[3月25日06:50.JR大宮駅・高崎線ホーム 稲生ユウタ]
〔おはようございます。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の4番線の列車は、6時50分発、普通、上野行きです。この列車は4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
学生は春休みだが、作者を含めた社会人達は普通の平日である。
ユタは欠伸をしながら、次の東京都心へ向かう中距離電車のホームに並んでいた。
泊まり掛けなので、手にはキャスター付きバッグを持っている。
既に京浜東北線ホームに停車している電車は、全ての座席が埋まり、発車を待っている。
〔まもなく4番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
中距離電車がホームに滑り込んでくる。
当然ながら平日のこの時間帯、メチャ混みである。なのに、たったの10両で運転するとは……。上尾事件で懲りてるはずだよなぁ……。
〔「おはようございます。大宮ぁ、大宮です。降りるお客様の為に、ドアの前を広く開けてお待ちください。高崎線、普通列車の上野行きです。終点上野には、低いホームに到着予定です」〕
とはいえ、大宮駅での下車はそこそこ多い。
その為か、停車時間は長めに取られているようだ。
「ふむ……」
ユタはよいしょっとバッグを手に、先頭車に乗り込んだ。
(待てよ。低いホームに着くんだったら、後ろの方が空いてたかなぁ?)
〔4番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をお待ちください〕
電車は2回ほどドアを再開閉すると、ようやく走り出した。
〔この電車は高崎線、普通電車、上野行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
電車が大宮駅を出発すると、車内に朝日が差し込んでくる。
従来の3ドア車だと窓にブラインドがあったが、4ドア車だとそれが無いので、景色遮閉による圧迫感は無い。
ユタは吊り革に掴まりながら、ケータイのメール画面を開いた。
そこには、イリーナからのメールが届いている。
(しかし……)
ユタは大学卒業後、卒業祝いと就職祝いに、両親と水入らずの旅行に行っていた。
それが終わって1日空けると、今度はイリーナ達に誘われて出掛けることになった。
行き先はユタの希望通り、北海道である。
それはいいのだが、集合場所が……。
『上野でマリアをピックアップして、そのまま成田空港まで来てちょうだい』
とのこと。
(成田から出発するのかよ……!)
最初そのメールが来た時、ユタはイリーナが勘違いしているのではないかと思った。
だが、その後で送られて来た航空チケットを見ると、確かに全日空で成田と書いてあった。
何度も見たが、間違い無く成田である。
で、またその後、フォローするかのようにマリアからメールが。
『私は東京で、師匠は千葉でやることがある。その後なので、理解して欲しい』
とのことだった。
内容については言及していなかったが、マリアの言葉とあらば、それ以上文句を言う必要もあるまい。
成田までの交通費は自腹だが、それ以外はイリーナが持ってくれるので、そういう理由もある。
(上野で合流ってことは、京成で来いってことか)
ユタの頭の中のナビタイムが、既に経路検索を終了していた。
(せっかくだから、“スカイアクセス”に……。あ、いや……)
経路自体は検索したが、乗る電車については迷っているようだった。
[同日07:16.JR上野駅→京成上野駅 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
〔まもなく終点、上野、上野。お出口は、左側です。新幹線、山手線、京浜東北線、常磐線、京成線、地下鉄銀座線と地下鉄日比谷線はお乗り換えです。今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました〕
〔「低いホーム14番線到着、お出口は左側です。今度の常磐線特急は、17番線から7時30分発……」〕
ユタのように地下鉄や京成に乗り換えるなど、改札口を出る乗客は低いホームに到着する電車の方がいいだろう。
また、同じフロアにある常磐線の特急に乗り換えたり、地下にある新幹線に乗り換える場合もいいかもいれない。
しかし山手線、京浜東北線への乗り換えには不便なので、敬遠する乗客もいる。
行き止まり式、櫛形の頭端式と呼ばれるホームに電車が到着すると、降りた乗客達は電車の更に進行方向に向かって進んだ。
(えーと……マリアさんがいる所は……。中央改札口付近だってのは分かるんだけど、こうも人が多いと、探すのが……)
因みに中央改札口に行くのにも、低いホームは便利。
「……簡単だったな」
改札口を出たユタは、すぐにマリアを発見した。
別に愛の力とか、そういう不確かなものではなく、ミク人形を抱えている金髪碧眼の女性はやっぱり目立つからだ。
「おはようございます」
ユタはマリアに接近して、挨拶した。
「ああ、おはよう」
マリアはぎこちない笑みを浮かべて応えた。
つい最近まで笑顔を封印しており、それをアンロックして間もないため、慣れるまでしばらく掛かるようだ。
「今日からよろしくお願いします」
どさぐさに紛れて握手でもしようかと思ったユタ。
右手を差し出したが、眉を潜めて手を握り返してきたのはミク人形だった。
