風の遊子(ゆうし)の楽がきノート

旅人を意味する遊子(ゆうし)のように、気ままに歩き、自己満足の域を出ない水彩画を描いたり、ちょっといい話を綴れたら・・・

楽書き雑記「名古屋駅前でブログ・折々スケッチの塚本紘枝さん指導の『はがき絵 彩青展』が始まりました」

2019-09-30 15:31:12 | アート・文化

         

 

ブログ「折々スケッチ」の塚本紘枝さんが指導する教室・彩青会のメンバーによる「はがき絵 彩青展」が、30日から名古屋駅前のオフィス街にある「「喫茶 サンディア」で始まりました。
10月25日(金)までですが、オフィス街なので土・日・祝日は休みです。

例年、名古屋市民ギャラリーで開いている教室展では4~6号サイズの作品が並びますが、塚本さんが個展を開いた縁のあるこの喫茶店では「はがき絵」だけで店内を飾ることにしたそうです。

水彩などで描いた旅先の風景や静物、ペット・・・。各自数枚の絵を一枚の額に納めて展示しており、ひと息タイムや談笑の合間に目をやるにはいい感じです。

「絵の良し悪しはサイズじゃないな」。市内のデパートで開催中の展覧会で、大きな作品の中にあった何枚かのサムホールサイズ(22.7㌢×15.8㌢)の作品を見た際の印象が蘇りました。

※掲載した塚本先生の5枚組作品の写真は、営業中の店内の光が入ってしまいました。申し訳ありません。




楽書き雑記「派手じゃないけど印象的なシラタマホシクサやワレモコウ=名古屋・東山植物園」)

2019-09-29 06:26:10 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

今年のヒガンバナを見た名古屋・東山植物園で、シラタマホシクサやワレモコウなどといった派手さはないけど、可愛くて印象的な花を写真に収めてきました。

シラタマホシクサは湿地園を覆うように咲いています。
説明プレートなどによると、東海地方の固有種で各地の湿地帯で見かけます。30㌢ほどの草の頭に付けた直径6~8ミリの半円球の小さな花。念のため名前のホシクサは「星草」の意味で「干し草」ではありませんとのこと。確かに今ではなかなか見ることはできませんが、夜空に広がる星のようです。

1年草で、開花期は比較的長く8月下旬から11月上旬。ただ、湿地そのものが年ごとに減っており、保護しなければいずれ消滅する植物のひとつでしょう。

宿根草園のワレモコウ(吾亦紅、吾木香など)は開花の最盛期は過ぎていますが、枝分かれした茎の先端に付けた長さ1㌢ほどの赤紫色の花穂が秋を感じる風に揺れていました。

秋の七草の中には入ってはいませんが、かつて時代の変化に応じて入れ替えがあるとすれば、という観点で考えられた新秋の七草の中にはワレモコウが入っていたようですね。

それはともかく歌の「吾亦紅」。いいですね。

七草といえば、ワレモコウの傍にススキとハギのコラボ風景があったのでこれも撮ってきました。



これは秋の七草のススキとハギのコラボです




楽書き雑記「名古屋・東山植物園で今年の彼岸花を見ました」

2019-09-28 06:16:04 | 日記・エッセイ・コラム

 

名古屋の東山植物園に出かけ、やっとヒガンバナが咲いているのを見ました。
今年のヒガンバナの開花が早いのか遅いのかは断言できませんが、9月になっても続いていた猛暑や真夏日がやっと途切れたところでの開花に、やはりホッとしました。

東山植物園にはヒガンバナが数多くあるわけではありません。広大な園内のあちらにポツン、こちらにポツン。それも多くて20本ほど、ほとんどは数本ずつです。
数万本規模のヒガンバナ集落とは比べ物になりませんが、ポツン、ポツンの風景も楽しいものです。カメラに収める人、座り込んでスケッチする人もあちこちに見かけました。




