[3月25日14:25.JR札幌駅→地下鉄さっぽろ駅 稲生ユウタ、マリアンナ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
電車は札幌市内の高架線を走行している。
旅情はあまり感じない通勤電車ではあったが、それでもドル箱路線であるということは、車内の賑わい方ですぐに分かった。
抑揚の無い男声自動放送に次いで、やけにテンションの高い車掌の肉声放送が流れた後、車内に差し込んでいた日の光は遮られ、屋根に覆われた札幌駅に入った。
〔「ご乗車ありがとうございました。終着、札幌、札幌です。車内にお忘れ物の無いよう、お気をつけください。2番線の電車は回送です。ご乗車にはなれませんので、お気をつけください」〕
「まだちょっと寒いですね」
電車を降りたユタは、コートのファスナーを持ち上げた。
「そんなもんだよー」
イリーナとマリアは魔道師のローブを着ており、これがまた魔法で温度調節がされているのだそうだ。
「今日は知り合いのテーラーに行って、ユウタ君用のローブを仕立ててもらおうかねぇ……」
「えっ、僕のですか?見習はローブが着れないんじゃ?」
「大師匠が分かりやすいように、着せとけってさ。アタシの頃はそんなもの無かったんだけどねぇ……」
「だいぶ前に見た師匠の若かりし……もとい、だいぶ昔の絵を見たら、ローブを着てましたよ?」
「後になって着るようになったんだよぉ。大師匠も気まぐれで、魔道師仲間からは有名だったからね。まあ、その気紛れなおかげで、アタシはここにいるんだけど」
JR札幌駅の改札口を出て、3人は地下鉄のさっぽろ駅へ向かった。
JRの駅は漢字だが、地下鉄は平仮名表記である。
いずれも、地元住民からは『サツエキ』と呼ばれている。
恐らく、名古屋市民が名古屋駅のことを『名駅』と呼ぶのと同じなのだろう。
「あれ?Suica使える」
ユタは目を丸くした。
実は何も考えず、改札口にSuicaを当てたのだが、そこでエラーが出るボケをかますことなく、ゲートは素直に開いたのである。
〔まもなく1番ホームに、真駒内行きが到着します。……〕
「ホテルに荷物を置いたら、すぐに行こう」
「はい」
電車が入線してくる。
鉄車輪の音がしないのは、1本の軌道に跨って走行するゴムタイヤ式だからである。
ホームドアがあるのだが、開閉時のチャイムの音が仙台市地下鉄と同じだ。
〔降りる方の為に、ドアの前を広く開けて、お待ちください〕
「すすきのですか?」
「そうだよ」
電車に乗り込む。
「テーラーはすすきのから市電に乗って、途中の電停にあるから」
「おおっ!」
市電に乗れる機会を確信したユタ。
電車が走り出す。
鉄車輪の電車と違い、加速度は速い。
ので、乗り慣れていないと、
「わっ!?」
マリアのように小柄な体型の者は、体が持って行かれるので注意。
ユタの体に当たったので、本人としてはラッキーだっただろう。
〔次は大通、大通。お出口は、左側に変わります。東西線、東豊線はお乗り換えです。ホーム中央の連絡階段をご利用願います〕
(おっ、いいねぇ!さりげなく肩抱いてる)
いつもは目を細目にしているイリーナも、ユタがマリアの体を支える名目で肩を抱いているのを見て、目を開けた。
(大師匠のお言葉、『仲良きことは美しき哉』だね)
本来は武者小路実篤の言葉である。
[同日15:00.札幌市・すすきの 上記メンバー]
ゆっくり時間調整しながら行ったこともあり、だいたいチェック・インの時間帯に到着できた。
比較的新しいビジネスホテルにチェック・インする。
さすがに当然というか、部屋割りはユタがシングルで、イリーナとマリアがツインといった感じだ。
カードキーを受け取って、エレベーターで高層階へ上がる。
「荷物置いたら、すぐに行くよ」
「はい」
「まあ、一息つきたいのは山々だけど、テーラーも気紛れなヤツでね。ヘタすりゃ、クローズしているかもしれないのよ」
「ええっ!?まだ15時なのに……」
「往々にして変わり者が多い魔道師業界、ユウタ君みたいな常識人が入ってくれると助かるねぇ……」
(マリアさんは常識人の範疇に入らないのか……)
「で、上手いこと注文できたら、その足でジンギスカンでも食べに行こう」
「それはいいですね」
ユタは大きく頷いた。
[同日16:00.札幌市・市電ロープウェイ入口電停付近 上記メンバー]
「こういう所にテーラー?」
「表向きは洋品店だけどね。とにかく、入ってみよう」
電停からそんなに歩かない場所に、テーラーはあった。
「いらっしゃいませ」
