋敷群。
知覧は3回目だけどいつも機会に恵まれず
今回が初訪問。
江戸時代にトリップしたような路地の左右に
当時の趣きを残す武家屋敷が点在する。
まずはチケットセンターを兼ねた「森重堅邸」
家はいまでも私邸として機能しているようす。
次に「佐多直忠邸」
ここは女主人がいて
「向こうの母ヶ岳を借景としています」
から始まり、
京都円通寺の借景、佐多家の家格、最近の観光客と
30分ほどレクチャーを頂いた。
なかでも今も残る「おとこ玄関・おんな玄関」の話が興味深かった。
こういう方が建物以外の無形文化を引き継いでいくのだなぁ。
さらに向かいの「佐多美舟邸」
直忠邸お隣の「佐多民子邸」
途中には移築のようだが
知覧特有の知覧式二ツ屋なる屋敷も見られ、
これは母屋と離れを連続式にしたものとこと。
さらに路地を進むと
先ほどと同じく母ヶ岳を借景とした
「平山亮一邸」
「平山克己邸」
と続く。
この屋敷群で面白いなと思ったのが、
門をくぐると一様に桝形と呼ばれる石塀で遮られており直進できず、
塀を迂回して奥へ進むことになる。
防犯・プライバシー保護・防災に役立ったのだろう。
当時の薩摩武士の心の在り方が思われて
実に興味深い。
本当に静かで当時の様相が色濃く残されており、
ぜひゆっくり歩いて
本当にゆっくり歩いて
○○どん、○○どん、
と人々が往来している時代に思いをはせてほしい。
そんな街並みでした。
さて、
路地を往復してもまだ時間に余裕ができたので
予定通り近くの知覧城へ足を延ばす。
ここは山城址なので全く観光向きでない。
浸食されたシラス台地をベースに要塞化したとのことで、
天然の空堀を挟んで複数の郭が乱立していたようす。
確かに攻めづらそうではあるが
逆に使い勝手も悪そうである。
知覧武家屋敷でもみられた桝形を迂回して
本丸に向かってぐるりと山道を登る。
本丸はちょこっとした広場になったいるが展望はえられない。
本丸下からは蔵の城への登城道が伸びる。
けど全城郭を制覇するには一日では足りなそうだったので
またの機会に取っておくことにする。
上図の通りものすごく変わった縄張りで
さながら欧州の迷路庭園のよう。
使い勝手もさぞ悪かったんじゃないかなぁ。
この旅の〆はJR最南端の西大山駅と開聞岳。
へっへっへ。
10~18歳までを過ごした名古屋だが
未だ風来坊の手羽先を食べたとこがなく
期待満々でやってきた。
長居するつもりもなかったのでこの日のオーダーは
手羽先2皿とビール。
味塩胡椒のサッパリ味付けが意外でびっくり。
もっとニンニク臭いジャンクな食べ物を想像してた。
山ちゃんの方ががっつりなのかな。
名古屋県民以外は上手に手羽先を食べられないらしいので
今度自慢しよう。
↑手羽先を食べる機会が皆無だけど。
という妙な名前のイベントがありまして
その一環として清水港で無料野外シアターが開かれました。
3夜連続の最終日はET。
(画像はETのあのシーン)
3歳児と二人でいったのですが、
9時近くなるとチビコが眠気を我慢できず
途中で帰宅しました。
5月とはいえ浜風が冷たく、
毛布にくるんで自転車の前カゴにいれたチビコが
映画のETさながらのようで
とても面白かったです。
またやってほしいイベントです。
※潮の満ち引きがあるので砂浜での鑑賞は注意が必要!
突然ですが
あたくし大の「のり弁好き」でございます。
アツアツご飯におかか+海苔+白身魚+磯辺揚げの
足りないものも余分なものも皆無
な組み合わせが大層たまりません。
そんなあたくしがこんなもの見つけてしまったので
それはもう一も二もなく飛び付いたわけでございます。
ビニール袋に入れてくれるのだが、
もう袋から海苔の匂いが上ってくるくる。
いい海苔使ってるなぁ。
開けるとこんな感じ。
いいですね。
何も足せず、何も引けませんね。
美味しいのだが
唯一ボリューム感にかけるなぁ。
次は大盛りにしよっと。