楽描き水彩画「アートを施した防火用水槽」

2019-09-26 06:20:02 | アート・文化




先日掲載した愛知県知多市高田地区にある高齢者の集う「岡田なごやかサロン」のそばにあった防火用水槽です。
こうした水槽は、名古屋の四間道など歴史のある町並み保存地区でよく見かけ、ナマコ壁などと同様に絵になる風景だと思います。

現代では夏の打ち水の役割もあるようですが、特に今回の水槽は「YOSUI(Oの上に―)」の文字に目を引かれました。彫刻アートの腕がある人が彫った石膏板をコンクリート水槽の上に張り付けたように見えます。

水面には水草が浮かび、金魚らしい魚が見え隠れしていました。




楽書き雑記「伊勢湾台風から60年=名古屋市博物館で特別展」

2019-09-24 06:45:43 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

 東海地方を中心に未曽有の被害を受けた伊勢湾台風から60年。

台風災害や予想される巨大地震に備え、災害の記録や治水、防災、さらには開発と環境、被災者支援などさまざま観点から考える特別展が名古屋市博物館で開かれています。
11月4日(月・振替休日)まで。観覧料は一般300円、高大生・中学生以下・65歳以上は無料。

伊勢湾台風は1959年(昭和34年)9月26日、和歌山県潮岬に上陸。紀伊半島から東海地方を通過。名古屋南部などの伊勢湾岸は巨大な高潮に襲われるなどして、死者・行方不明者5098人、負傷者38921人という甚大な被害を受けました。

当時、僕は岐阜県を離れて四国の高知県に住んでおり「岐阜のみんなは大丈夫だろうか」と家族で話していたものですが、現役時代に何度かその後の被災地を訪れ、大災害の一端を知らされたものです。

 特別展の会場では、まず江戸期から東海地方が経験した大規模な自然災害を幕府や藩が記録に残し、後の災害に備える対策に取り組んできたかを知ります。

木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)が伊勢湾に向けて流れる尾張・美濃の一帯は、肥沃な土地に恵まれる一方で川の氾濫や洪水、高潮などの被害を度々受けてきました。
さらに南海トラフや内陸断層がもたらす巨大地震も繰り返し起きています。

驚くのは、それら大災害の記録や防災に関する文書や図絵が予想以上に残されていることです。
中でも幕府の命で水行奉行に就いていた美濃国の高木家が、木曽三川を毎日監視してきた「川通御用日記」の膨大さには川通役の労苦に敬意を覚えました。

水害対策のために描かれた縦171㌢、横546㌢の図絵。1891年(明治24年)に起きた濃尾大地震の震災写真帖なども目を引きます。
写真帖には「当時ノ実況ヲ後世ニ保存スルモノハ特(ヒト)リ写真アルノミ」とあり、記録と防災の意義を唱えています。

一方で、巨大地震の中には記録の乏しいのもあります。この地方では昭和東南海地震(1944年)、昭和南海地震(1946年)など。戦争中、終戦直後といった事情があったといえ、残念なことです。

膨大な資料を目にした後、伊勢湾台風そのものの展示へ。

まず、掲示に当時の名古屋が商業都市から産業都市への発展を目指す「大名古屋構想」に突き進んでいたことが書かれています。名古屋港周辺では大がかりな区画整理や工場誘致、住宅開発が進められていたことが分かります。

しかし、終戦からまだ14年。生活再建から経済再建へと急ピッチで進む中で防災に対する構えは、どうだったのでしょう。「大名古屋構想」にも、高潮対策や木曽三川以外の中小河川の防災対策などはどこまで織り込まれていたのでしょうか。

展示された伊勢湾台風被災地の写真は目を覆いたくなるほどです。
高潮とともに流れ込み、家屋を破壊していった巨大な丸太の山、何日も引かない水の中に立ち尽くす人、黙々とガレキの除去に取り組む人々・・・。

