『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

青空の奥に☆はいる

2023-11-25 09:22:34 | メンタル・ヘルス

きのうは
月に一度の山の学校への
勤務日だった。

標高550mの
阿武隈高地にあるので、
平地の市内よりも
0.6×5=3.0℃は
気温が低くて、
きのうも日中は11℃だった。

初雪で数センチ積もった日が
あったと聞いた。

*



久しぶりの給食は
袋麺だった。

給湯室の電子レンジが
故障していて
ツユを熱々に加熱できず、
ぬるいような汁麺だった。

家や店では有り得ぬ
食体験だが、
でも「給食あるある」なので、
生徒たちと同じものを頂く
ということに意義があると思い、
有難く頂いている。

そしたら、
常連の保護者が
お菓子類を差し入れて下さり、
帰りの車中での
夕食代わりになってくれた。

*

永らくコロナ禍にあったので、
6畳ほどの窓のない
狭いカウンセリング室を避けて
隣の広い視聴覚室で
執務をしていたが、
久しぶりに自室に戻ってみた。

そしたら、
ファンヒーターを炊くと
すぐに暑くなり、
換気をすると急激に温度が下がり
という寒暖差の繰り返しで、
とうとう寒暖差アレルギーが起こり
鼻水とクシャミが出てしまった。

連発クシャミには参ったが、
帰宅後にロラタジンを服用し、
熱い湯に入ったら
ようやく治まってくれた。

やっぱり、
広い視聴覚室で、
マイルドなエアコン暖房のほうが
環境的にはよさそうなので、
この冬もそっちに「渡り」した方が
よさそうである(笑)。

**

Y中カウンセリング室の机上には、
来阪時に元・勤務校に顔を出して
頂いてきた「同窓会30周年」の
記念マグをペン立てにしている。

25歳から36歳までの11年間を
担任と「生物教師」として務めた。

定年まで勤め上げた同僚たちも
幾人もいるが、
自分はその後、心理職に転じ、
20数校を「渡り」歩いてきた。

それでも、
この校門からの風景を
11年×約300日≒3000回以上は
眺めていたので、
若き日の想い出の一コマである。


**

今朝の朝刊によれば、
今年度も、
小中高生の自殺者がハイペースで、
過去最悪の去年を更新しそうだ、
という由々しき数のようである。

自身も現在、
三校で5、6名の
希死念慮を訴える
JCを抱えているので、
自殺防止のゲートキーパーとして
その重責に与っている。

43年の教職・心理職の期間中に
10人以上もの既遂者を
体験しているので、
「命の重み」を支える仕事は、
まさに「命懸け」である。

文字通り、
カウンセリング室という「場」で
「一所懸命」という
全人的関与を強いられる。

なので、
対人コミットメントでは、
機能的関与との
スイッチのオンオフも
激しいのもストレスとなっている。

また、職場では、
かなりのハイテンション状態で、
帰宅すると、
かなりのローテンション状態になる。

さすがに、
40年以上連れ添っているカミさんは、
その辺の事情をも理解しており、
家中で駄々羅なオヤジを
仕方ないや・・・と、
諦めてくれている(笑)。

**

るりかチャンの
『星に願いを』の
扉の詞(ことば)が
意味深長で、
患児たちに言ってあげたいような
詩的な「霊言」だなぁ・・・と、
思った。

こういうのを「栞」にして、
悩みや苦しみを持って
来談する子たちに
「言霊」処方箋として
渡したろうかしらん・・・と、
ふと考えた。

きのうは、
怨嗟の念に煩悶していた
看護師のお母さんから
「先生から、人を助け救う
看護師としては、
それでいいのか?!」
と、突きつけられて
言葉が出なかった・・・と、
漏らされていた。

そして、上司の医師からは
「看護師として成長したね・・・」
と、告げられたとも言う。

そう。
医師・看護師・心理師・教師・牧師
・・・いずれも「師」の付く職業は
「聖職」であり、
「世と人のお役に立つ」人間で
あらねばならないのである。

***

コロナ禍では
「パンデミック宣言」を出した
WHOが、今度は、
「パンデミック条約」なるものを
提出しようと躍起になっている。

国連機関ではあるが、
各国の主権を上回るような
制限権を持たせようとしているので、
各国の識者は警戒している。

してみると、
やっぱり、テドロスは
DS側のろくでもない奴だった、
という事が明白になった。

紛争でも領土問題でも
「国際法」が踏みにじられてるので、
WHOごときの機関の規制なぞ
誰が聞くもんか・・・と、
思いたい処だが、
今の従米・自公「狂乱」政権が
ひっくり返らない限り、
行動規制やワクチンが
強制になる危惧があるのである。

