【いくつになってもアン気分】

 大好きなアンのように瑞々しい感性を持ち、心豊かな毎日を送れたら・・。
そんな願いを込めて日々の暮らしを綴ります。

過去への周遊券

2010-09-13 16:21:16 | 音聴箱

【「木槿」(ムクゲ)】

   厳しい残暑が続きます。
  それでも、何度目かの木槿の花が
  パ~ッと開いたかと思うと
  ふと見上げた空は、
  こんなに秋らしい空。

   盛夏の頃は、何もない空か
  入道雲でしたものね。

   そう言えば最近、
  空を眺める事が多くなりました。

   “もう少しの辛抱よ・・”
  無言の語りかけをしてくれているような気がします。

   そうそう、昨日の「アンの薔薇」も
  今日は、この通り綻びました。

   「(中略)でも、お百姓の
  作物がこんなに苦しい目に
  あってるのに、庭の事
  なんか言えないわね。

   ハリソンさんとこでは
  牧場がかちかちになって
  しまったもんで、可哀想に、
  牛がほとんど一口も草を
  食べられないんですって。

   牛たちの顔を見る度に
  ハリソンさんは、
  動物をこんな残酷な目に
  あわせるのかと思うと、いたたまれない気がするって言ってなさるわ」

                                           【「アンの青春」 第18章】

   本当に今年の夏は、各地でこのような光景が繰り広げられているのでしょうね。
  幸い我が家の庭の方は、事なきを得ていますが・・。

      

    さて今日も
  前置きが長くなりました。
  
   私はこの処、
  俄かにタイムスリップ。

   すっかり埃を被っていた
  レコードを取り出して。

   全集もそうですが、1枚、1枚の
  レコードに思い出がこんなに
  鮮やかに貼り付いている事に
  今更ながら驚いています。
  (ジャケットを眺めているだけですのに)

   そしてレコードを手にした時の、CDとは明らかに違う取り扱いにも。
  慎重にジャケットから取り出し・・。
   
   そのレコードには、もう1枚薄紙に覆われていますから、
  指紋を付けないように、そっと取り出したものです。まるで宝物。

   プレーヤーに載せ、針を落とす瞬間のワクワクした思い・・。
  自分なりの一連の儀式・・? 今、本気でレコードプレーヤーが欲しくなりました。 

クラシカル・ロマンティックⅡ

2010-09-11 16:21:28 | 音聴箱


   昨日、一昨日とはちょっと違う朝。
  再び暑い夏が戻って来ました。

   一気に秋・・とは、
  なかなか行かないようですね。

   いずれにしても、
  もう少しの辛抱・・でしょうか。

   気が付けば、9月もそろそろ半ば・・
  この調子で行けば、いつの間にか
  年末、なんて事になり兼ねません。

   地に足を着けて
  暮さねばなりませんね。

   さて、冒頭の写真。
  昨日に続き、今日もハモンドオルガン。

   昨日のものよりは大分新しいですが、
  それでもトーン・ホイル式です。

   (鉄の歯車を回転させながら、
  コイルを近付けて電流を作り、音に変換させる仕組み)

   今では貴重な楽器と
  なっています。

   楽器もそうですが、
  音もそうですね。

   デジタル音の溢れている今は、
  余計にそう思います。

   電源を入れた時のジ~ッと
  いう独特の音、そこからして
  手作りの匂いが感じられますもの。



   こちらも昨日の続きです。
  今、改めてレコードを眺めてみますと、ジャケットが何と楽しいのでしょう。

   演奏者の顔写真がほとんどですが、中にはこんな風に絵画や版画があったりします。
  (写真左はパウムガルトの版画、右はベラスケスの 「8歳のマルガリータ」)

   探すのがめんどうですので、手直にあるものを写したのですが、
  涼しくなりましたら、他のものも探してみるつもりです。      

   ところで、今読んでいる三島由紀夫作 『豊饒の海Ⅱ「奔馬」』 に、
  こんな記述を見つけました。

   時代は昭和の初め。
  世相は、少しずつ不穏になって来つつありますが、
  まだまだ時間は、ゆっくり流れているようです。

(中略)食事がすむと、
レコード を聴きましょうか」 と言った。
部屋の一隅にマホガニー色に塗った
箱型の蓄音器がある。
電気蓄音機が流行っているのに、
この家では舶来のゼンマイ式を頑固に使っていた。
井筒が引き受けてハンドルを一杯に回した。(中略)

