石垣島北部にある崖の上に、戦時中に作られた「石垣特設見張所」跡があります。1943年、大島防備隊古仁屋部隊(小坪大尉)によって設置されました。たぶん七角形の基礎?の跡には入り口部分かな?と思われるたたきもあります。ですが米軍には直ぐに知られてしまい、翌年には攻撃されています。
敵の戦闘機や艦船が来ても直ぐに見つける事が出来る見通しの良い場所だが、逆に言えば直ぐに見つかる場所でもある。
電波探知機用のアンテナ塔が設置されてたであろう穴。なお、この見張所は別称・海軍特設見張所と言われていたので、設置されていたレーダーはいわゆる電波探知機(電探)ではなく、海軍が開発したレーダー波探知装置(ESM装置)、通称・逆探だったかも知れません。
コンクリートに何やら印が。方角?建設時の基準?Mのような文字もありますが、敵国語を使うかな?
このフックは、何かが強風で飛ばないようにワイヤリングしていたんでしょうか?
攻撃された時に特設見張所は左に見える安良岳の山中に移動していました。くしくも元の見張所が攻撃された報告が特設見張所最初の敵機発見報告となったそうです。
安良岳山中の特設見張所跡はオイラも行った事がありますが道など当然無く、亜熱帯の山中はハードな工程でした。今回の見張所跡も安良の見張所跡も、資材や器材は基本的に現地住民が無理やり動員され運ばされています。なかには「出産直後の女性も徴用され~」、「一日で4回も頂上(365メートル)まで運ばされた」と戦時・戦後体験記録集に残っています。
北部の特設見張所跡は事故が相次ぎ、進入禁止になっています。安良岳の特設見張所跡は地元の分かる方と行かないと危険です。石垣島はどれも低い山ですが、登山の本に紹介されているような山でも遭難者が出るような環境です。ましてや安良には「何となく」の人が歩いた跡もろくに残っていませんので、行かない事をお勧めします。