142人の児童が犠牲になった、名古屋市南区白水小学校の生徒や教職員が綴った作文集「台風記」も展示。

港区の南陽小学校に川崎市の小学校から支援物資を詰めて届いたドラム缶、長く続いた停電の日々の必需品だったカンテラ、大切な着物が詰まっていた衣装箱なども並んでいます。

 アサヒグラフなど出版物の特集号、企業や全国から駆け付けてくれた支援活動の様子も。2011年(平成23年)3月11日に起きた東日本大震災の被災地で、名古屋市と友好都市協定を結んでいる陸前高田市との取り組みにもふれています。

 

 


楽描き水彩画「知多木綿の里・知多市岡田でのスケッチ会でお邪魔した「岡田なごやかサロン」の外観です」

2019-09-23 06:25:42 | アート・文化



先日、水彩画教室のスケッチ取材で知多木綿の里・愛知県知多市岡田地区を訪ねた際にお邪魔した「岡田なごやかサロン」の外観を描きました。
知多市の「高齢者まちかど居場所づくり事業」で、サロンは空き家や地域の施設などに設けられていますが、岡田のサロンは門柱を見てもただの空き家ではなさそうです。

それもそのはず、ここは旧知多貯蓄銀行岡田支店。近くにある明治35年(1902)の開局で今なお現役である知多岡田簡易郵便局舎とともに、この地が全国有数の木綿生産地として潤ってきた往時をしのばせます。

サロンは週に4日間ある高齢者たちのおしゃべりタイムだけでなく、趣味の教室などにも使われ、前の静かな通りには、自転車や高齢者が押してきた乳母車が並んでいました。

歳月の経過を思わせる塀。門柱の先で迎えてくれる大きな知多木綿の暖簾が、地域の歴史と誇りを物語ります。

 



楽書き雑記「名古屋・鶴舞公園のスイフヨウがやっと見ごろに)」

2019-09-21 06:53:12 | 日記・エッセイ・コラム

 

高い日が続いていた名古屋の気温も落ち着き、鶴舞公園のスイフヨウもようやく「見ごろ」と言える状態になってきました。

スイフヨウの開花期について詳しい知識はありませんが、今年は鶴舞公園のスイフヨウを見る限り、極端に遅いように感じます。

8月中旬からこれまでに何回かスイフヨウ園を覗きましたが、9月に入っても60株ほどの中に花が咲いた株は数えるほど。それも1~3輪ずつ。でも、蕾は数多く付いており「いずれ咲くだろう」と待つしかありませんでした。

原因として想像できるのは、9月に入っても35度を超える日が続いたこと。

あまりの暑さに開花がストップしていたのでしょう。一日花ですが蕾の状況からはしばらく楽しめそうです。





楽書き雑記「芸大生や卒業生らによる『大名古屋電脳博覧会2019』を見てきました」

2019-09-20 06:26:24 | アート・文化

 

 

壁にボールを当てると大きく開く花火。2㍍以上はあると思った光のトンネルの長さが実はわずか20㌢ほど―-。
「大名古屋電脳博覧会2019」と銘打ち、愛知県内で芸術系の学部・学科を持つ大学の学生や卒業生によるデジタル技術やデジタル媒体を駆使したアート・デザイン展が、名古屋市民ギャラリー矢田で開かれています。23日(月祝)まで。入場無料。

参加しているのは愛知県立芸術大、名古屋学芸大、名古屋市立大、名古屋芸術大、名古屋造形大の5大学。
展示室内には光が点滅し、映像が流れ、天井からはコードが下がります。「根っから文系の自分には敷居が高かったな」と思いつつ歩きます。

重力反転現象や錯覚に着目した研究や、レーザーセンサーなどを活用した多彩な光、テーブルの上をボールが転がると広がる光模様―-。
なぜ?どうして?チンプンカンプンです。