槇子まきこは12インチの赤盤をって、
ショパンのノクターン をコルトーが弾いたのを
器械にかけたが、
それは少年達の教養の外にあったのに、
しかも知ったかぶりをするではなく、
彼らは与えられた曲に素直に耳を傾けた。

すると馴染まぬ音楽の、
冷たい水に肌を沈めて泳ぐ快さに似たものが、
気持ちに沁み入った。(中略)
            【三島由紀夫作 『豊饒の海Ⅱ「奔馬」より』】

クラシカル・ロマンティック

2010-09-10 15:22:22 | 音聴箱


   昨日以上に
  涼やかな朝を迎えました。

   そう言えば昨日は、
  梅雨明けして以降、
  1日中クーラーを入れずに済んだ
  初めての夏のような気がします。

   でも、いきなり・・
  ここでも秋は突然、やって来ました。

   やはり・・なんて、
  思うのは止しましょう。

   今年に限っては・・
  秋は来ないのでは? 
  ~なんて思っていただけに、
  嬉しさもひとしおです。
  ここは素直に喜ぶ事に致します。

   さて、今日の写真。
  愛用のハモンドオルガンです。

   と言っても、こちらは
  ほとんど使わないのですが・・。

   (実は、【以前】 にもUPした事が
  ありますが、ハモンドは、
  メーン記事ではありませんでしたのでごく小さいものです)

   この写真を掲載するに至ったのは、
  こちらにも温かいコメントを寄せて下さっている、【ケンシロウさん】【Koheiさん】 が、
  時を同じくして昔懐かしいレコードの記事を UP された事に始まります。

   レコードと言いますと・・温かみと深みのある音・・真空管・・と連想します。
  そして私の中では当然のように、ハモンドオルガンへ。

   おまけにレコードよりは少々早いですが、(電子オルガンが誕生したために)
  このオルガンは、1975年(昭和50年)に製造中止になっています。
  (私のものは、↑ のパンフレットよりも古いです)

   デジタル化全盛時代に鉄の歯車と電磁石のコイルを組み合わせて、
  電気音階を作り出す・・これには痛烈な職人気質(しょくにんかたぎ)なものを感じ、
  同時に空極の、ロマンティシズムをも感じます。

   電子オルガンは、音の出だしが急激ですが、ハモンドは暫く時間がかかります。
  緩やかな周波数を描きますから、より自然音に近いのですね。
  同じ事が真空管で聴くレコードにも言えるのでは・・と思います。
  


   私も、大切にしている、レコードを引っ張り出して来ました。
  モーツァルトのジャケットは、18世紀のフランスの画家、ワトーの 「牧人たち」。
  こんな風にジャケットにも、夢と思い出がありますね。

   CDは確かに便利で、私もよく聴きますが、
  その音質は、原音から遥かに遠くなってしまった気がします。

   長くなりました。ハモンドオルガン、実はもう1台大型を持っています。
  ~明日に続きます。

セピア色の旋律

2010-01-18 18:30:08 | 音聴箱


     こちらは今日も雲一つない快晴の空で明けました。
    ピーカンの空。

     少なくとも冬の早朝の空と空気は、
    ちょっとよそよそしく近寄り難いけれど、
    何物にも変え難い、“凛” としたものを感じ、
    畏敬の念さえ覚えます。

     それにこの冷気、嫌いではありません。
    今朝の居間の気温は、11度。
    ちょっぴり暖かくなりました。

     “あたしの部屋の窓からの眺めは素敵です ―― 略 ――
  墓地は鬱蒼うっそうとした樅の並木に囲まれ、土手に縁取られた、
  曲がりくねった小径を通って行くようになっています。
   西側の窓からは港全体、遥かに霞む海岸まで見晴らせ、
  あたしの大好きな可愛い小さな帆船が、「未知の港」 ――
  何て魅力的な文句でしょう! ―― さして出て行く船が見えます。
  何て 「空想の余地」 がある事でしょう! ―― 略 ――”

