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人間には分からない現実のディテールを完全に把握している存在が、世界中で一人だけいる。
それが「神」である。
この前提があるからこそ、正しい答えも存在しているという前提ができる。
唯一絶対的な存在があってこそ「正解」は存在する、という事なのです。
養老 孟司
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「りゅうま・・・っていうのは、どう?」
愛菜が産院のベッドで授乳をしている時だった。
「それって、どんな字なの?」
「ん・・・。
ドラゴンの竜に、オウマの馬」
ソータにしては、珍しくはにかむような仕草を妻に見せたのが、愛菜には訝しく思った。
「飛車が成ると竜になって、角が成ると馬になるんだよ・・・」
「あ、そうね・・・」
(なーんだ・・・。そうか・・・)
愛菜も、詳しくはないものの、あらかたの将棋のルールは知ってはいた。
だから、モジモジしてた夫を思うと、なんだか少年のようで可笑しかった。
「そっかぁ・・・。
竜と馬になると、めっちゃ強くなるものね・・・」
「うん。そう・・・」
「いいんじゃないですか、お父さん・・・」
なんだか、老妻のような口ぶりに、ソータも笑みがこぼれ、
「じゃ、お母さん。そういうことで・・・」
と、素直に喜んでいるふうだった。
かくして、長男は海援隊の坂本龍馬とは似て非なる「竜馬くん」とあいなった。
ちなみに、二つ上になる長女は、お母さんの命名で「聡美(さとみ)」とした。
娘の偉大なる父であり、愛する夫でもあるその名からの一字を冠に頂いたのである。
娘は、まったくのお父さんっ子で、遠征から帰ると、玄関まで走ってきては、抱っこをせがむ甘えん坊さんだった。
ソータも、目の中に入れても痛くない、というほどに愛娘を可愛がっていた。
愛菜は、二人きりの時は恋人時代のように「ソーちゃん」と呼んでいたが、子どもたちの前では、「お父さん」と呼ぶようになっていた。
そも二人の馴れ初めは・・・というと、さるお茶のCMでの共演が縁となった。
ネットに公開された対談動画は、互いのファンがやきもきするほどの好相性を見せ、これはもしかしたら・・・と、思わないでもない国民も少なくなかったようなのである。
入籍発表当時は、女性週刊誌はじめ、連日、ワイドショーでも取り上げられるほどの熱狂的フィーバーぶりを列島にもたらした。
それが、早くも二児の父親、母親となった。
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