もっとも、
トランプが再度、
表に出てきたら、WHO脱退やら、
規制撤廃の流れになるだろう。

それが、
予定調和の帰結なのかもしれない。













 

 

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思い替え/リフレーミング

2023-04-04 09:20:40 | メンタル・ヘルス

まだ、春休みである。

ロンバケである。

何をしてもいいが、
何をしなくてもいい(笑)。

何やらのイベントがない日は、
『徒然草』のノッケの出だしみたいな
心境になってしまう(笑)。

あす、あさっては、
ソーちゃんの『名人戦』があるから、
それを中心に一日がまわってられる。

そういう日は、
存外、楽だ(笑)。

明日は、朝から、
口腔外科の予約も入ってるから、
いそがしい(笑)。

【今日用(教養)と
 今日行く(教育)処が
 あることが大切だ】
と宣うたのは
“料理の鉄人”
道場のロクさんである。

*

のっぺりとした
ベタ凪のような昨日。

ほんなんで、
【火のない所に煙は立たぬ】
ので、
板切れに棒を擦りつけるように、
「教養と教育」の実践に出かけた。

 

初めて行く、
珍しい「水餃子」専門店で、
久しぶりに、そのモチモチ感を
味わってきた。

「初めて・珍しく・久しぶり」
というのは、
行動療法でも取り入れている
「行動」変化を喚起する
主要な「スリー・コンセプト」である。

口開け時の11時には、
すでに4組ほどの客がいて、
狭い店は満席となった。

だれもが、
ご飯や吸い物が付いた
「定食」(1100円)をオーダーしてたが、
餃子は、パスタ料理でもあるので、
単体で味わうこともできる。

事実、本家「中国」では
そのスタイルである。

もっとも、最近では、
世界的な日本食ブームで、
「餃子定食」と称した
ご飯と一緒に喰らう
「日式」というスタイルも
中国人は受け入れているようだ。

餃子は、皮と餡で出来た
いたってシンプルながらも
なかなかに味わい深い。

「水餃子」・・・
これは、うちでも作れんなぁ・・・
と、思った。

なので、さっそく、
今晩の夕食にでも
やってみようと思ってる(笑)。

*

郵便箱をあけると、
見慣れぬ「教育委員会」からの
茶封筒が入ってて、
怪訝に思って開封してみた。

そしたら、
つい先日、廃部になった
福大ギター部の13本のギターを
勤務校に寄贈したことへの
「受納書」と「礼状」だった。

自分が為した事と、
当該市教委とが
咄嗟に脳内で結びついて
閃かなかったので、
呆けたなぁ・・・と、
思わないでもなかった(笑)。

ま、「老人力」が、
ますます付いてきた・・・と、
「思い替え」するほうが
落ち込まずにすむというものだ(笑)。

これも、
「リフレーミング」という
立派な認知行動療法の
テクニックである。

*

車で出ると
外の自然の変化に
目をやる余裕がないが、
家の周辺を散歩するだけで
ツクシや見知らぬ花々をも
見ることが出来て、
それらとの「絆」も
同じ「生き物」として
感ずることがある。

してみたら、
都会に棲む人々は、
コンクリやアスファルトばかりで、
歩いても木々や花々、
鳥、虫たちと出逢えず、
自分が「生き物」である事を
忘れているのではいまいか・・・と、
老爺心ながら心配になる。

息子たちやその家族も
東京・大阪という
大都会暮らしをしている。

40年前の25歳で、
大阪の外れの方にある
高槻市の「上牧」という処の
新設校に着任した時は、
まだ、天王山やら淀川が望め、
土手には自然があふれ、
阪急駅前も原っぱ状態で
草花や虫も観察できた。