でも、学生たちの親切な説明も受けて少しずつ理解でき、楽しくなりました。
「エンターテイメント性を高め、子どもたちの科学に対する関心が高まれば・・・」「医療部門への応用も研究されていくと思います」などと学生たち。

 一方で、部屋のどこかへ飾ってあったのだろう、祖母がのこした家族写真に小さな穴があり写真の左右が反り返っているのに気づいたことから、写真の持つ役割を考えたという作品も。
「feminine」(女らしい)という言葉についてどう思うかを、イギリスの10~20代の女性らにインタビューした映像作品などにもしばらく足が止まりました。

 



楽書き雑記「都市河川の野鳥をとらえた名古屋・山崎川鳥撮(とりとり)会の写真展」

2019-09-19 06:19:40 | 日記・エッセイ・コラム

 

名古屋の市街地を流れる2級河川・山崎川に集う野鳥たちの生態をカメラでとらえている「山崎川鳥撮(とりとり)会」の第9回写真展を、名古屋市博物館3階ギャラリーで見てきました。23日(月・祝)まで。

山崎川は林立するマンションや大学、大型スポーツ施設などの間を流れる比較的小さな川。しかし、寝場所や餌場を求めて飛び交う野鳥は多く、同会が見つけた野鳥はこれまでに110種。
会ではこれらの生態を記録するとともに、カメラを手に近辺の山や海、川に出かけ、写真展にはその作品も一緒に展示しています。

エサの捕獲や子育て、恋の駆け引き、一瞬のしぐさなどさまざま。
オオタカの幼鳥が枯れた木に足を置いたところポキッと折れた瞬間、電線に並ぶクロハラアジサシの幼鳥、ダイサギのカップルの乱舞など辛抱強くシャッターチャンスを待った成果が並んでいます。

会場では、テーブルに鳥の生態をとらえた写真が並び「お好きなのを一枚お持ち帰りください」とのサービスも。僕は羽を広げたキジをいただきました。

撮影地は名古屋南東部の郊外とのこと。そのエリアは雑木林や竹林、ため池などが多く、キジではないかと思う鳥も見かけることがあります。カメラを構える間もなく見失っていますが、ひょっとしたらそのキジかも、と喜んでいます。

 




楽書き雑記「瑞々しく伸び伸びと=第72回名古屋市立高校展覧会」

2019-09-18 06:29:34 | アート・文化

 

毎年楽しみにしている名古屋の市立高校14校の第72回展覧会を、市民ギャラリー栄で見てきました。
瑞々しい感性と豊かな表現力に満ちた作品に、今年もまた元気をもらいました。22日(日)まで。

書道・美術・家庭・写真の4部門。
どの分野でも生徒の自主性を重んじた指導を感じます。絵画部門ひとつをとっても題材、画材、技法は多岐に渡り、作品全体が伸び伸び、生き生きしています。

部門によっては、作品に生徒自身のコメントが付いています。「この絵をなぜ描いたのか、書の文字に選んだ理由、苦労した点、これからの創作への意欲」などを読みながら作品を見るのは楽しいものです。

展示作品の中には、これまでに別の展覧会で見た作品や、全国高等学校総合文化祭に出品されたのもあり、それらの作品の素晴らしさを改めて味わうことができました。




楽書き雑記「庭のハナトラノオが倍増。復活作戦が成功したようです」

2019-09-16 06:28:15 | 日記・エッセイ・コラム

 

掃討作戦から復活作戦へ。勝手気ままな庭の主の作戦が功を奏し、倍増したハナトラノトラノオが秋の庭を彩っています。

我が家の庭ではハナトラノオが長らく秋の主役でした。淡い紫の花が上に上にとのぼり,、長い期間咲き続けるからです。
病害虫や寒さ暑さに強く、半日陰に平気なのも魅力です。

しかし、その強さは半端でなく、根を伸ばしてユリやキク、ホトトギスなど周りの花々の居場所へ侵攻。4年前、シャクヤクの花が小さくなり、花数も極端に減ったため根元を掘り起こしたところ、ハナトラノオの根がシャクヤクの根を包み込むように覆っているのを知りました。