                                       【「アンの幸福」 最初の1年】






   


   さて昨日は、魔法をかけて? 
  『アンの世界』 にタイムスリップしていました。

   ↑ 私の定番の 「空想の余地」 かも知れませんね。
  アン と同じく、我家の窓からの眺めも素敵です。

   そうそう、SP 盤のレコード・・。 
  奇しくも、1910年~1911年のアコースティック録音集の CD を持っていました。

   SP 盤の完全復刻です。
  本当は、CD ではなく 【蓄音器】 でレコードを聴きたいのですが・・。

   独特の懐かしい音・・。
  CD で SP盤のレコードを聴き、雑音さえ耳に心地良さまで覚えています。
  これって一体、何なのでしょうね。

   歌手は、ジョン・マッコーマック。
  アイルランド生まれ。(テノール、1884~1945)

   彼は、20歳そこそこでアメリカ合衆国で成功を収め、
  その後、ミラノで勉強したというほどの美声の持ち主です。

   こちらの CD にはヴェルディの歌劇、「リゴレット」 や、
  グノーの歌劇 「ファウスト」 などが収められています。









     19、20日の両日、更新出来ないかも知れません。
    出来るだけ更新するつもりですが・・。
    その節は、どうぞよろしくお願い致します。
  
      

映画で聴くロマンティシズム

2010-01-09 16:43:16 | 音聴箱


   凛とした冬の空気と太陽。
  今日も快晴の朝を迎えました。

   冬の太陽の存在は、
  大層、頼もしいですね。
  特に日の出は、そのように思います。

   ふと司馬遼太郎著、『坂の上の雲』
  の児玉源太郎を思います。

   零下30度にも40度にもなる酷寒の
  地で、毎朝太陽に向かって祈って
  いましたっけ・・。

   太陽を見れば、祈らざるを得なかったとも、そこには記してありました。
  勝つ見込みのない戦争、それでも戦わなければならない国家存亡の危機。
  負けられない、勝つのみ。必死の思いが伝わって来たものです。

   翻って現在。選挙の事しか頭にない政治家たち。
  そして耳に付く 「この国・・」。どうして 「我(わが)国」 と言えないのでしょう。
  空虚感を覚えてなりません。



     さて、映画関連の記事も今日で3日目。
    たった1本の映画で、ここまで楽しめるとは、
    何とも安上がりな私です。

     それでも映画を観る事によって、
    どうしても偏りがちな曲選びを(普段は、ほとんどバロック音楽)
    軌道修正してくれますから。

     今日は、昨日の 『さよならをもう一度』(1961) に引き続き、
    ブラームスの曲が映画に取り上げられたものをいくつか
    取り上げてみようと思います。

     昨日の映画が、「交響曲第1番」、
    「交響曲第3番」
なら、1番は、もう一つ 『誇り高き戦場』(1968) でも。
    第二次世界大戦末期のアメリカ、オーケストラ団員たちの物語です。
    
     又、ルイ・マル監督の(ヌーヴェル・ヴァーグの旗手)
    「恋人たち」(1958)では、「弦楽六重奏曲第1番」 第2楽章が。

   そして、ルイ・マル監督の好敵手とされた、アラン・レネ監督の晩年の作品、「メロ」(1986)。
  ここでは 「ヴァイオリンソナタ第1番 『雨の歌』」 の第1楽章が・・。

   そうそう、この曲にはこんなエピソードも。
  1896年5月、クララが亡くなった後、“追悼のための小さな音楽会” が開かれました。

   その時、ピアノ担当のブラームスは、クララを想うあまり、
  途中、演奏を続ける事が出来なくなって、庭に走り出たと言います。

   この1年後、ブラームスも息を引き取るのですから、
  ブラームスにとって、やはりクララは、かけがえのない人だったのでしょうね。

   そう思えば・・。ブラームスの音楽は、あくまでも理想を追求しているような気がします。
  求めても求めても得られない・・焦燥感・・やがてそれは深い思慕に変わり・・。
  淡々と訴えかけている・・。

   それにしても久し振りに、ブラームスを聴きました。
  昔の映画には、クラシック音楽が効果的に使われていて興味深いですね。  

ブラームスはお好き?

