『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

志村死す

2020-03-31 07:56:00 | TV・ドラマ
志村けんが死んだ・・・。

コロナにやられた。

古希を過ぎた高齢であり、
ヘビードリンカー、
ヘビースモーカー、
だったというので、
銀座か何処かの酒場で
感染したのやもしれぬ。

彼を主役に映画を撮りたいと
構想を温めていた
山田洋次監督は、
「もすこし健康に留意してほしかった・・・」
と、その早死にを
惜しむコメントを寄せた。




ドリフの『全員集合』に
初めて出演したシーンを
今も覚えている。

荒井 注の付き人として、
引退後にデヴューさせようと、
イカリヤ長さんが抜擢し、
舞台袖の上から下まで、
ただ、ヤカンをさげて、
中腰の瓢げたかっこで
通り過ぎるだけの役だった(笑)。

初めて画面に
「志村けん」の名が
テロップされた時だった。

ライヴ会場の子どもたちも
TV前の自分も、その不思議なキャラに
目をパチクリさせた。

!?(ʘʘ)!!  

その後の彼の活躍は
『東村山音頭』で大ブレイクし、
『ひげダンス』を流行らせた。

中でも、
いちばんウケたのは、
股間から首を出す
白鳥の着ぐるみだった(笑)。

動くたびに
ブラン、ブランいう首に、
腹を抱えて笑った記憶がある。

ヒ~!! _(_ _)ノ彡☆ バンバン! 

そして、
『変なおじさん』
『バカ殿』
『ひとみ婆さん』
という秀逸なオリジナル・キャラを
創作したのは、
稀有なコメディアンである。

「なんだ、チミはッ?!」
「なんだ、チミはッ・・・ってかぁ」
「あ、だかーら、変なおーずさんぅ!」
「ダッふんだぁ!!」

「アイーン!!」

「あんだってぇ・・・?!」

「だっいぃじょンぶだぁ~!!」

・・・数々の名文句を
日本コメディー史に残した。

前人未到の境地を開拓し、
独創性(オリジナリティ)を
創出する人々を
「天才」と言う。

その死は惜しまれるが、
小池百合子都知事の言を借りれば
「コロナの恐ろしさを世に知らしめて、
最後にいい仕事をされたと思います」
に納得した。

【後世に教訓を残す者】を
「Sacrifice/サクリファイス/犠牲者」
と言う。

事実、彼を知る若者たちに、
コロナの脅威を身をもって示したので、
その死は有意義であったと思われる。

最近、忘れがちになるが、
憎むべきは習近平/テドロスの
凶悪コンビ。

【凶悪王/醜悪王】が
【笑いの王】を死に至らしめた、
この深層的な意味は
奈辺にあるのだろうか。

悪が善を滅ぼす?
「表現の自由」弾圧の弊害?
悪政が「笑い/喜び」を封殺?
「ナンダ!! チミたちはッ!?」(凶悪コンビに・・・)

「笑い」とユーモアを忘れるな!!
「大丈夫だぁーッ!!」(笑)
「愛ーンっ!!」(笑)

⋰⋰⋰

かつて、
小野高校に勤務していた頃、
志村けんが鶴瓶の番組で
ブラリと学校に来たことがあった。

残念ながら、
勤務日でなかったので、
当人には会えなかったが、
カウンセリングを受けていた子たちが
生・志村と話をしてテレビにも出た。

その素顔は
いたって真面目っぽく、
かえって、浮足立って
ニタラニタラしてた
教頭さんの方が、よっぽど
芸人みたいだった(笑)。

弓道場にも足を運んで、
全国大会に出場したA子ちゃんに
手ほどきを受けたら、
思いのほか真っ直ぐに的近くまで跳んで、
その時に、初めて、
TVで見せるような
お道化た笑顔になって
「ドーダ!!」
をしてみせ、
生徒たちを笑わせてくれた。

あの時、TVとは違った
彼の生身の優しさ、繊細さを
感じ取った生徒たちには
一生の思い出になったに違いない。

その彼らも、
今回の訃報には、
哀しい思いをしたことだろう。

希代の笑芸人・志村けん・・・
その死を悼み、合掌。

(-人-)




