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* 30 *
自分の好きなものを追求していくと、どんどん自分が変わる。
そして変わるということは、成長するということです。
養老 孟司
*
愛菜ママが倒れた。
急性虫垂炎だった。
急遽、入院となって、手術となった。
幸いにして、夫と娘の棋戦の合間だったので、子どもたちの面倒はふたりが見ることになった。
カナリは、着替えやら身の回り品やらをテキパキとひとまとめにして病室に届けた。
「ありがとね。カナちゃん。
いろいろと、ごめんなさいね」
「ううん。
ちっとも、大丈夫ですよ。
ご飯のしたくも洗濯もちゃんとやれますから。
それに、お父さんが、ふたりの面倒をちゃんと見てくれてますので、安心して休んでてくださいね」
娘にはなったというものの、まだ、どこかに師匠の奥様に対するような他人行儀な口調が残っていた。
それでも、それがカナリにとっての今の距離感なんだ・・・と、愛菜は思い、あえて「水臭いわね」とも言わなかった。
しばらく、家の中での家族のささいな事を話して、病人を笑わせると
「イタタ・・・。
あんまり、笑わせないで・・・」
と、元女優らしくコミカルに演じてみせた。
すると、生真面目な娘は
「あ、ごめんなさい・・・」
と、素直に騙された。
そんな、オロオロする娘の様子を見て、
(らしいなぁ・・・)
と、心の中で愛菜は反応を楽しんだ。
抜糸も済み、五日ほどで退院となった。
ソータもカナリも免許を持たなかったので、タクシーでの帰宅となった。
サトミとリュウマは、お見舞いで病院で会っているものの、久しぶりのお母さんの無事ご帰還に喜びはしゃいで玄関まですっ飛んできた。
「おかえりー!」
という姉を真似して
「りぃー!」
とリュウ坊も唱和して腕をパタパタして抱っこをせがんだ。
カナリが
「リュウちゃん。お母さん、ポンポンいたたで、抱っこできないのよ」
と言って、自分でヒョイと弟を抱き上げた。
愛菜は息子のホッペにぴとりと自分のホッペをひっつけて、
「リュウちゃん。ただいまーっ!」
と言って、首をグリグリ動かすと
「キャキャキャ!」
と大喜びだった。
両手に紙袋やら着替えの入ったボストンを持った師匠が、いつに変わらぬ平和な家族の姿を目にすると思わず相好を崩した。
カナリもそんな家族のふれあいに、涙が出そうになるくらい幸福感を感じていた。
愛菜は、懐かしの我が家のリヴィングに腰を下ろすと、自分の帰るべき安住の場はもはや実家ではなく、ここなんだということを改めて実感した。
カナリの入れてくれた紅茶とシフォンケーキで一服すると、台所も、洗面所も、入院前とは寸分も違わずキチンと整理整頓されていたのに愛菜は驚いた。
今更ながら、よくできた子だと、娘を褒めてあげたい気がした。
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