2010-01-08 16:07:16 | 音聴箱

【ヒマラヤ雪の下】

   今朝はあまりの寒さにブルル・・。
  それでも居間の気温は10.5度。

   今朝もいかにも冬の空といった空。
  でも昨日と違って、太陽も。

   そのお陰で日中は、
  随分過ごしやすくなりました。

   今日も私は、
  19世紀の世界の中へいます。

   そのためには、
  どうしても次の記述のような、
  暖炉がなければなりません。

   “・・・エリザベスおばさんが今夜は冷えるからと
  珍しく部屋の小さな 暖炉 に火を入れる事を許してくれた。
   火は、勢いよく燃え、ちり一つない小さな部屋、
  昔ながらの家具、敷居の広い深く窪んだ窓などに
  赤がかった金色の光を降り注いでいる。
   凍った青白い窓ガラスには雪びらが小さな渦巻きとなって
  張り付いていた。
   暖炉 の火に浮かび上がる壁の鏡は奥深く神秘的で、
  人を引き込むような力を称えている。・・・”
             
                                        【「エミリーはのぼる」 第1章】



     それに、ランプや蝋燭の似合う、
    薄暗い家も必要です。

     寒くて薄暗い・・・
    これこそ、ヨーロッパの冬ですものね。
    ~なんて、のたまわっております。

     それにしても明るい家だけが好みでしたのに、
    何という変化でしょう。

     ところで昨日のタイトル、『永遠の憧憬』。
    本当は、クララとブラームスの事を記すつもりでしたのに、
    記さないまま、中途半端に終わってしまいましたね。

   ブラームスと言えば、どのような印象をお持ちでしょう。
  地味で目立たない・・ちょっと難解な楽曲・・。
  
   それでも4つの交響曲と、「ハンガリー舞曲」、
  「ブラームスの子守歌」など は、思い浮かぶのではないでしょうか。

   そうそう今日のタイトル、『ブラームスはお好き?』 は、
  勿論、サガンの小説のタイトルを、ちゃっかり頂いたものです。

   フランス人らしい、「ちょっとお茶でも・・」 と言った、
  軽く、洒落た誘いの意味が込められているそうですね。

   そんな彼の交響曲は、映画にもよく引用されています。
  例えば、アンソニー・パーキンスとイングリッシュ・バーグマンが共演した、
  『さよならをもう1度』(1961)には、このブラームスの第1番と3番の交響曲が登場して来ます。
  
   特に3番の第3楽章は、ロマンティックで甘い旋律が随所に顔を出しています。
  その旋律は、チェロに現れ、やがてヴァイオリンに引き継がれ・・。
  哀愁に満ちた旋律が映画のシーンを盛り上げます。

   しかも、この曲にはエピソードも。
  アルト歌手、ヘルミーネ・シュピースとの恋。
  彼女を想って作曲されたと言われています。
  
   ここでも、クララ以外の女性が登場して来ますが、(他にも沢山)
  ブラームスは、恋には実に自由奔放だったようです。
  そして・・恋愛する度に、恋人に捧げる曲を作っています。

   しかし、どの恋も結婚までは至らず、生涯を独身で通しました。
  そんな所からクララを想って永遠に・・と思ってしまうのですが、
  どうやらそうでもなさそうです。

   でも、やはりそんな風に思っていたいですね。
  いいえ、本当に・・ブラームスの心の中では、クララは永遠だったと思うのです。

   そう言えば、先日の まど・みちお 氏。
  高校生に 「恋」 と 「愛」 の違いを質問された時、その答えが奮っていました。
   
   「『恋』 は、人間だけのもの。
  『愛』 は、森羅万象、全てのものに存在」
と。
  さすがですね。

永遠の憧憬

2010-01-07 17:30:07 | 音聴箱


   今日も典型的な
  冬の空で明けました。

   刻々と変わる冬空は、
  本当に見ていて飽きません。

   そうそう今朝は、
  西南の空には 「有明の月」 も。

   まだまだ早朝ですから空は紫色。
  白い下弦の月が、
  美しく輝いていました。

   あれこれと忙しくしていましたら・・
  もう 「七草」 ですね。

   今年こそは、ゆったりと穏やかに、それこそ毎日を笑顔で送ろうと思っていましたのに、
  ここまでバタバタと過ごしてしまったようです。早いうちに軌道修正しませんと・・。

