朝、木工へ向かう途中、地蔵通り入り口にある真性寺で大仏の据え付け作業をしていた。京都に補修に出していたのが、晴れて戻ってきたのだそうだ。ここの大仏は三度笠を被っていて、右手に錫杖、左手に宝珠を持っている。こうした持ち物は、やはり取り外されていて、本体が梱包されたような状態だ。大仏としてはそれほど大きなものではなく、どこか親近感を抱かせるようなお姿だ。朝の慌しい時間帯であったこともあり、見物人の姿は少ないのだが、それでも工事関係者を取り巻くように、何人か手を合わせている姿がある。木工からの帰り、寺の前を通りかかると、大仏は台の上に据えられていたが、手はまだ梱包されたままで、傘も被っていなかった。
この大仏は1714年頃に神田鍋町の鋳物師である太田駿河守正儀によって作られたものだという。三度笠姿の大仏というのは珍しいような気もするが、宝珠と錫杖という持物なので地蔵菩薩なのだろう。地蔵は救済のために六道を行くウルトラマンのような仏様なので、旅姿であることに違和感は無い。おそらく、笠は大仏像の保護も意図したものだろう。
三度笠は、時代劇などで渡世人が被っているが、「三度」は江戸時代の三度飛脚に由来する。三度飛脚は月に三度、東海道を往復するのでその名がある。江戸時代の飛脚というのは現在では考えられないような速さで走ったそうなので、雨風のときでも行動の自由が阻害されず、晴天のときには日射から身体を守る、そういう機能性に富んだ被り物として三度笠が使われたのだろう。
大仏というと鎮座している観が強いのだが、地蔵となると機動性も求められるため、錫杖に加えて三度笠を身につけることで、ただの地蔵ではないのだぞ、というようなことを表現しているのかもしれない。テレビドラマや映画の影響なのだが、機動隊とか機動捜査隊、機動部隊など「機動」が付くと、なんとなく精鋭という感じがある。
そう思って改めて眺めると、真性寺はなんとなく消防署とかサンダーバードの基地のような印象が感じられるようになる。正面の重厚な扉が開いて、そこから重機が現れても不思議が無いような気がしてくるのである。あるいは、建物がまるごと倒れて、中からロケット状のものが炎を吐きながら飛び出してきても、驚かないかもしれない。
いや、さすがに驚くだろう。