今の駅前は
立派なロータリーができて、
周辺は店だらけになった。

*

一つの木に
「紅白」の花が咲くのを
時折、観ることがある。

素人目には、
不思議な現象に映るだろうが、
生物学を学んだ高校生なら、
遺伝子の局所的な変異と
理解できるだろう。

日常でも、
身体のトンデモナイ処から
「福毛」と称する毛が
ピョコンと生え出すのを
体験することがあるが、
あれもまた局所的な
毛根細胞における
遺伝子のエラーなのである。

つまり、
周囲の細胞との
原形質連絡による
「特異性維持」機能
(その場の形質を保つ働き)
の同調ミスに拠る。

ここにおいても、
ワクチンで有名になった
mRNA(伝達リボ核酸)や
DNA(デオキシリボ核酸=遺伝子)
がケラチンというタンパク質の
生成に関与している。

*

30年以上前の教員時代に、
京都の『アバンティ』で購入した
当時、2万円くらいした
ターコイス(トルコ石)の
ループタイが欠けてしまった。

おそらく、
クローゼット内で
落っことした時に
ヒビが入ったのだろう。

もともと、
黒い筋目の部分は
成分が違った境界面で
クラックが入っていたのかもしれない。

ウィキってみたら・・・
蒼い部分は、
水酸化銅アルミニウム燐酸塩
 CuAl6(PO4)4(OH)8·4H2O 

褐色部分は、
褐鉄鉱(limonite/リモナイト)
と言い、鉄の酸化鉱物で、
いわば、天然の錆らしい。

化学組成は
 FeO(OH)・nH2O 

・・・である。

「幸運を招く」石と言われるので、
割れてしまって、
いささか凶事の前兆か・・・とも、
危惧したが、
「身代わりに割れてくれた」
と解釈する方が、
メンタル・ヘルスには健全な
リフレーミングだと考え、
ターコイスに感謝しながらも
接着剤でもって修復してあげた。

**

『平和通り』の
ドンツキ(京都弁=突き当り)にある
金光教の教会の前に、
「幸福の科学」が建っている。

建設当時は、驚いたが、
その総裁も、今や、
「神の生まれ変わり」
と自称しながら
反抗して家出した
ユーチューバーの長男に
霊言を「イタコ芸」と暴露され、
コロナ感染で亡くなったのでは、
と言われている。

 


******* 『魂理学』試論 3 ********

けさは
どうしたわけか
左腕が間歇的に
ズクリズクリと痛みで
疼いている。

患部をさすったり、
ツボらしき処を指圧しても
いっこうに痛みが治まらない。

・・・ならば、ままよ・・・で、
この痛みも味わってやれ、
と開き直った(笑)。

きっと、何らかの意味が
あるのだろう・・・とも思った。

高橋正雄という宗教家が
【在るもの みな美しく
 起こること みな善し】
と言った。

この箴言は、
3.11直後に亡くなった
二万もの犠牲者や、
その遺族に対して、
正面から言えるのか・・・と、
とてもじゃないが
受け入れ難かった。

でも、その後、
その命題から目を背けずに
12年間、考え続けてきたら、
やはり、その通りかもしれない・・・
とも、近頃では、
思えるようになってきた。

何故なら、
【この現実は、
自分が創り出している】
という、
最近の心理学や量子力学、
スピリチュアリズム等の
知見を学際的に集約すると
そうではないか・・・と、
思えるようになってきたからである。

そこには、
自然災害や人為的災害(原発事故)
による人間的・世俗的・形而下的な
「死」を超越した
超人的・精神世界的・形而上的な
「死」の意味付け・解釈が必要になる。

「死」は悲惨、哀しい、苦しい・・・
のは、前者の価値観である。

『魂理学』的な後者に拠れば、
「死」は至福、嬉しい、楽しい・・・
という真逆の価値もある。

また、
電荷の「+」や「-」
磁性の「N」や「S」
などと同様に、
「死」と「生」も
単なる「二極性」の
状態の相違に過ぎない、
という見方もし得る。

自然における
「二極性そのもの」には、
まったく人間的な価値観は
当てはまらない。

電荷の
「+」が良くて、
「-」が悪い・・・なんて、
ナンセンスである。

「右」は美しいが
「左」は醜い・・・
なんても言えない。

かくばかりに
「真善美聖」と
「偽悪醜邪」という
価値観は、人間により
付与された観念である。

 

 

 

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