   ところで皆様は、“初夢” ご覧になられましたか・・?
  私は初夢どころか、最近夢そのものに、とんとご無沙汰しています。

   初夢と言えば・・言わずと知れた、「一富士、二鷹、三茄子なすび」。
  では、その後に続くものがある事をご存知でしょうか・・。

   ベスト 3 の後は、「四扇、五煙草たばこ、六座頭ざとうとか。
  いずれも江戸時代から始まったと言われています。

   「一富士、四扇」 は、どちらも末広がりですので、子孫繁栄、商売繁盛。

   「二鷹、五煙草」 は、二つとも高く上がるから機運上昇。

   では、「三茄子、六座頭」は、いかがでしょう・・?
  因みに 「座頭」 とは、按摩(あんま)などを仕事にする目の不自由な坊主頭の人です。
  
   こちらも両方とも、丸っこくて毛がないので 怪我けがなく」
  家内安全という訳です。面白いですね。



   今日も前置きが長くなりました。
  と言うより・・何が本題だか分からなくなりましたね。

   さて、案の定と言いますか・・今日も私は、
  映画の後の余韻に浸っています。となりますと・・

   当然今日は、シューマンの曲を。
  ただ、ピアノ協奏曲と交響曲 「ライン」 は未だに頭の中で鳴っていますので、
  ちょっと食傷気味。

   そこで、しっとりと歌い上げている、
  歌曲集の CD を取り出しました。
  
   『女の愛と生涯』 と 『リーダークライス』 です。
  歌手は、エリザベート・シュワルツコップ。(1915~2006)

   特に 『女の愛と生涯』 は、
  私にとって思い入れのある曲で、
  大好きな曲。

   特に詩がロマンティックで、
  昨日の映画ではありませんが、
  勝手に “若き日のシューマンと
  クララのよう” ~なんて思ったものです。
  (以前の記事は 【こちら】

   ところで、こちらは母校のカレンダー。
  又々、届きました。

   昨日の映画では、クララは毎日4時間
  の練習をしていましたっけ。
  7人の子供の世話をしながら・・。

   私もそういう時もありましたね。遥か昔。
  タフでないと務まらないという事です。       

春の幻想

2009-04-23 17:45:25 | 音聴箱


   起床時は本当に良いお天気
  だったのですが、その後、
  不安定になって来ています。

   太陽が、照ったかと思うと又、陰ったり。
  おまけに肌寒く、朝はストーブまで入れる
  始末。今もPC上の気温は、15℃です。

   それでも白い花芽を付けた卯の花が、
  1輪、2輪と・・綻んで来ました。
  それは芳香も伴なって・・。

   さて、この所の・・映画の次の日の私の
  恒例の行動パターンと言いますと・・。

   そう、今日も、その余韻に
  たっぷり浸っているという訳です。

   今日も例に洩れず、
  私は朝から松山千春三昧。
  昔のカセットテープまで取り出して・・。
  そう言えば、カセットテープなんて、何だか懐かしいですね。

   私が彼の曲に目覚めたのは、今から20年前? 位です。
  もうデビューして30年経つそうですから、随分遅いですね。

   ある日、付けっ放しにしていたラジオから流れて来た歌・・。
  透き通った声と、歌詞の美しさに思わず聴き惚れてしまいました。
  その曲は、忘れもしません、「悲しい時には」

   「悲しい時には空を見上げ、私の瞳を涙はこぼれ、こぼれた涙を拾い集め、
  夜空へ放てば星と輝き、輝く星に祈り込めて、私はいつでも歌うこの歌・・・
  切々と、抒情たっぷりに歌い上げています。

