風の遊子(ゆうし)の楽がきノート

旅人を意味する遊子(ゆうし)のように、気ままに歩き、自己満足の域を出ない水彩画を描いたり、ちょっといい話を綴れたら・・・

楽描き風景水彩画「戦争の愚かさ伝える大日如来像」

2013-08-09 10:31:39 | アート・文化

       
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ことしも間もなく8月15日(終戦記念日)。今回の作品は、第2次世界大戦の名古屋大空襲で被災しながらも生き残り、戦争の愚かさ、悲惨さを今に伝える名古屋中区大須の寺院・七寺(ななつでら)の大日如来像を描いたものです。

三菱重工など軍需産業の集積地だった名古屋は、繰り返し米軍機の襲来を受けました。とりわけ市街地を標的とした大戦末期の相次ぐ空襲は、名古屋の街を焦土と化しました。

七寺の住職の話では、七寺が被災したのは1945年(昭和20年)3月19日の大空襲。東京大空襲の9日後です。

総務省などの記録によれば、午前2時ごろ米軍の
B29爆撃機320機が名古屋上空に来襲。この夜だけで中村区、中区、東区などの約4万戸が焼夷弾などで焼失し、約15万人が被災。竣工して間もない6階建ての名古屋駅も炎上しました。
 
七寺の周辺も焼け野原になり、七寺では七堂伽藍の全てが焼け、旧国宝の本堂や阿弥陀如来座像などが焼失しました。

そんな中で大日如来像は銅版の身体が焼けただれたものの、辛うじて生き残りました。体のあちこちに残る手当ての跡。境内に鎮座して68年の風雪も何とか乗り越えてきたのです。