以来、春になると生えてきたハナトラノオを片っ端から抜き取る作戦を展開。200本以上はあったと思われるハナトラノオは年ごとに少なくなりました。
昨年秋には30本ほど。80~120㌢ほどだった草丈も60~80㌢に。掃討作戦は成功です。

でも、一方で庭の主は寂しさを感じているのに気づきました。「主役の影が薄いのはやっぱり・・・」

「掃討作戦は中止。回復作戦を進めよう」。今年の春は抜き取るのを止め、周りの花にはとりあえず生存競争を求めることにしました。

この秋の本数は全体に背丈は低いですが約70本。他の草花の領域にも1~3本ずつ伸びています。他の草花の状況によっては、いずれまた作戦変更を検討することになるでしょうね。


 

 


楽書き雑記「庭のエドシボリ(江戸絞り)も花数を増やしています」

2019-09-14 06:23:09 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

自宅の庭のエドシボリ(江戸絞り)が花数を増やしています。
白地に赤紫の絞り模様。8月中旬に数輪開いたものの猛暑のせいか中断、数日前から「もういいだろう」とばかり、どんどん開いています。

庭のハギは一昨年秋、それまでのアレチヌスビトハギという品種を根こそぎ取り除き、名古屋の秋の七草展会場で買ったエドシボリとシラハギの2品種に植え替えました。
アレチヌスビトハギは「荒地盗人萩」と書くだけあって繁殖力が強いうえ、種房が衣服にベタベタくっ付くので花が咲いたら、種房ができないうちに刈り取っていたほどだったからです。

エドシボリとシラハギは種がくっ付く心配はないものの、木の生長はアレチヌスビトハギ以上かもしれません。昨年暮れに地上10㌢、」ほどのところで刈り取り「ちょっと切りすぎかな」と心配したのですが、気づいたら2メートルほどの背丈になっています。

シラハギの方は、花芽の状態をみたところ猛暑の影響で遅れるかもしれません。

 

 


楽描き水彩画「地域の高齢者施策『岡田なごやかサロン』にお邪魔しました=愛知県知多市でのスケッチ取材」

2019-09-13 06:34:28 | アート・文化

 

教室のスケッチ取材では、絵になりそうな風景を探すだけでなく、思いがけない地域の人たちとふれあうひとときもあります。愛知県知多市岡田地区での取材では、高齢者のサロンにお邪魔しました。

旧知多貯蓄銀行岡田支店だったという家屋の門柱に「岡田なごやかサロン」の看板。「どなたでも利用できます。お気軽にお入りください。参加費(フリードリンク・お菓子)百円」の張り紙があります。
一緒に歩いていた5人も早速、入らせてもらいました。

中には大小のテーブル。そこには麦茶などペットボトルやポット、湯飲み茶わん、菓子、新聞などが置かれ、我々と同世代の10数人が談笑しています。
「どこから来たの?」「名古屋から」「暑いのにようきたね」。たちまち、談笑の仲間に。

多くが近所のみなさん。歩いてきたり、乳母車を押してきたり。95歳という女性もニコニコ顔です。
こちらも暑さの中を歩いた疲れがほぐれ、なごやかな時が過ぎていきました。

ボランティアスタッフらの話などによると、これは知多市が進める「高齢者まちかど居場所づくり」という施策。古民家や集会所など市内の約40カ所に置かれ、それぞれ地域のボランティアスタッフらと工夫して運営されているようです。
「岡田なごやかサロン」では月・火・水・金の午前中はこうした「ひととき」のため、別の日や時間には趣味の手習いなどに利用されているそうです。

高齢者のための居場所づくりは、どの自治体でも行われています。
通りすがりの我々を気軽に迎え入れ、談笑で囲んでくれた「岡田なごやかサロン」は、地域外の我々にとっても素敵な居場所でした。