山木屋の仕事帰りに
よく立ち寄っていた
「月見食堂」が
今日で閉店する。

なので、
きのうは、わざわざ、
川俣まで出向いて
“最後”の「昭和ラーメン」(400円)を
心して賞味してきた。

いつに変わらず、
素晴らしく、美味しかった。

お昼時に訪ねたのは
初めてであるが、
「閉店」を惜しんでの
“駆け込み”客と思しき層も
散見され、常連と共に、
満員御礼だった。

コロナ警戒のこの時節柄、
狭い店内で肩寄せ合うように、
みな、お婆ちゃんが作る
その懐かしい味の
“最後”を味わっていた。

昭和・平成・令和と
五十一年の長きにわたり、
健勝に営んでこられた
お婆ちゃんは
まことにアッパレである。

仕事帰りに寄っては、
多客のいない夕方に
よく長話をさせてもらったものである。




毎日、YouTubeで視聴している
『エハン塾』(2017)で、
「量子もつれ」の実験が
パルマ島と離れた島との間で成功した、
と知った。

その実験手順は・・・

1 2つの光子(フォトン)AとBを接触させる。
2 片方のBをレーザーで離島へ飛ばす。
3 Aを時計回りにスピンさせると、Bは瞬時(同時)に逆スピンになる。
4 Aに第三のCを接触させると、離島においてCと逆スピンの光子が出現する。

この現象は距離とは関係なく、
何億光年離れていても生じるので、
アインシュタインを終生悩ませて
「信じ難い現象」と言わしめた。

しかし、現実は事実である。

光速に影響されずに、
同時に変化するというのは、
情報の「移動」ではなく、
まるで一つの物質に光が当たると
同時に影が生じるような
同一事象の「極性」変異とも
思わされる。

第三の量子が
離れたところで生じるのは、
AとBで「情報」を共有しているので、
あたかも、C→A→B→C'と
情報が瞬時/同時に
伝達しているようにも見える。

しかし、それは、
経時的な情報の「移動」ではない。

まるで、時空にワームホールがあって、
量子どうしが「表裏」で接着していて、
「表」が決まると「裏」が決まるような
イメージを思わせる。

この「量子テレポーテーション」という
実験事実を応用できれば、
理論的には、素粒子からできている
人間(情報)をも「瞬間移動」できる
可能性はある。

それこそ、
『スタートレック』で
散々見た、あの、「転送」マシンが
近未来に登場するやも・・・である。

ニュートン、アインシュタイの唱えた
マクロコスモスに適応できる法則性は
量子力学の登場によって、
ミクロコスモスでは適応できないことが判明した。

「波動エネルギーであり粒子である」
という量子の性質や、
「トンネル効果」
「量子テレポーテーション」
という摩訶不思議な現象が
現実にあるが、
果たして、これらが、
実世界の現実とどう関係性があるのか、
まだ、専門家も理解できていない。