人形なのに、その小さな手は意外と握力がある。
「えっ……えーと……。それじゃ、成田空港へ行きましょうか」
「ここから行き方が分からないんだ……」
「ああ、大丈夫です。僕に任せてください。ここから電車1本で行けるんで」
「そうか。ありがたい」
「じゃあ、こっちに」
ユタは、まず地下鉄の乗り場へ向かう下りエスカレーターに乗った。
(いや、イリーナさん、せめて行き方くらいは教えてあげててくださいよ……)
心の中で苦笑いした。
[同日07:35.京成上野駅・プラットホーム 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
京成上野駅のホーム構造は2面4線。
東京都心をターミナルとする他の私鉄駅と比べれば、規模は小さい。
朝のラッシュ時は特に何番線がどの電車という決まりは無いようだが、それ以外の時間帯は基本的に特急料金不要の特急が1番線、特急料金有料の“スカイライナー”が2番線、それ以外の電車が3番線、4番線のようである。
ユタ達が乗る時間帯が正にラッシュ時の為か、本来なら1番線から発車するはずの特急が4番線から出るとのことだった。
いつもそうなのか、たまたま今日そうなのかは分からない。
何しろ、私鉄はJRの常識が通用しないことがたまにある。
ただ、やってきた京成本線をひたすら走る特急電車は、新型の3000形と呼ばれるものだった。
運転室直後の2人席に座る。
「マリアさんは、都内で何をされていたんですか?」
「バァル戦の後始末だよ。色々とあってね……」
「大魔王バァルが魔界からも立ち去ってだいぶ経つのに、まだそんな……」
「逆に都内はまだいいんだ。師匠が立ち回った千葉方面は、意外と大変だったみたいだぞ」
「ええっ?」
「まあ、師匠のことだから、上手くやるはずだ」
「はあ……」
〔「ご乗車ありがとうございます。この電車は7時42分発、京成本線経由、特急、成田空港行きです。これから先、日暮里、青砥、高砂、八幡、船橋、津田沼、八千代台、勝田台、佐倉、大佐倉、酒々井、宗吾参道、公津の杜、成田、空港第2ビル、終点成田空港の順に止まります。スカイアクセス線は通りませんので、ご注意ください。……」〕
マリアも同じバッグを持っているが、その上にちょこんと座るのはミカエラとクラリス。
ここでは普通の人形のフリをしているが、やっばり付いてくるのかと思った次第。
「北海道ではどうするんでしょうね?」
「師匠のことだから、北海道に住む仲間の紹介をユウタ君にするんだと思うね」
「世界中の色んな所に知り合いがいるって言ってましたもんねぇ……」
「それだけじゃなく、ちゃんとユウタ君の希望も聞くと思うよ」
「それはありがたいです」
イリーナの知り合いの中には富裕層も数多くいるので、恐らく普段使いのカネはそこから出ているのだろうとユタは予想し、マリアも否定していない。
[同日07:42.京成本線特急電車内・先頭車 ユタ&マリア]
電車は普通の発車ベルの後で発車した。
次の停車駅である日暮里までは、地下トンネルを進む。
〔「おはようございます。今日も京成をご利用頂き、ありがとうございます。7時42分発、特急、成田空港行きです。日暮里、青砥、高砂、八幡、船橋、津田沼、八千代台、勝田台、佐倉の順に止まります。佐倉から先は、各駅に止まります。次は日暮里、日暮里です」〕
お世辞にも線形の良いとは言えないトンネルを右に左に曲がりながら、電車は時速40キロくらいで進む。
途中に倉庫らしき場所を通過するが、かつてそこは営業していた博物館動物園駅である。
ホームが短いため、4両編成しか停車できず、それすら一部がホームから飛び出して停車していたそうだ。
一瞬、魔界高速電鉄の駅に見えたユタだった。
「あの駅までアクセスするのが大変だった」
マリアがポツリと言った。
「は?」
「だから、魔界高速電鉄の駅と繋がってたものだから、それを遮断しに行くのが大変だったんだ。変に繋がってると、向こうから招かざる魔族がやってくる恐れがあるからな」
「は、はあ……。(本当に繋がってたのかよ)」
電車は70分以上掛けて、日本を代表する国際空港へ向かう。
〔おはようございます。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の4番線の列車は、6時50分発、普通、上野行きです。この列車は4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
学生は春休みだが、
ユタは欠伸をしながら、次の東京都心へ向かう中距離電車のホームに並んでいた。
泊まり掛けなので、手にはキャスター付きバッグを持っている。
既に京浜東北線ホームに停車している電車は、全ての座席が埋まり、発車を待っている。
〔まもなく4番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
中距離電車がホームに滑り込んでくる。
当然ながら平日のこの時間帯、メチャ混みである。
〔「おはようございます。大宮ぁ、大宮です。降りるお客様の為に、ドアの前を広く開けてお待ちください。高崎線、普通列車の上野行きです。終点上野には、低いホームに到着予定です」〕
とはいえ、大宮駅での下車はそこそこ多い。
その為か、停車時間は長めに取られているようだ。
「ふむ……」
ユタはよいしょっとバッグを手に、先頭車に乗り込んだ。
(待てよ。低いホームに着くんだったら、後ろの方が空いてたかなぁ?)