   それからです。過去の作品を夢中で遡って聴き始めたのは・・。
  それまで、名前こそ知っていましたが、ほとんど興味はありませんでした。



   昨日の映画でも、自殺を企てようとした友人シュガーと、
  身体でぶつかり合った後、一面たんぽぽの咲く大地に寝転がって、言っていたものです。

   「何かあったら空を見よう。空は、悩みや色々な事を優しく包み込んでくれ、
  答えを導き出してくれる・・」 確か、このような内容だったかと・・。(正確ではありません)

   (映画の台詞が素敵でパンフレットを求めたのですが、載っていません)
  ただ、彼と空は特別だったようです。

   写真は、昨日の映画からの帰り道に撮ったものです。
  映画の北海道の大地とは比べるべくもありませんが、
  「想像の余地」 だけは、たっぷりあります。

   蓮華(れんげ)と、マーガレットに似た白い花の(名前も分かりません)
  咲き乱れる休耕地。

   そう言えば彼の曲に、「この道寄り道廻り道」 なんて、あるのですね。
  私そのものではありませんか・・。益々、道草に拍車がかかりそうです。




 
   今日は、若かりし頃の松山千春の魅力を・・。



「傑作の森」 の英雄

2009-04-03 19:47:47 | 音聴箱


   今朝は晴れていますのに、
  霞のかかった空となりました。

   春らしいと言えば、そうなの
  ですが、もしかして黄砂・・?
  なんて思うのが悲しいです。

   折から人工衛星の名の下に
  明日にも日本上空をミサイル?
  
   何とも心が落ち着きません。
  考えても詮方ない事ですが・・。
   
   こちらは今朝も花冷えでした。
  日中は暖かくなりましたが、
  それでも平年よりは寒いのでは
  ・・? なんて思ってみたり・・。

   そんな中、心がパ~ッと
  晴れるような・・こんな水色の
  花が咲きました。(名前は失念)

   冒頭の写真のタンポポや、
  この花達の笑顔には本当に癒やされます。

   さて、私は・・と言いますと、今日もベートーヴェン漬け? です。
  と言うより、「英雄漬け」 と言っても、いいかも知れません。そして・・。

   昨日の・・ベルリン・フィルの CD の行方がどうにも気になって、探す事、探すこと!
  こんな時、必ずや陥る落とし穴と言いましたら・・。

   肝心の CD は出て来ません
  でしたが、こんなレコードが・・。
  ベートーヴェンの 『英雄』 です。

   でも今となっては、
  聴こうにも聴けない
  代物となってしまいました。

   ズービン・メータ指揮、
  ニューヨーク・フィルハーモニック
  とあります。

   全集の中の1枚ですが、
  その当時、セットで○十万円もしたものです。
  
   何だか懐かしくなってしまいました。
  しばし、タイムスリップ。それはそうと・・。

   ベートーヴェンがこの 『英雄』 を、ナポレオン皇帝のために書いた事は、
  昨日も記しました。しかし完成直後には・・。

   「あの男も結局俗物だった。
  己の野心を満たすために、
  民衆の権利を踏みにじる暴君になるだろう。」


   ~と叫んだと、後に弟子のリースは書いています。
  そして後年、ナポレオンがセント・ヘレナ島で死んだ事を聞かされたベートーヴェンは・・。

   「17年も前に、私は彼の哀れな最期に
  ふさわしい音楽を書いている。」


   ~これも弟子のシントラーに、語ったとか・・。
  第2楽章の 「葬送行進曲」 の事を言っているのですね。

   それも然る事ながら、ベートーヴェン自身の身体の変化(所謂、耳の悪化)に、
  絶望した時期でもあったようです。(有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」

   つまり、ベートーヴェン自身の暗い宿命の予感に怯え、
  死の甘美な誘いに溺れそうな生き方に決別を告げ、宿命をねじ伏せ、
  強く生きる事を決意した、ベートーヴェンの内面の闘いの証とも言えます。