一足飛びに妄想的な
スピリチュアル解釈に陥ることなく、
理性的に、科学的に、合理的に、
これらの量子世界と現実界との
相応関係について
考えを続けている。














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新・連ドラ

2020-03-30 08:12:00 | TV・ドラマ

新年度を前に、
早くも連ドラの
新シリーズが始まった。

福島市が念願だった
古関 裕而のビルドゥングスロマンである。

音楽堂の隣に
その記念館があり、
一度だけ訪れたことがある。

ただ、
氏の曲となると、
すぐに脳裏に浮かぶのは
🎵フランチェスカの鐘の音が~🎵
というフレーズのみである。

他にも、耳に馴染んだ
数々のメロディーが
あるのだろう…。

この機会に、
故郷の音楽家の曲にも
少し精通しておこうかと
思った次第である。




クレジット背景を見て、
アッ! と思った。

なんと、これは…
そう、「四季の里」の奥にある
小川のある木立ではないか…。

その北欧風の景色に惚れて、
自分もかつて
『我レ還暦ル』の表紙に
採り入れたロケーションである。

きっと、地元で聞き込みをして、
ロケハンをして
この隠れた名所を
見出したのだろう。

ドラマでは、
仮名の人物・場所の設定なので、
「吹島」なぞという
ケッタイな「商店街」の幟が見られ
苦笑ものだった。

地元物とは言え、
果たして、前作の
『スカーレット』を超える
おもろさがあるか
視始めは、いつも、
若干の不安がある。





『復興五輪』に合わせてきたのか、
偶然なのか…
再放送連ドラもフクシマが舞台の
『はね駒』である。

86年(昭和61年)作品だから、
34年も前である。

角野 卓三が若過ぎて、
はじめ、誰か判らなかった。

でも、その声を聞いて
『名探偵モンク』だったので、
あーっ!! と納得した。

渡辺 謙も
まだ青臭く、
フクシマ弁で言うと
“やろこ臭い”(笑)。



春休みでもあるので、
買い物を済ませたら、
昼間っから
自家製フキ味噌や
焼き芋をアテに
濁り酒の熱燗を
チビチビやっている(笑)。

備前も信楽に劣らず
偏愛のある陶器なので、
酒器もいろいろと
取っ替え引っ換えしては
楽しんでいる。



ツタヤ・ブラウジングで
待望の『食の軍師』の新刊を見つけ、
喜び勇んで買ってきた。

初刊から揃えているが、
8巻目で最終巻となった。

『孤独のグルメ』の
原作者でもある久住 昌之と
作画担当の泉 晴紀の合作なので、
「泉 昌之」という
ペンネーム作品である。

『ガロ』がデヴューなので、
昭和の暗い、ネチッこい表現が
ヘタウマの画風とマッチして
独特の世界観を描いている。

まだ「オタク」という言葉が
登場以前の“こだわり人間”を
コケティッシュに表しているのが
たまらなく面白い。

このコンビの作品を
他にも5、6冊購入したが、
入手可能なものは
全部蒐集したいと
あちこちを検索している。




今朝の朝刊で、
コンゴ出身のノーベル平和賞・医師が
アフリカでの感染拡大について
言及しており、
とうとう火が燃え移ったか…と、
憂慮した。

28日の時点で
2.200人の感染が認められ、
それは1週間で5倍にもなったという。

マスクもアルコールもなく、
医療設備も首都でも不十分なので、
テレビ、ネット環境もない貧困層では
さらに情報格差により
ビッグバンやインフレーションのように
加速膨張・拡大の危惧や大有りである。

栄養状態の悪い子どもたちは、
ここに来ても、大いなる犠牲を払うやも、
と彼の医師は語る。

国内紛争がやまない地域もあり、
そこに疫病の蔓延では
まさしく“この世の地獄”である。

やがて、アフリカ諸国が
第三の中心地になる可能性がある、
とも医師は語る。

警察官が買い物客に
「距離を空けろ」と
ゴム弾銃を向けている
南アでの写真も掲載されていた。

きのうは、
カミさんがドラックストアを駆け巡り、
家中のものも搔き集めて、
なんとか30枚ばかりマスクを
東京のフミとミカちゃんとこに送った。

なにせ、再来月に、
初孫の出産を控えている
大事な時なので、
故郷のジイジ・バアバには
これぐらいのことしか出来ない。

あとは、毎日、
家族全員の無事達者と
世界中の感染収束を
朝夕、ご祈念させて頂いている。

カミさんは、
石鹸も売切れで
困った…と、
こぼしていた。

まさに、世は非常時のようだ…。

 (ーωー).oO ウーン

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最終回

2020-03-29 09:04:00 | 季節
寒波が到来し、
咲きだしたレンギョウに
朝方、霙(みぞれ)が付いていた。

織部灯篭も
少しく冬景色に戻ったようだ。

昨日は
接骨院の隣の桜が
二分咲きになっていたのを
眺めてきたばかりである。

春先特有の
「三寒四温」の
変動ジェットコースターに
入ってきたので、
HSPで、バリケードでねぐ(笑)、
デリケートな身には、
ストレスフルな時節である。

花粉症もあるので、
薬を呑みつつも、
オルタネイティブ療法としての
「冷温浴」や「減食」をもやりながら
このダブル・ストレスと
対峙している。

コロナ不穏も
プチ不安となって
目に見えぬ「拘束感」に支配され、
この春はトリプル・ストレスである。

目に見えぬ脅威と
被害妄想による差別・暴力の出現は、
3.11時の「放射能汚染」を体験した
フクシマのような現状である。




前任校の棚中の卒業生が、
去年の夏休みに
「田部井淳子・基金」による
『東北・高校生・富士山登山』に
参加してきて、貴重な体験ができた、
と嬉しい報告をしてくれた。