〔4番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をお待ちください〕
電車は2回ほどドアを再開閉すると、ようやく走り出した。
〔この電車は高崎線、普通電車、上野行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
電車が大宮駅を出発すると、車内に朝日が差し込んでくる。
従来の3ドア車だと窓にブラインドがあったが、4ドア車だとそれが無いので、景色遮閉による圧迫感は無い。
ユタは吊り革に掴まりながら、ケータイのメール画面を開いた。
そこには、イリーナからのメールが届いている。
(しかし……)
ユタは大学卒業後、卒業祝いと就職祝いに、両親と水入らずの旅行に行っていた。
それが終わって1日空けると、今度はイリーナ達に誘われて出掛けることになった。
行き先はユタの希望通り、北海道である。
それはいいのだが、集合場所が……。
『上野でマリアをピックアップして、そのまま成田空港まで来てちょうだい』
とのこと。
(成田から出発するのかよ……!)
最初そのメールが来た時、ユタはイリーナが勘違いしているのではないかと思った。
だが、その後で送られて来た航空チケットを見ると、確かに全日空で成田と書いてあった。
何度も見たが、間違い無く成田である。
で、またその後、フォローするかのようにマリアからメールが。
『私は東京で、師匠は千葉でやることがある。その後なので、理解して欲しい』
とのことだった。
内容については言及していなかったが、マリアの言葉とあらば、それ以上文句を言う必要もあるまい。
成田までの交通費は自腹だが、それ以外はイリーナが持ってくれるので、そういう理由もある。
(上野で合流ってことは、京成で来いってことか)
ユタの頭の中のナビタイムが、既に経路検索を終了していた。
(せっかくだから、“スカイアクセス”に……。あ、いや……)
経路自体は検索したが、乗る電車については迷っているようだった。
[同日07:16.JR上野駅→京成上野駅 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
〔まもなく終点、上野、上野。お出口は、左側です。新幹線、山手線、京浜東北線、常磐線、京成線、地下鉄銀座線と地下鉄日比谷線はお乗り換えです。今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました〕
〔「低いホーム14番線到着、お出口は左側です。今度の常磐線特急は、17番線から7時30分発……」〕
ユタのように地下鉄や京成に乗り換えるなど、改札口を出る乗客は低いホームに到着する電車の方がいいだろう。
また、同じフロアにある常磐線の特急に乗り換えたり、地下にある新幹線に乗り換える場合もいいかもいれない。
しかし山手線、京浜東北線への乗り換えには不便なので、敬遠する乗客もいる。
行き止まり式、櫛形の頭端式と呼ばれるホームに電車が到着すると、降りた乗客達は電車の更に進行方向に向かって進んだ。
(えーと……マリアさんがいる所は……。中央改札口付近だってのは分かるんだけど、こうも人が多いと、探すのが……)
因みに中央改札口に行くのにも、低いホームは便利。
「……簡単だったな」
改札口を出たユタは、すぐにマリアを発見した。
別に愛の力とか、そういう不確かなものではなく、ミク人形を抱えている金髪碧眼の女性はやっぱり目立つからだ。
「おはようございます」
ユタはマリアに接近して、挨拶した。
「ああ、おはよう」
マリアはぎこちない笑みを浮かべて応えた。
つい最近まで笑顔を封印しており、それをアンロックして間もないため、慣れるまでしばらく掛かるようだ。
「今日からよろしくお願いします」
どさぐさに紛れて握手でもしようかと思ったユタ。
右手を差し出したが、眉を潜めて手を握り返してきたのはミク人形だった。
人形なのに、その小さな手は意外と握力がある。