   そうした事でも、この第2楽章は自分自身への決別のための、
  葬送曲でもあるのですね。

   このように一つの楽曲も、色々な事に思いを馳せて聴きますと、
  違った色合いを持って迫って来るように思います。

   勿論、指揮者とオーケストラによっても・・。
  音楽も又、奥の深いものですね。     

英雄はかく語りき

2009-04-02 15:48:08 | 音聴箱


   一応晴れていますが、
  何だかお天気、安定しません。

   こちらは相変わらずの
  花冷えが続いています。

   朝の空の写真も、南側のベランダ
  からは、太陽が入らなくなりました。
  
   季節の移り変わりを、否が応にも
  感じます。そして気になる桜は・・。

   こちらは(私の住んでいる場所)
  まだ、ほとんど開いていませんので、
  安心していましたら・・。

   市街地では、ほぼ満開に近いものもあり・・。
  これから益々、桜からは目が離せない毎日が続きそうです。

   こんな風に春と言えば、桜から始まる日本ですが、一方 『アンの世界』 では・・。
  待ちに待った春の到来・・。絵のような美しい景色の描写にうっとりです。

   4月 になると湾の水は再び青く、風が立ち、
  白い波頭を見せるようになり、フォア・ウィンズの灯台が
  薄暮の中を宝石のように輝き始めた。・・・・・
   地面には真新しい金緑色の若草が柔らかく芽生え、
  グレンの向こうの森にはエメラルド色の霧がかかっていた。
   夜明けには海に面した谷間に夢のような霧が一杯立ち込めた。
  震動して去来する風はその息吹に塩の泡を含んでいた。
  海は美しく艶めかしい女のように笑い、
  煌めき、めかし、誘惑した。・・・・・”
        【「アンの夢の家」 第18章】



   さて私は・・と言いますと・・。
  これも、いつもの事ながら又々、昨日の映画の余韻に浸っています。

   それに今回ばかりは、その世界に浸るのは、いとも簡単です。
  何せ、二つの 『英雄・・』 の CD さえかければ、その世界は、すぐそこに。
  そこで取り出したのが、こちらです。 

   昨日、映画で余す事なく聴きました、ベートーベン作曲、
  『交響曲第3番ホ長調OP55 「英雄」』 と、
  R・シュトラウス作曲   『交響詩 「英雄の生涯」OP40』 です。

   ベートーベンの方は紛れもなく、カラヤン指揮、ベルリン・フィルですが、
  生憎、R・シュトラウスに、ベルリン・フィルのものが見つかりません。

   残念ながら、今日はロリン・マゼール指揮、クリーヴランド管弦楽団のもので。
  マゼールのものですから、全体に透明感溢れるものになっています。

   しかしながら、この 「英雄の生涯」、R・シュトラウス自身が一時、
  指揮をしていた事もあり、ベルリン・フィルでは得意の曲なのだそうですね。
  何と言っても探し出して、聴き比べをしたいものです。

   映画でも、団員が述べていましたように、難曲ですのに・・。
  そこでは、北京から台北編で流れており、高揚感と心の葛藤・・と共に思い出されます。

   そして・・。順番が前後しましたが、ベートーベンの 「英雄」。
  前の 「英雄の生涯」 が、R・シュトラウス自身を描いているものとされるのに対し、
  こちらは、ベートーベンが、ナポレオンのために書いた曲と言われています。

   この曲は、使われるべきして使われたという気がします。
  映画の中では、ごく一部、リハーサルで使われたり、最後の東京編で流されていました。

   それにしましても、両者が同じホ長調。(こちらは変ホ長調)
  R・シュトラウスも、ベートーベンを意識したのでしょうか・・。

   残念ながら3曲目のトーマス・アデス作曲、
  「アサイラ」 は、CD、持っていません。

   ラトル の最も気に入っている曲なのだそうですね。
  是非、彼の指揮による CD を求めたいと思っています。

   普段は、ほとんどバロックばかりの私。
  久し振りに聴いたこれらの曲は、新鮮でした。
  
   もう1度聴いた事により、
  英雄たちの魂の声が、聞こえたような気がします。