そして、
東北大学に進学して
心理カウンセラーになって、
困っている子たちを助けたい、
という夢をも語ってくれたので、
嬉しく思った。

3年間カウンセリングをした子だったので、
高校生になって
成長した姿を報告してくれるのは、
カウンセラー冥利に尽きる。




半年間、視聴してきた
連ドラ『スカーレット』が
きのうで終了した。

白血病で、
余命2年と告知されたタケシと、
それを見守り、今を生きようと、
かけがえのない日々を過ごす母キミコ。

ある日、
母子で作陶仕事を終えると、
キミコが、突然に、
かつて幼いタケシに
そうしていたように
「ギュウしてええか…?」
と真顔で尋ねる。

しばし、逡巡した表情のタケシ…
「ええに決まってるやん…」
と、はにかんで応える。

いざ、母親がハグしようとしたら
「待って、待ってーッ!!
 やっぱ、やめてくれー。
 俺もう大人やし…」
と逃げるが、
キミコはかまわずに
「ぎゅうーッ!!」
と楽しそうに叫びながら
抱きしめる。

やがて、タケシも
観念したように抱き返し、
母子は童心に返ったように
ハグし合いながら、
タケシがぽつりと
「おれ、幸せやで…」
と芯からそう母に告げる。

キミコもそれに応えて
「シアワセやーッ!!」
と、また激しく力を込めて
息子を抱きしめる。

そしたら、
「やめ、やめぇ…。
 オナラ出てまうやん…」
「かめへん、かめへん…」
と、幸福そうに
母子はいつまでもジャレ合う。

そして、「二年後」…
というテロップになり、
「タケシは26才の誕生日を前に
旅立ちました…」
というナレーションになる。

陶芸家・神山 清子の実話と
同じ最終回となった。

タケシ亡き後も
ひとり黙々と作陶と
穴窯炊きに励み、
ラストシーンは、まさに、
「スカーレット」(緋色)の炎に輝く
女性陶芸家の「たましい」の美しさが
クローズアップされて
見事な幕切れだった。




在京中に、
神山さんの作品に惚れ込んで
二つの筆筒を購入して、
今なお、机上に置いて、
愛玩/愛眼、している。

この物語を
見終えて、いっそう、
その作品に対する愛着が
湧いたような気がしている。


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4R

2020-03-28 05:47:00 | 健康
リフレッシュ、
リラックス、
レクリエーション、
の3つを「3R」と称して
かねがねライフ・スタイルに
採り入れようと努めている。

これに、
リゾートが入ると
「4R」になるなぁ…と、
思った。

昨年12月の
八ヶ岳でのフミの結婚式も
リゾートでの「4R」になったし、
その“両親へのプレゼント”での
裏磐梯もそうだった。

とすれば、
贅沢な「癒し」の
時間と空間である。

早春の高原は
まだ残雪に覆われて、
春の陽気を感じながら
それを楽しむというのも
目の保養にもなった。

温泉に入って、
マッサージして、
上げ膳据え膳のご馳走に、
読書、勉強、思索…と、
場所を変えての気分転換もできた。




二日目は、
喜多方に向かう途中の
春の野原で思う存分
フキノトウを採集できた。

それも幸せな時間だった。

ナビを頼りに初めての
喜多方ラーメン店を訪れ、
水の佳い街の
麺とスープを堪能した。

糖質制限「減食」で、
2㎏ほど急減したが、
この二日の「ごっつぉ責め」(笑)で、
早くも1㎏リバウンドした。

でも、「4R」の解禁日だったので、
あらかた了解済みで
良しとした。

今日から、また、
ストイックな日常に
戻ればいいや、である。

たまの贅沢だからこそ、
満喫できるのであって、
毎日だったら、
飽食に飽き、リゾート呆けに
なってしまう。

還暦過ぎても、
まだ、学校現場の第一線で、
キャリアと学識と資格を活かして
教育臨床に与っていたいと思うのは、
“コーリング”(天職)にめぐり逢えた
幸運とも感じている。

今、この瞬間でさえ、
早く学校に行って勤務したい、
という“やる気”満々である。

昨日、帰宅すると、
県教委から今年度のSC要項が
届いていて、見たら、
院の大先輩で
平成7年SC一期の
Y先生のお名前がなく、
とうとう引退されたかと
思わせて頂いた。