中にいたのは背の高い壮年の店長。
一瞬、児玉清に見えた。
「新しいローブを新調したいの。お願いできるかしら?」
「御冗談でしょう?今さらイリーナさんのローブ以上のものは作れませんよ」
「だから、私じゃなく、このコのよ」
イリーナはポンポンとユタの肩を叩いた。
「は?」
「だからぁ、新たに弟子にすることが内定したから、このコ用のローブを作ってって言ってるの」
「……!」
店長は驚いた顔のまま、すすすっと机の上の電話機を取ると、
「もしもし?魔道師協会魔界支部ですか?こちら山田洋品店ですが……」
「どこに電話してるのかなぁ?てか、いつ魔道師協会なんてできたんよ、ええ?」
イリーナは細い目を少し開けた。
「そういうボケはいいから、早く作ってよ」
「特注品なんで、少し値段が張りますよ?」
「いいよ。それくらいのお金はあるし、何だったら、大師匠にタカるから」
[同日同時刻 冥界・私設カジノ建設番場 大師匠ダンテ・アリギエーリ&大魔王バァルこと、ウェルギリウス]
クシャミを3回ほどする大師匠。
「大丈夫かね?ダンテよ」
「う、うむ……」
「やはりこういう寒冷地に、カジノは合わないのではないか?」
「いや、そんなことはない。原因は分かっているので、何も心配は要らない」
「原因?」
「汝、一切の望みを捨てよ」
「カジノには1番マッチしない言葉だな」
[同日同時刻 再び札幌・山田洋品店 ユタ、マリア、イリーナ、山田店長]
「しかし、ズルいですなぁ。確かによく見てみたところ、かなりの素質をお持ちのようです」
「でしょ?」
「今、素質ある者は引っ張りだこだというのに、あなたは2人もそれを弟子にしてしまって……」
「んっふふふふふ。ここが違うのよ、ここが」
イリーナは得意げに自分の頭を指さした。
(頭の良し悪しは関係あるんだろうか……)
マリアは心の中で疑問に思った。
「出来上がるまで、お時間も少々頂きますが、よろしいですか?」
「大丈夫よ。できたら教えてね」
「はい。あと、お値段の方が、こうなります」
店長は電卓をイリーナに見せた。
「そこを何とか……。このくらいで」
イリーナはピッピッと電卓の数字を押して値切った。
「お客さ〜ん、それじゃうちが潰れまっせー」
何故か『安さバクハツ』と書かれた法被を着て答える店長だった。
果たして本当にできるんだろうかと不安になるユタだった。
電車は札幌市内の高架線を走行している。
旅情はあまり感じない通勤電車ではあったが、それでもドル箱路線であるということは、車内の賑わい方ですぐに分かった。
抑揚の無い男声自動放送に次いで、やけにテンションの高い車掌の肉声放送が流れた後、車内に差し込んでいた日の光は遮られ、屋根に覆われた札幌駅に入った。
〔「ご乗車ありがとうございました。終着、札幌、札幌です。車内にお忘れ物の無いよう、お気をつけください。2番線の電車は回送です。ご乗車にはなれませんので、お気をつけください」〕
「まだちょっと寒いですね」
電車を降りたユタは、コートのファスナーを持ち上げた。
「そんなもんだよー」
イリーナとマリアは魔道師のローブを着ており、これがまた魔法で温度調節がされているのだそうだ。
「今日は知り合いのテーラーに行って、ユウタ君用のローブを仕立ててもらおうかねぇ……」
「えっ、僕のですか?見習はローブが着れないんじゃ?」
「大師匠が分かりやすいように、着せとけってさ。アタシの頃はそんなもの無かったんだけどねぇ……」
「だいぶ前に見た師匠の若かりし……もとい、だいぶ昔の絵を見たら、ローブを着てましたよ?」
「後になって着るようになったんだよぉ。大師匠も気まぐれで、魔道師仲間からは有名だったからね。まあ、その気紛れなおかげで、アタシはここにいるんだけど」
JR札幌駅の改札口を出て、3人は地下鉄のさっぽろ駅へ向かった。
JRの駅は漢字だが、地下鉄は平仮名表記である。
いずれも、地元住民からは『サツエキ』と呼ばれている。
恐らく、名古屋市民が名古屋駅のことを『名駅』と呼ぶのと同じなのだろう。
「あれ?Suica使える」
ユタは目を丸くした。
実は何も考えず、改札口にSuicaを当てたのだが、そこでエラーが出るボケをかますことなく、ゲートは素直に開いたのである。
〔まもなく1番ホームに、真駒内行きが到着します。……〕
「ホテルに荷物を置いたら、すぐに行こう」
「はい」
電車が入線してくる。
鉄車輪の音がしないのは、1本の軌道に跨って走行するゴムタイヤ式だからである。
ホームドアがあるのだが、開閉時のチャイムの音が仙台市地下鉄と同じだ。