「えっ……えーと……。それじゃ、成田空港へ行きましょうか」
「ここから行き方が分からないんだ……」
「ああ、大丈夫です。僕に任せてください。ここから電車1本で行けるんで」
「そうか。ありがたい」
「じゃあ、こっちに」
ユタは、まず地下鉄の乗り場へ向かう下りエスカレーターに乗った。
(いや、イリーナさん、せめて行き方くらいは教えてあげててくださいよ……)
心の中で苦笑いした。
[同日07:35.京成上野駅・プラットホーム 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
京成上野駅のホーム構造は2面4線。
東京都心をターミナルとする他の私鉄駅と比べれば、規模は小さい。
朝のラッシュ時は特に何番線がどの電車という決まりは無いようだが、それ以外の時間帯は基本的に特急料金不要の特急が1番線、特急料金有料の“スカイライナー”が2番線、それ以外の電車が3番線、4番線のようである。
ユタ達が乗る時間帯が正にラッシュ時の為か、本来なら1番線から発車するはずの特急が4番線から出るとのことだった。
いつもそうなのか、たまたま今日そうなのかは分からない。
何しろ、私鉄はJRの常識が通用しないことがたまにある。
ただ、やってきた京成本線をひたすら走る特急電車は、新型の3000形と呼ばれるものだった。
運転室直後の2人席に座る。
「マリアさんは、都内で何をされていたんですか?」
「バァル戦の後始末だよ。色々とあってね……」
「大魔王バァルが魔界からも立ち去ってだいぶ経つのに、まだそんな……」
「逆に都内はまだいいんだ。師匠が立ち回った千葉方面は、意外と大変だったみたいだぞ」
「ええっ?」
「まあ、師匠のことだから、上手くやるはずだ」
「はあ……」
〔「ご乗車ありがとうございます。この電車は7時42分発、京成本線経由、特急、成田空港行きです。これから先、日暮里、青砥、高砂、八幡、船橋、津田沼、八千代台、勝田台、佐倉、大佐倉、酒々井、宗吾参道、公津の杜、成田、空港第2ビル、終点成田空港の順に止まります。スカイアクセス線は通りませんので、ご注意ください。……」〕
マリアも同じバッグを持っているが、その上にちょこんと座るのはミカエラとクラリス。
ここでは普通の人形のフリをしているが、やっばり付いてくるのかと思った次第。
「北海道ではどうするんでしょうね?」
「師匠のことだから、北海道に住む仲間の紹介をユウタ君にするんだと思うね」
「世界中の色んな所に知り合いがいるって言ってましたもんねぇ……」
「それだけじゃなく、ちゃんとユウタ君の希望も聞くと思うよ」
「それはありがたいです」
イリーナの知り合いの中には富裕層も数多くいるので、恐らく普段使いのカネはそこから出ているのだろうとユタは予想し、マリアも否定していない。
[同日07:42.京成本線特急電車内・先頭車 ユタ&マリア]
電車は普通の発車ベルの後で発車した。
次の停車駅である日暮里までは、地下トンネルを進む。
〔「おはようございます。今日も京成をご利用頂き、ありがとうございます。7時42分発、特急、成田空港行きです。日暮里、青砥、高砂、八幡、船橋、津田沼、八千代台、勝田台、佐倉の順に止まります。佐倉から先は、各駅に止まります。次は日暮里、日暮里です」〕
お世辞にも線形の良いとは言えないトンネルを右に左に曲がりながら、電車は時速40キロくらいで進む。
途中に倉庫らしき場所を通過するが、かつてそこは営業していた博物館動物園駅である。
ホームが短いため、4両編成しか停車できず、それすら一部がホームから飛び出して停車していたそうだ。
一瞬、魔界高速電鉄の駅に見えたユタだった。
「あの駅までアクセスするのが大変だった」
マリアがポツリと言った。
「は?」
「だから、魔界高速電鉄の駅と繋がってたものだから、それを遮断しに行くのが大変だったんだ。変に繋がってると、向こうから招かざる魔族がやってくる恐れがあるからな」
「は、はあ……。(本当に繋がってたのかよ)」
電車は70分以上掛けて、日本を代表する国際空港へ向かう。