令和元年から
SCが「75歳」定年
という規約になったので、
それに拠るものであろう。

院の大先輩でもあり、
同じく教員上がりで、
「サイコセラピー研究会」でも
ご一緒させて頂いたのもあり、
短大講師の仕事をお譲り頂いたり、
いろいろとお世話にもなり、
感謝している先生である。

毎年、研修会でお会いするたびに、
「もう、我われもシーラカンス世代に
なりましたねぇ…」
と冗談を言い合っていた。

Y先生の引退により、
平成8年SC2期の自分が
最古参になってしまった(笑)。

それでも、
75歳までは
まだ十余年ある(笑)。

健康で元気なら、
もちっと“世と人のお役”に
立たせて頂きたいものである。

65歳を過ぎたら、
最古参なので、
現在の川俣・山木屋・保原
といった市外ではなく、
市内で近所の
一中や福高(母校)にでも
移動させて欲しいものである。

一般企業なら、
現地位はまだ“営業所長”くらいの
待遇だろう(笑)。

゚(゚^∀^゚)゚。 ハハ…!

そのうち、
県教委に親しい知己が
着任されたら、
一挙に“相談役”くらいに
出世させてもらおっと(笑)。

(/^_^)/ スコーンッ!

Y先生だって、
長老のレジェンドだったので、
ご近所の学校に
自転車で通っておられたもんねぇ…(笑)。




夜のホテルロビーでも
風呂上りに一曲、
しみじみとピアノ演奏した。

そしたら、
同じく風呂上りのカミさんが、
スマホで撮っていてくれた。

演奏途中で、
消えていた照明が明るくなり、
フロント係が気を遣って
点けてくれたようだった。

あまり、
夜にピアノを弾く客なんて
いないので、
珍しく思ったのかもしれない(笑)。

とってもいいムードで、
曲に思いを込めることが出来て
よかった。

楽器は奇しくも
いつも練習しているY中の
「C3」と同じ楽器だった。

聴衆はカミさんひとりだが、
これもまた、
「今、ここで」の
本番なのである。

濃密で真剣な10分間の演奏は、
弾き手も聴き手も一体になり、
そして、曲から解放されると
たましいが浄化された。

「きれいな音がしたねぇ…」
とカミさんも
よく鳴ったピアノに
感心していた。

またしても、
碧水先生のお歌が
こころに甦ってきた。

  トレーニングなき本番に迫力なし
   当然のことと
    思ふ朝なり

  自らを相手に
   ひたすらつづけゆく
    修行手習稽古なりけり

  同じけいこくりかへしつづけゐる
    今日のわれは
    昨日のわれにはあらず



夜の露天風呂は
浴槽内のブルーライトや
周囲のオレンジライトで
幻想的でよかったが、
朝もまた趣きがあった。

なにせ、
溶けかかった雪の合間から
春の使者でもあり
偏愛のあるフキノトちゃんが
微笑むようにこちらを見ている。

  見ほれ見るわれと見てゐる蕗の薹
   自然のなかの
    いのちといのち

  笑み交わす薹のいのちと我がいのち
    生涯に一度の
    この出逢ひなり

  蕗の薹のいのちの姿と
   わが今日のいのちの目の
    朝の出会ひなり

碧水先生のお歌の
パクリがすぐに
思い浮かんだ(笑)。

借景には雪山があり、
その間の植え込みには
枯れ薄(ススキ)の穂が垂れていた。

自分のカラダは
ポッカポカの湯に浸って
心地よい汗が流れる、
さながら、常夏の気分。

・・・あらま。 ლ(ʘ▽ʘ)ლ

・・・してみれば、
残雪の「冬」
蕗の薹の「春」
枯れ薄の「秋」に
温泉熱の「夏」…と、
四季の揃い踏みであった(笑)。

我が家の
ダンゴ三兄弟息子たちも
「ふみハル」
「アキみつ」
「ナツほ」
とスリー・シーズン揃い踏みである。

・・・そしたら、
カミさんのスマホに
メールが来て、
“五月の初孫”は
男の子だという…(笑)。

・・・あらま。 !?(ʘʘ)!!