〔降りる方の為に、ドアの前を広く開けて、お待ちください〕
「すすきのですか?」
「そうだよ」
電車に乗り込む。
「テーラーはすすきのから市電に乗って、途中の電停にあるから」
「おおっ!」
市電に乗れる機会を確信したユタ。
電車が走り出す。
鉄車輪の電車と違い、加速度は速い。
ので、乗り慣れていないと、
「わっ!?」
マリアのように小柄な体型の者は、体が持って行かれるので注意。
ユタの体に当たったので、本人としてはラッキーだっただろう。
〔次は大通、大通。お出口は、左側に変わります。東西線、東豊線はお乗り換えです。ホーム中央の連絡階段をご利用願います〕
(おっ、いいねぇ!さりげなく肩抱いてる)
いつもは目を細目にしているイリーナも、ユタがマリアの体を支える名目で肩を抱いているのを見て、目を開けた。
(大師匠のお言葉、『仲良きことは美しき哉』だね)
本来は武者小路実篤の言葉である。
[同日15:00.札幌市・すすきの 上記メンバー]
ゆっくり時間調整しながら行ったこともあり、だいたいチェック・インの時間帯に到着できた。
比較的新しいビジネスホテルにチェック・インする。
さすがに当然というか、部屋割りはユタがシングルで、イリーナとマリアがツインといった感じだ。
カードキーを受け取って、エレベーターで高層階へ上がる。
「荷物置いたら、すぐに行くよ」
「はい」
「まあ、一息つきたいのは山々だけど、テーラーも気紛れなヤツでね。ヘタすりゃ、クローズしているかもしれないのよ」
「ええっ!?まだ15時なのに……」
「往々にして変わり者が多い魔道師業界、ユウタ君みたいな常識人が入ってくれると助かるねぇ……」
(マリアさんは常識人の範疇に入らないのか……)
「で、上手いこと注文できたら、その足でジンギスカンでも食べに行こう」
「それはいいですね」
ユタは大きく頷いた。
[同日16:00.札幌市・市電ロープウェイ入口電停付近 上記メンバー]
「こういう所にテーラー?」
「表向きは洋品店だけどね。とにかく、入ってみよう」
電停からそんなに歩かない場所に、テーラーはあった。
「いらっしゃいませ」
中にいたのは背の高い壮年の店長。
一瞬、児玉清に見えた。
「新しいローブを新調したいの。お願いできるかしら?」
「御冗談でしょう?今さらイリーナさんのローブ以上のものは作れませんよ」
「だから、私じゃなく、このコのよ」
イリーナはポンポンとユタの肩を叩いた。
「は?」
「だからぁ、新たに弟子にすることが内定したから、このコ用のローブを作ってって言ってるの」
「……!」
店長は驚いた顔のまま、すすすっと机の上の電話機を取ると、
「もしもし?魔道師協会魔界支部ですか?こちら山田洋品店ですが……」
「どこに電話してるのかなぁ?てか、いつ魔道師協会なんてできたんよ、ええ?」
イリーナは細い目を少し開けた。
「そういうボケはいいから、早く作ってよ」
「特注品なんで、少し値段が張りますよ?」
「いいよ。それくらいのお金はあるし、何だったら、大師匠にタカるから」
[同日同時刻 冥界・私設カジノ建設番場 大師匠ダンテ・アリギエーリ&大魔王バァルこと、ウェルギリウス]
クシャミを3回ほどする大師匠。
「大丈夫かね?ダンテよ」
「う、うむ……」
「やはりこういう寒冷地に、カジノは合わないのではないか?」
「いや、そんなことはない。原因は分かっているので、何も心配は要らない」
「原因?」
「汝、一切の望みを捨てよ」
「カジノには1番マッチしない言葉だな」
[同日同時刻 再び札幌・山田洋品店 ユタ、マリア、イリーナ、山田店長]
「しかし、ズルいですなぁ。確かによく見てみたところ、かなりの素質をお持ちのようです」
「でしょ?」
「今、素質ある者は引っ張りだこだというのに、あなたは2人もそれを弟子にしてしまって……」
「んっふふふふふ。ここが違うのよ、ここが」
イリーナは得意げに自分の頭を指さした。
(頭の良し悪しは関係あるんだろうか……)
マリアは心の中で疑問に思った。
「出来上がるまで、お時間も少々頂きますが、よろしいですか?」
「大丈夫よ。できたら教えてね」
「はい。あと、お値段の方が、こうなります」
店長は電卓をイリーナに見せた。
「そこを何とか……。このくらいで」
イリーナはピッピッと電卓の数字を押して値切った。
「お客さ〜ん、それじゃうちが潰れまっせー」
何故か『安さバクハツ』と書かれた法被を着て答える店長だった。
果たして本当にできるんだろうかと不安になるユタだった。