昼食に入ったおかきメーカーの直営店に併設された食堂で、ちょっとした嬉しい味わいも。
岡田名物と聞いて注文したカツどんの蓋を取ると、目玉焼きが2個ものっています。「二つ目カツどん」を見たのは初めて。インスタ映えの真似事のようにカメラに収めました。



目玉焼きが2つのった岡田名物のカツどん



楽描き水彩画「教室の取材で愛知県知多市の知多木綿の郷・岡田地区へ」

2019-09-12 06:26:10 | アート・文化

 

 

水彩画教室の今回の取材先は、伊勢湾沿いの愛知県知多市にある知多木綿の郷・岡田地区。この日も猛暑日を思わす中、江戸期の情緒を秘める街並みを歩いてきました。

岡田地区では農家が古くから綿の栽培を手掛け、江戸初期には副収入を得るために木綿の製造にも乗り出しました。
織られた布は伊勢湾を挟んだ三重県の伊勢や松阪で漂白され、伊勢商人によって江戸へ送られ発展。最盛期には3000人もの女性が働き、生産量は全国のトップ争いをしたほどと言われています。

しかし、岡田地区に限らず繊維業界は化繊や海外からの輸入物に押されて大きく様変わり。岡田地区では現代にマッチした商品開発などで伝統を維持しているところです。
ちなみに名古屋の有松絞に使われる布は岡田の知多木綿だそうです。

街を歩くと、ナマコ壁の蔵やレンガ塀などレトロな建造物に出会います。
とりわけ淡い水色の局舎が印象的な知多岡田簡易郵便局は、明治35年(1902)の開局。働く女性たちが故郷への便りや仕送りなどに通っていたことでしょう。国の登録有形文化財(建造物)ですが、今なお現役の郵便局だそうです。

路地に面した軒下を季節の花で埋めた民家も少なくありません。昔懐かしい生活用具が残された庭も。
たとえば風呂の水汲みが当番だった少年のころの相棒だった手押しポンプ。古いモーターや農機具らしいもの、防火用の水槽もありました。

「手織りの里 木綿蔵:ちた」。
あいにく出かけた日は休館日とぶつかりましたが、覗き込んでいると中にいたご婦人たちから「まあ暑い中を。どうぞ、どうぞ」
何台もの織機が並び、色とりどり、形さまざまな衣服や帽子、財布、バックなどがいっぱい。オープンしている日は、自分だけの作品の手作り体験を楽しめるようです。

岡田地区にはもう一つ、素敵なところがありました。明日続きを掲載する予定です。

 

  

 


楽描き水彩画「JR東海名古屋車両基地に架かる120歳の跨線橋」

2019-09-10 06:22:13 | アート・文化

 

 

同じモチーフの絵を改めて描くことがあります。
もう少しうまく描けないかと再挑戦するだけでなく、作品展用に大きくしてみたり、小さくしてみたり・・・。この絵は教室の取材で1度描いた場所へ午後の時間帯に出直したところ、午前中の取材では無かった陰が気に入ったこともあり、サイズも2倍の20号で描きました。

名古屋駅の南側にあるJR東海の名古屋車両基地の跨線橋「向野橋(こうやばし)」。長さ119m、幅5・5m。何本もの線路が走り、メンテナンスの車両だけでなく、JR関西線や近鉄の電車も行き来していています。

 トラス橋部分はちょうど120年前の1899年に米国で製造。
京都鉄道が購入して保津川に架かっていましたが、1930年(昭和5年)に、旧国鉄の名古屋機関区車両基地に移設されました。現存する19世紀のトラス橋としては国内最長とされています。

120歳になった歴史的建造物。自動車の通行は禁止されていますが、若々しい姿です。
定期的に化粧直しもされてきたようで、トラス橋部分には塗装装の剥がれや赤錆はほとんど見当たりません。