また、男の子かぁ…(笑)。

でも、
誰かしらの幼い頃の姿に
また再会できるかも…と、
想像してみたら、それもまた、
楽しみだなぁ…と、思った。

カミさんが、
東京にはマスクがないというので、
市内のドラッグストア巡ってみよっかなぁ…と、
妊婦のミカちゃんのことを
気にかけていた。

「初孫」では、
山頭火の『草木塔』にある
句が好きで、
色紙に書いたことがある。

  初孫が
   うまれたさうな
    風鈴の鳴る





ホテルでは
フレンチと懐石が選べたが、
『ふくの季』の三ツ星には
及ぶべきもなかろう…と、
和食をチョイスした。

はたして、
三ツ星の『多可橋』と比して
どんなもんか…と、
興味津々であった。

在京中も
『吉兆』『たん熊』など、
名だたる名店を堪能してきたし、
自分でも茶懐石で何十回も
茶会を催しているので、
その範となるかも
見極めた。

懐石の目利きは
「椀・刺し」に尽きる。

『吉兆』の創業者・
湯木 一の言葉である。

煮物椀(吸い物)では、
「吸い地」で出し加減が判り、
「椀種」で拵えの技量が判る。

また、刺身では、
素材の見極めと
包丁の冴えが伺えるのである。

そしたら、
後の焼き物、揚げ物なぞは
推して知るべし…
という事である。

「吸い地」のアタリ(加減)は
薄からず、濃からずで、
飲み干した時にちょうど良く
ピタリと決まっていた。

「椀種」の蛤真蒸は
風味があり食感も滑らかで、
花弁百合根の細工に
木の芽も季節をよく彩っていたが、
厳しく言えば、これらの“あしらい”は
もすこし天を見上げるように
立体的に盛って
茶道で言う“活け”として
表現すべきであった。

いささか、ペタリと
平積みにされて、
そこに緊張感が感じられなかった。

あしらいを交差させて
立体感を演出するには、
箸先に神経を注いで息を詰めて
盛らなくてはならないのである。

そうでないと
「気」の入った
料理にはならない。

腹の足しにはなっても、
眼福をもたらしてくれる
「芸術品」にはならないのである。

(だまって喰えやいッ…!)
という
内言もあるが…(笑)、
更なる高みの至上・至高・究極を
希求するのが、調理者、食べ手にも、
「食の文化」なのである。

それは、
人のみが為し得た
「遊び」でもあり
「美」の追求でもある。



・・・てなわけで(笑)、
刺身を賞味した。

のっぺりした
白磁の丸平皿に
桜鯛、鮪、帆立の三種盛、
大根、大葉、紅蓼(たで)の妻、
という取り合わせは、
いささか凡庸だった。

最近流行りの
エディブル・フラワー(食用花)は
奇を衒った感がないでもなく、
懐石には必要に感じなかった。

カミさんは、
初トライして食べてみて
「シャリシャリして
食感はいいけど、苦いねぇ…」
と、イマイチだったようだ(笑)。

帆立は甘く、
松皮造りの桜鯛は佳かったが、
鮪は切り身の間に
ややジットリとドリップ感があり、
これは全く感心しなかった。

事によると…
冷凍もんかぁ…と、
訝しく思わされた。

色味も味も
シビ(本鮪)ではなく、
メバチっぽかった。

ホテルの「和食部」だから、
料亭料理と同じものを期待するのも
酷というものなので、
美味しい美味しい…と、
贅沢気分を味わって、
楽しめばいいのである。

・・・と、言いつつも、
食器もサービスも
しっかり心ん中では
採点していたが、
言わぬが華だろう…(笑)。

なにせ、
離れたテーブルの
家族連れでは、
幼児がワーワー騒いでるもんねぇ…(笑)。

リゾートホテルでは
サービス係が注意できないんだから、
親がもちっと躾せいやいッ!
てなもんである(笑)。


















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親孝行

2020-03-27 11:30:00 | 風景
フミが結婚記念で
プレゼントしてくれた
旅行クーポンで
裏磐梯のグランデコに一泊した。

高原のリゾートホテルで、
ゆったりした優雅な時間を
過ごすことができた。

自由に使える
ロビーのグランドピアノを
一時間ほど弾くことができて、
とても癒された。(^-^)/

こういう時に
ピアノを弾けるのは、
幸せなことである。

他客もいたが、
平気で弾けんのは、
やっぱ演奏家気質なんかもしれない。
\(_ _)

そういや、海外には、
<駅ピアノ>っていうのが
あったもんねぇ・・・。

24時間、リゾート地で
まったりしたので、
これから喜多方に
ラーメンを食べに行こかと
思ってる。











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